2 わるこ、君のあだ名
人間としての僕の名前は『良人』だそうだ。僕はえらく気に入った。名前に『良い』と言う字が入っていることがとても嬉しい。
「よしと~ママですよ~。良人って名前気に入ってくれたかな~?」
「きゃっきゃっ! きゃははっ!」
もちろんですお母さん。と返事をしたかったがこの体はまだ言葉を話せなかった。
出来る限りの表現を。体を、表情を使って伝えてみた。
「そっかぁ~! 気に入ってくれてママ嬉しい~!!」
そして僕に母は口付けをする。生まれてから数えてみたが一日に二十回はされている気がする。
口付けと言う行為が何を意味し、どんな感情を引き起こすのかまだわからなかったが、自然に表情は笑顔になった。
僕が三歳になる頃、母は言った。
「今日からこの幼稚園に通うけど、頑張るのよ。良人は顔はまあ、普通だから虐められることもないと思うけど」
そうか、僕の顔は普通なのか。整っていると何かと得をすると聞いていたから期待していたのだが、仕方ない。
大丈夫、と母に頷くと僕は幼稚園とやらに向かった。
そこは三年間生きてきた僕の知る世界と大きく違っていた。
なんだこの小さい人間たちは。まるで鏡で見る僕のようではないか、と。天使の頃の僕は子供の存在を知っていたが、その頃になると人間の良人としての意識が強かった。
そして子供達が走り回ったり遊んでいる中、僕は『彼女』を見つけた。
黒い髪でお世辞にも目付きが良いとは言えない目。鼻はくっきりとたち、薄い唇は上品にも見えた。三歳だと言うのに、美人と言う言葉がぴったりな女の子だった。
「きみ、なまえは?」
僕は訊ねる。彼女は積んだブロックを真剣に見つめながらぶっきらぼうに言い放つ。
「るこ」
本当に彼女は、無感動に、無関心に、無表情でそう言った。
僕は彼女の横に座り、ブロックを手にとって同じように並べる。
「ぼくは、よしと。良い人になるって意味で、よしと」
「そう。わたしと逆なのね」
「逆?」
すると彼女は突然立ち上がった。
「私はね、今川瑠子。あなたと逆なのよ」
そして積んだブロックを『蹴り崩し』、美しすぎる魔性の笑みを僕に向けた。
彼女は幼稚園であだ名を付けられた。自分の積んだ分だけでなく、僕の積んだブロックをも蹴り崩す根性。気に入らないことがあれば、凄まじい口撃と攻撃をする女の子。
フルネームから文字って『わるこ』と呼ばれた。
例えばある日のお絵描きの時間。彼女の描いた絵を踏んでしまった男の子がいた。
「あ、タケシおまえ! わるこの絵踏んだ!」
「や、やばい!」
すると彼女は彼の元へつかつかと歩み寄り、胸ぐらを掴んだ。
「今のはわざとやったの?」
体勢と裏腹にとても優しい声で彼女は訊ねる。その鋭い目が男児の心を冷やしていたのは、周りで見ていた僕たちにも伝わった。
「ご、ごめんなさい! アイツとおいかけっこしてたら気付かなくて」
「そう。わざとじゃないのね」
「う、うん」
そう言って、パッと手を離す。男児は安心した表情を浮かべ、周囲も胸を撫で下ろした。
が、次の瞬間。
「ごふぅぅうっ!!」
男児の腹へと膝蹴りを食らわす。彼は後ろへ吹っ飛び、壁にぶち当たる。
震動で、先に描き終えていたタケシくんの絵から画鋲が外れ、ヒラヒラと床に落ちた。
そしてそれを拾い上げた彼女は恐ろしい笑みを浮かべ。
「っ!!?」
ビリリと半分に破り捨てた。
「わざとじゃないみたいだから、これで許してあげる」
そう言って部屋を出ていく彼女を、園児の僕たちは誰も止めることができなかった。
基本的に『彼女』と『僕』の話です。タイトルでわかりますね、すいません。
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