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14 わるこさん、君の気持ちがわかったよ

「わるこさん、何故僕を盾にするんだい」


 今川家へと到着すると、既に門前へ彼女の父が立っていた。

 部屋着と言うべきか、高級そうな洋服に身を包んでいて、いかにも厳格な雰囲気が醸し出ている。

 僕自身も何度かお邪魔したことがあり、会ったこともあるけれど。決して甘い人ではなかった印象だ。


「私父が苦手なのよ。知っているでしょう? 私が家ではあまり物を壊さなかったこと」

「……まあね。怒られ仲間としてよく君と怒られたよ」


 それほど、わるこさんが破壊を躊躇するほど、恐ろしい人だった。


「だから良人くんが先に行って。私はあなたの後を付いていくわ」

「ええ……」

玄浄良人(くろきよよしと)くん」

「!?」


 わるこさんに押されるうちに、既に僕の義父となる(かもしれない)人の元まで辿り着いてしまっていた。


「こ、こんにちは」

「うむ、よく来た。入りたまえ」


 この人は僕の父とは違い、素でこのような人だ。僕とそれほど背丈は変わらないのに、何故か凄く上から見られているように感じる。

 すぐに僕達は居間に通された。


「話は瑠子から聞いている。……正直私は、また瑠子が悪戯で嘘を吐いているのでは無いかと疑っている」


 わるこさんの信用の程が窺えた所で、僕は頭を下げる。


「その話は事実です。僕は瑠子さんと結婚を前提にお付き合いしています」

「……ふむ」


 続けて僕は頭を下げたまま話す。


「必ず幸せにしてみせます。だから、娘さんを僕にください」

「…………」


 わるこさんの父上は深い息を吐いた。長い長い溜め息のようで、深く深く考え込んでいるようでもあった。


「私は」


 そして、ゆっくりと口を開く。


「私は、『瑠子が』『君と』『結婚することには』反対するつもりはない」

「……っ」

「だが」

「はい」


 僕は未だ頭を下げたままだ。だから表情はわからないし、次の言葉がどう来るかも不明だ。


「『君』は瑠子のどこが好きなのだ。正直、我が娘ながら恐ろしさすら感じる時がある。自分の物、人の物。関係なしに破壊したがるその姿。そしてそれが達成されたときの笑みは悪魔的であるとすら思う」


 随分な言いようだ、と僕は思った。悪魔的だなんて普通は娘に使う言葉ではないだろう。

 ……だけれども、的を外しているわけでも無いのが、何とも難しいところだと思う。


「君のような心の綺麗な……一般的な人間よりも些か欲の薄い者には、うちの瑠子は相応しくないのではないか。破壊を好み、破滅を欲し。我が身すら大切にしない娘の、どこに君は惹かれたと言うのかね」


 彼は語る。娘を批判する。僕は感情が薄いのだろう。

 だけれど、彼の言葉に違和感を覚えずには居られない。無感情に肯定なんて出来ない。

 だからたまらず言い返す。


「瑠子さんのそう言うところは幼い頃から見てきました。恐らく親である貴方たちよりも、そういう面をよく知っていると思います。だけど僕は、それを踏まえて僕は。瑠子さんが隣にいない人生なんて、想像できない。……したくない」

「私は君を思って言っているのだ。君にはもっと相応しい人間がいるのだと。我が娘などではない。君のように平和を愛し、人々を愛し。老若男女全てに、平等に、慈しみの眼差しを向けるような人間が」

「そんな人間は居ません。僕もそんな風に言ってもらえるほど出来た人間ではありません。貴方が僕に対してそう思って頂けるのなら。また、僕の身を案じてそう言っていくれているのなら、それはとんだ見当違いであり。むしろ、僕に対する最大の侮辱だ」


 僕はもう頭を下げるのをやめた。昂った感情が僕の指を、腕を、胸を、脳を。身体中全てを燃やすような感覚に陥る。

 そして自然と目付きが鋭くなるのを自覚する。僕はこの日、初めて明確に理解した。


 この感情こそが『怒り』なんだ、と。


 僕は今怒っているのだ。例え彼女の父であろうと、わるこさんが悪く言われることに。僕は怒っている。


「玄浄良人くん、私は――」

「…………僕はわるこさんが良い。彼女が好きなんだ。いつから、どこが好きかなんてもうわからないけれど。けれど、確実に。僕はわるこさんに、わるこさんだけに『恋』をしているんだ」

「良人くん……」


 わるこさんが隣で僕の名を呼ぶ。この時ばかりはいつものように、笑顔で彼女の方を向くことが出来なかった。

 一切の目線を彼女の父から逸らすことが出来ない。


「お願いします。僕にわるこさんを下さい。わるこさんは僕が幸せにします。代わりにわるこさんには僕を幸せにして貰います。決して一方通行じゃない『愛』を、僕達は築いて見せます」

「…………ふむぅ」


 彼は腕を組んだまま目を瞑り、息を吐いた。僕はもう言いたいことは全て言ったつもりだった。

 もし彼が、それでも反対をするのなら。彼女を拐かし、無理矢理にでもこの家から許可を貰おうなどと考えていた。


「…………」

「………………」


 長い沈黙が居間に被さる。一瞬時が止まったのではないかとすら錯覚する時間の中で、僕は彼女の父を睨み続けた。

 感覚にして数時間。時間にして数秒の後、彼は口を開いた。


「………………わかった。君に娘を任せよう」

「っ!!」

「ただし!」


 今まで抱いていた『怒り』の感情が一瞬で吹き飛び、体の底から『喜び』が込み上げる。彼の言葉で慌てて蓋をしなければ、僕は声をあげて喜んでしまっていたかもしれない。


「瑠子。お前は必ず良人くんを幸せにするのだぞ。それが出来ないのなら、結婚は認めん」

「……勿論よ、お父さん」


 そしてわるこさんは僕の腕に抱き付いた。


「わわ」

「良人くん! 良人くん良人くん! 私良人くんが大好き! お父さんなんかに負けない姿勢! ホントにカッコ良かった!」

「わ、わるこさん落ち着いて」


 まだ向かいにはお義父さんが座っている。すごく複雑そうな顔で僕と彼女を見ているが、わるこさんは気にせず目一杯の笑顔を僕に向けている。


「……妻となる者の事を『わるこ』と呼ぶのもどうかとは思うが」

「す、すいません! その、名字との組み合わせでそんなあだ名が付いていて」

今川瑠子(いまがわるこ)……今が、わるこ……か。しかしそれなら、君と結婚すればわるこですらなくなるな」

「……」


 そう言えば考えたことが無かった。わるこさんの名字が変わるのなら、名字から付けられたあだ名が使えなくなるのだろうか。

 僕の名字との組み合わせで行けば……。


玄浄瑠子(くろきよるこ)……くろき、よるこ……なんだか凄く高貴な名前ね」


 わるこさんは嬉しそうに微笑んだ。

 黒き夜子とはこれまた、なんだか妙に彼女を象徴している気がする。真っ黒な髪、瞳。だけれど肌は月のように白く輝いている。

 彼女を表すには良い言葉だ。黒き夜という言葉は。


「それはそれで良いかもね。わるこさん」

「ええ」


 僕が微笑むと、彼女も嬉しそうに僕を見上げた。




 画して、僕達は両家への挨拶を済ませ。無事婚約を周囲に認めさせたのだった。

 そしてその帰り道。


「あ、良人くん。少し公園に寄ってもらっていいかしら」

「昼にも来たけれど」

「お願い」


 彼女にお願いされれば頷く他ないだろう。


「少し歩きましょう」

「いいよ」


 車から降りて、僕達は公園を歩く。

 広い公園。幼い頃から馴染みの公園。僕達が育った公園。

 その中でも一二を争うくらいに通った砂場に着くと、彼女は徐に砂を取った。


「綺麗ね」

「そうだね」


 彼女は掴んだ砂をさらさらと落とす。

 月夜の空に砂埃として舞っていくが、明るい月がそれを照らし、何とも言えない美しさを僕達に魅せる。


「ね、良人くん。どちらが高い山を作れるか勝負しない?」

「いいね。楽しそうだ」


 真夜中と言うほどでもないけれど夜の公園で、僕達は砂を掘って山を作る。

 そう言えば大人になってから本気で砂山作りなんてしていなかった。大人の手の大きさなら容易に高い山を作ることが出来て、それこそ子供の頃には数分掛けていた所を数十秒で作り上げる。

 そして十分程二人で黙々と作業をした。


「おぉ……。これは楽しいね」


 僕は出来上がった二つの砂山を見る。僕の方は、こう言っては何だけど。芸術性も何もなく、ただただ積み上げただけの巨大な山だ。

 対するわるこさんの方は、固まりにくい砂であるはずなのに、山とは思わせない。どちらかと言えば城を思わせるデザイン。

 彼女の物を作るときの芸術センスは本当に尊敬する。

 だが、彼女は次の瞬間こう告げた。


「楽しいのはここからよ。ほらっ!」


 そして彼女は僕の積み上げただけの高い山を蹴り飛ばした。


「えぇー……」


 僕は人生で何度目になるかわからない虚しさを覚える。そりゃあ、ただ積み上げただけではあるのだけれど。

 それでもこう、達成感のような物は覚えたわけなのだから、その辺りをもう少し味わっていたかったと思う。


「次は良人くんの番よっ」


 彼女は義父の言うところの、悪魔的な笑みを浮かべて僕に言う。目をキラキラとさせて、口の端を緩ませて。

 正直この時のわるこさんが一番イキイキしていると思う。


「……そうだね。僕もたまにはわるこさんの方に歩み寄ってみよう。それっ!!」


 僕は彼女の作った城を蹴飛ばす。美しさを感じさせた砂の固まりが、形を崩して消えていく。

 そこにはやはり虚しさを感じずにはいられない。けれど、形を失いつつ散っていくその姿をどこか美しいと思う自分がいた。


「少し……わるこさんの気持ちがわかった気がするよ」

「ホント!? 良いでしょ!? ほろびこそ わが よろこび。死にゆく者こそ 美しい……みたいな!」

「うん……そう言えば君はゲームでも、常に魔王側に感情移入していたね」


 僕も僕で、あまり魔物を倒すのが嫌で戦闘はほとんどわるこさんに任せていたりしたけれど。


「ふぅー。なんだかスッキリしたわ」

「……ふふ、それはよかったよ」


 晴れ晴れとした表情でわるこさんは月を見上げる。

 今日の月は……半月だ。それでも明るく、わるこさんの美しい白い肌を照らす。だから思わず、僕はいつかのように口を滑らせる。


「綺麗だ」

「!?」


 驚いた表情を向ける彼女に、僕は頬が緩むのを自覚した。


「たまに良人くんはそんなこと言うのだから。全く……そんな口は塞いでしまおうかしら?」

「!?」


 今度は僕が驚く。

 彼女は、彼女の唇に指を当てて言う物だから、僕はついイケない想像をしてしまった。


「……ね、良人くん」


 わるこさんが僕の方へ歩み寄ってくる。

 悪戯な笑みでも、いじわるな笑みでもなく。照れたような笑みを浮かべて。


「キス、しましょうか」


 …………。


「…………」

「…………ん」


 …………。






 こうして、僕達の初デートは。互いの気持ちが通い合う月夜に。

 無事幕を閉じたのだった。


書き溜めがここで一度ストップします。

更新頻度がガタ落ち致しますのでご容赦ください。

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