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16 良人くん、今度こそ子供が出来たわ

「良人くん。良人くんは私の事好きかしら?」


 彼女の両親へ挨拶にいってから約一年程。ある日の休日の朝、彼女は僕に訊ねた。


「勿論好きだよ。どうしたの?」

「あら即答。すごく嬉しいわ」


 僕がそう返事すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「不安だったのよ」


 そしてぼそりと呟く。


「私はわるこ。悪の子。周囲の人は私をそう呼んだ。そんな人たちは、初めは近付くけれどすぐに離れていった。それでも私個人は全然平気だったのだけれど、もし良人くんもそうだったら……って」


 珍しく弱気な彼女に、僕は胸の内が痒いような感覚を覚える。だからそんな彼女の手を取って、僕は告げる。


「わるこさんらしくないね。大丈夫だよ、僕は生涯君に恋しているんだから」

「……そう。安心したわ」


 わるこさんは微笑んで僕の手を握り返した。

 そして。僕の手を自身のお腹へと持っていく彼女。


「?」


 僕が首をかしげる。彼女は相変わらず微笑んでいる。


「子供が出来たわ」

「…………え?」

「子供が出来たわ」

「だ、誰の?」


 彼女は僕に告げた。

 黒い髪に黒い瞳。無機物の、宝石か、はたまた真っ暗な夜空のようなその瞳が僕を見つめる。


「勿論、良人くんのよ」

「………………ホントに?」


 一度こう言うことがあった気がする。一年以上前だろうか。その時は僕達は恋人同士ではなかった。だから理解に苦労したものだけれど。


 僕が確認すると、わるこさんはコクリと頷いた。


「――――――――――」

「…………その、嫌かしら。私との間に子供が出来――」

「やっっっっっっっったああああああああああああああああ」

「!?」


 思わず大声を上げた。わるこさんが珍しく驚いて目を瞑っていた。


「嬉しい! 僕はとても嬉しいよわるこさん!!」

「そ、そうかしら。それなら良かったのだけれど……わぁ!?」

「ありがとうわるこさん!! やったー! やったー!!!」


 僕は彼女の体を抱き上げてくるくると回る。喜びの感情が胸の奥から湧いて止まらない。

 彼女の華奢な体に僕の子供が。いや、僕達の子供がいるだなんて。僕は彼女が傍にいる、ただそれだけで喜びが止まらないのに。

 僕達の子供までいると思うと。もう感情の抑制が何も効かない。


「やった……嬉しいよ、わるこさん……! 僕は、僕は……!」

「……良人くんが泣いているところを見るのは何度目かしらね。いつもあなたは嬉しい涙と幸せな涙しか流さないわね」

「だってぇ……ぅう。僕はわるこさんと居られるだけでも幸せなのにぃ……その上……その上子供までぇ…………」

「もう……仕方ないわね」


 僕はいつの間にか、彼女のその柔らかな胸に包まれていた。見上げると、いつも僕の目を見てくれている宝石のような目が。

 今は僕を優しく見下ろしてくれていた。


「それで、今はどのくらいなの?」

「二ヶ月ってところかしらね。ほら、少し前妙に体調が悪くて良人くんに迷惑掛けたことあったじゃない。それが初期症状らしいわ」

「迷惑だなんて思ってないよ。……でもそっか、そう言うことなら。これから僕は、たくさん君を支えていけばいいんだね」

「今まで以上にね」


 わるこさんはくすりと笑う。

 僕はそんな彼女に幸せを感じたので、再び抱き締めて呟く。


「もちろん、任せて」





 僕は知った。天界と違って、子供が生まれる、と言うことは割と大変なことが多いと言うことを。

 まず、これからの期間で準備しなくちゃならないことがたくさんある。互いの両親への報告や、会社への報告をいつするか、とか。

 役所に出す書類もたくさんあるらしくて、ほとんどは僕が――父親となるこの僕が――出すべき書類がいくつかあった。


「これには母子手帳がいるんだって。わるこさん、子供が生まれたら君がもって行かなきゃならないらしいよ」

「えらく気が早いのね」

「こう言うことはある程度計画を立てておかないと。行き当たりばったりじゃ駄目な事がよくあるんだよ」

「頼もしいわね。……ところで良人くん」

「ん?」


 彼女はソファに深く腰かけて、ゆったりとした服を広げて僕を呼ぶ。僕はというと、カタログをいくつか見ながら机に冊子を広げている。

 その内の一冊に目を通しながら、ちらと彼女の方へ目をやった。


「それは今、何を見ているの?」

「ランドセルのカタログ」

「…………少々気が早くないかしら」


 わるこさんはどこか決まりの悪い笑みを浮かべていた。


「? でもそれ以外調べることは済んじゃったよ?」


 もう子供が生まれるまでの手続きはバッチリだ。生まれてからの事も勿論調べた。幼稚園か保育園か、はたまたこども園にするかは迷いどころだけれど。それはまた見学の時に決めれば良いと思う。僕達夫婦がどうやって働くかも二人で決めないと、選択は出来ないし。

 そういう追々決めていくことは、ある程度の目星だけ立てておいて。今はランドセル選びまで来ている。


「男の子なら黒か紺で、女の子なら赤系統だよね。あ、でも今は黄色とか紫とかたくさんあるんだった。僕達の子供は何色が良いと思う?」

「良人くん」

「ん? ……んむ!?」


 彼女は僕の顎に指をかけると、そのまま僕の唇を奪った。まるでどこかの王子様のようにカッコよく、スマートに。だけれどキュンとしてしまう強引さを感じる行為だった。


「良人くんが楽しみにしてくれるのは嬉しいわ。だけどそんなに早く決めなくても大丈夫。パパになるのだから、今を大事にすることも大切よ」

「わるこさん」

「……ふふ」


 わるこさんは微笑む。

 僕なんかよりよっぽど男らしい僕の妻は、もしかすると僕よりも父親に向いているのかも知れない。未経験の出産や子育てに対してどっしりと構えていて、僕は少々舞い上がっていた自分を恥じる。

 勿論彼女に不安がないだなんて思わない。彼女が僕に見せてくれない不安を支えるのが、僕のとりあえず目先の仕事と言ったところだろう。

 そう再認識したところで、僕は仕返しに彼女の美しい髪を掬うようにしながら、その白く細い首に手を回した。


「わるこさん」

「何かしら? ……わっ」


 そのまま彼女を抱き寄せて口付けを交わす。先に彼女に唇を奪われた僕としては、全く格好が付いていないのは自覚している。けれども、存外効果的ではあったらしく。

 彼女の頬は見る見る紅潮していった。


「もう」

「ははは、僕にも男の意地と言うものがあったらしい。真っ赤になったわるこさんはとても可愛くて良いと思うよ」

「ばか」


 こうして僕は、わるこさんに指摘されたように今を大切に生きることを決めたのだった。

 僕達の子供が生まれるまで、あと一年。そして。




 僕が彼女の不安を見抜けなかった、一年。


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