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21 良人くん、二人で出掛けましょう

「良人くん、明後日は久し振りに二人きりで出掛けましょう」


 件の授業参観の帰り、わるこさんは僕に言った。明後日、と言うのは僕達の娘、あかりが学校が休みなのだ。

 授業参観の為に土曜日が学校になったから、月曜日に休みを振り替えるそうだ。


「いいよ、どこへ行きたい?」


 あかりは朝から友達と遊びに行くと言っていた。僕も仕事があるけれど、有給消化もしなければならないし。


「美術館。今、日本を回ってる絵があるらしいの」


 無骨なコンクリートを歩きながら、わるこさんは笑う。娘が十歳を越え、僕らも三十代をとっくに回っているけれど。相変わらず僕の妻は美しい。

 美術館、なんて聞くと昔のわるこさんなんか片っ端から破っていきそうなものだ。


「君、美術に興味なんてあった? ハサミは持ち込み禁止だよ」

「むぅ、失礼ね。私だってもう何でもかんでも壊したがったりしないもの」


 そう言って頬を膨らませる彼女は、いつまで経っても僕の視線を奪っていく。


「ははは、わかってるよ。じゃあバスで移動になるね。朝早くから出る?」

「そうしましょう。美術館の後も色々行きたいわ。せっかく二人きりですもの」

「そうだね」


 僕は腕を差し出す。彼女はその腕を取ると、家までの道のりを、ずっとくっ付いて歩いていた。





 話は突然大きく変わるが人間の寿命をご存知だろうか。

 昔は五十年生きれば上等だっただろう。今は八十年は生きるかもしれない。

 だけれどそんなものは大勢の中で取った平均に過ぎず、百歳まで生きた人もいれば、産まれて間もなく天界に帰ってしまった子だっている。

 そして、人は案外勘が鋭くて。自分がこの世界から別れを告げる時を悟る事がある。

 例えば病気で入院していた祖母が、亡くなる前日に夢枕に立ったなんて話がある。それは彼女が己の最期を悟り、孫であるその人に別れを告げに来たのだろう。

 そんな風に、人間の魂に刻まれた寿命があり。それは運命とも言われるし、逃れられない物であるのが常だ。

 だからその期限の間に人は神から課された宿題を終わらせなければならない。

 今一度確認してみよう。


 魂に与えられた課題は何か一つでも達成することが出来ただろうか。

 もし達成出来なければどうなるか。

 例えるならそれは、ゲームのクリア達成条件の様なもので。半分しか達成出来ない状態で終了すれば、得られる経験値が下がってしまう。

 それと同じように、魂にもレベルがある。そして魂をより高位なものにする為に、人は試練を乗り越え、課題の達成を目指す。


 もう一つ、生涯において何かを愛することが出来ただろうか。

 僕は大丈夫だ。愛すると言う意味では初めから人々を愛している。それに娘だって愛している。

 何より、わるこさんを愛している。この世界で……いや、天界全てを引っくるめても。彼女を一番愛している。

 僕はいつだって彼女に恋していて、ドキドキしていて。だから自信を持って言えるんだ。


 僕はわるこさんを愛している。


 そして僕って奴は鈍感で。その全てを振り返る時間なんて、僅か五分程しかなかったんだ。





「いってらっしゃい、パパ」

「う、うん。いってくるよ」


 そして二日後、月曜日。僕はあかりに見繕って貰った服を着てバス停で待つ。

 わるこさんとは朝から会っていない。これも娘からの指示で、なんでもデートの待ち合わせのようにする為だそうだ。

 いつも二人一緒に家を出ていくのは新鮮味がないらしい。


「お、お待たせ良人くん」


 僕がバス停に付いてから数分後、後ろからわるこさんに声を掛けられる。当然僕は振り返る。

 そこには。


「わ、るこさん……!?」

「あ、あんまり見ないで。歳の割りに、はしゃいでいると思われたくないもの」


 朝の爽やかな空気、温かな日差し。春と言う季節もあり、周辺が輝いて見える中、一際輝く天使がそこにいた。

 あ、いや。この場合の天使とは僕のような存在ではなく。西洋美術、絵画に於いて描かれる天使のことだ。

 白いワンピースに赤のカーディガンを羽織っただけの、至ってシンプルなコーディネートにも関わらず。そのモデルがわるこさんであると言う、たったそれだけのことで芸術作品の様な美しさを引き出してしまっている。

 端的に言えば、やはり。


「とても綺麗だ……」

「や、やめて。そんなに見ないでってば」


 わるこさんはワンピースの裾を掴んで、恥ずかしそうに身をよじる。その姿に一層いじらしさを感じてしまう僕は、きっとイケナイ奴だ。


「化粧もいつもとは違うんだね」

「え、ええ。あかりが今日くらいは若作りしていけ、って言うから……」

「うん。若作りなんて言葉を使わなくても、とても似合っていると思うよ」


 それこそ大学生に混じっていても何も違和感はないだろう。彼女は彼らの年代より一回り以上離れているけれど、だ。


「ば、バスが来たわよ。早く行きましょう」


 未だ恥ずかしそうにする彼女を眺めていると、バスがやって来る。僕は彼女に腕を引かれてそれに乗り込んだのだった。

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