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20 パパ、ママ、大好き

「ねえねえパパ! 今度授業参観あるの!」


 僕が家に帰るとあかりがリビングから駆けてきた。手にはわら半紙のプリント。

 初めこそ懐かしいと思ったその紙の手触りも、あかりが小学四年生になった今ではすっかり慣れてしまった。


「んーと……土曜日か。僕は良いけど、ママは?」

「パパと相談するって! ほら、鞄貸して! 早くママと相談しなくちゃ!!」

「はは。あかりは元気だなぁ」


 僕が未だ玄関で靴を脱いでいると、娘は僕の鞄を持ってくれる。お礼に頭を撫でやると嬉しそうに目を細めた。

 さて、靴も履き替えてリビングの扉を開けるとそこには豪華な夕食が。妻がエプロンを丁度外している所だった。


「ただいま。いつもありがとう、わるこさん」

「あら、お帰りなさい。今日もお疲れ様」


 声を掛けると、妻は僕の方に歩み寄ってくる。そのまま抱き締めてキスをすると、あかりが僕の鞄をソファーに放り投げて走ってくる。


「ズルい!! あかりも仲間に入れて!」

「ふふ、ダメよ。今パパはママの物だもの」

「むー!」


 わるこさんはいつもの悪戯っ子のような笑みを浮かべる。あかりは未だそんな母親に翻弄されてしまうらしく、頬を膨らませて怒っている。


「ママの冗談だよ。ほら、あかりもこっちへおいで」

「わーい!」


 それから。僕ら三人は固まって抱き合った。

 一頻り満足の行くまで凡そ一分。自然に離れた僕とわるこさんに、いつまでもしがみつくあかり。


「さ、ママの作ってくれたご飯が冷める前に食べよう。あかりも離れて、席に座りなさい」

「はーい」


 素直に離れた娘に僕は微笑むと、いよいよわるこさんの手料理だ。もう十年以上食べているけれど未だ飽きず、それどころか深みを増していく味に、僕の胃袋は掴まれたままだ。

 時々僕も彼女の代わりに作る事があるし、あかりにも好評ではあるけれど。やはり妻の作る料理が何よりなんだ。


「いただきます」


 手を合わせて食べ始めると、わるこさんは付けていたテレビを消す。それと同時にあかりが今日の出来事を話し出す。

 楽しかった事、嬉しかった事、ちょっぴり嫌な事と少し怒ってしまった話。僕ら夫婦にはおおよそ無かった、感情豊かな話が彼女の口から飛び出す。

 その度にわるこさんと僕は。


「ふふ、そうなのね」

「はは、そっかそっか」


 何を言うでもないが、嬉しそうに笑うのだった。


「ところでわるこさん、授業参観だけど」


 ある程度食べ進めた所で、僕が口を開く。


「あら、そうだった。パパは来てくれるのかしら?」

「休みだから大丈夫だよ。君は?」

「パパが大丈夫なら私も。だけど、あかりは私達に来て欲しいの?」


 またもや悪戯な笑みを浮かべたわるこさんが訊ねる。あかりは当然来て欲しがるのだと、僕は思うけれど。

 その答えは意外な所だった。


「どっちでもいい!」


 それはわるこさんに意地悪をされたからでも、見栄を張って言ったわけでもない。

 茶碗のご飯粒を真剣に集めていたのを一度置き、妻とは対照的な、満面の笑みを僕らに向けている。

 僕は訊ねる。


「どっちでもいいの?」

「うん! えとね、私学校では皆に頼られたりしてるんだ。委員長とかやってね。だから皆の前でパパとママと一緒に居るときのあかりを見られるのは、少し恥ずかしいって言うか……」

「ははは、そっか」


 照れたように下を向いて、後ろ頭を掻くあかり。

 通知表にもしっかり者だと書かれ、学校では僕達の知らないあかりの姿があるのだろう。それはとても人間らしく、環境に応じた多面性を持っているということ。

 僕にはそんな色々な顔があっただろうか。……いや、ない。精々わるこさんと居るときとそれ以外の二つだけだろう。


「でも、でも! パパとママに学校のあかりを見て欲しいのもホントだよ!」


 そんな娘を僕は羨ましく思う。感情豊かで、明るくて。けれど悲しみや怒りもしっかりと知っている彼女が。

 わるこさんもきっと同じように思っている。あかりを優しく見るその眼差しに、羨望も含まれているように見えるから。


「じゃあ、僕達は見に行こうかな。家では見られないあかりを見たいから」

「そうね。私達のあかりが学校じゃどんな姿か。ママはとても気になるわ」

「わかった! じゃあ楽しみにしてるね!」


 僕達は授業参観に行くことに決めた。




 こんな風に、僕は飽きない幸せな毎日を過ごしていて。特別な日は滅多にないけれど、後から思い返せばいつも特別で。

 後から、と言うのなら今はいつなのか訊ねられそうだけれど。

 とにかく僕の日常は平凡に過ぎていく。


 しかし世の中何が起こるのかわからないのは、いつだって同じで。そんな日常も突然終わりを告げる。


 故に、僕の……いや、僕とわるこさんの物語は。

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