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13 良人くん、デートをしましょう

「良人くん。デートをしましょう」


 それは付き合い始めて数日後の休日。二人が初めて一緒に休みが重なった日だ。


「デート?」

「そう、デート。私達は『恋人達』なのよ。『恋』をする『人達』なのよ」

「そ、そうだね。改めて言われると恥ずかしい気がするな……」


 朝食は食べ終えた。彼女が作ったスクランブルエッグに、ウインナーに、パンに。

 わるこさん拘りのコーヒーに、コンソメスープも付けてもらった健康的な朝食だった。


「だからデートをしなくちゃならないのは、必然」

「そこまででもないと思うけど……そうだね。僕は君とデートがしたい」

「そうでしょうそうでしょう」


 わるこさんは満足げに頷く。念のために彼女に訊ねる。


「何処へ行くの?」

「予定はこうよ」


 そう言うと彼女はノートを僕に見せた。


「えーと、車で神社にお参りに行って、ショッピングモールで買い物。また車で移動して公園に行って二人で散歩。そして最後は僕の実家とわるこさんの実家、と……。え?」

「何か問題があるかしら? あ、一応スーツ着て正装してね。お土産はショッピングモールで買えばいいわ」

「え、やっぱりそう言うことなの?」


 突っ込み所は多々あるのだけれど、僕が一番気になったのは最後だ。

 何故僕は両親に正装で会わなければならないのか。


「だって私達、婚約してるのでしょう?」

「ッ!!」


 僕は顔が熱くなるのがわかった。 

 わるこさんはそんな僕を見て、いたずらな笑みを浮かべた。




 画して、僕はわるこさんの画策通り神社へ参り、ショッピングモールで地酒を買い、公園で二人でのんびりした後、各々の実家へと向かった。

 驚くべき周到さと言うか、既に両家へ連絡済みであることには僕も開いた口が塞がらない。


 しかしわるこさんは気付いているのだろうか。

 実家まで向かうデートコース。全てが僕らに縁のある場所であることを。


「どういうこと?」

「いや、気付いていないなら良いんだ」


 素で聞き返されてしまった僕は、折角なので黙っていることにした。

 神社は大学で就職活動の頃、二人でお参りした。

 ショッピングモールは、隣のイベントホールに行った帰りに寄っていた。小さいけれど美術館があったりして、高校から近かったのもあってよく通った。

 公園は幼稚園の帰り、小学校の遠足。中学校ではのんびりする為によく行った。

 わるこさんが無意識に思い付いただけなのだろうが、僕にとっては最高のデートコースだった。


「良人くんの癖に生意気ね」


 彼女はクスリと笑う。

 そのセリフは君のような美しい女性には似合わないよ。


「さて、最後だけど……まずは良人くんのお家からよ。メインディッシュは後に取っておきたいでしょ?」

「僕の家は前菜か何かなのかな」

「ふふ」


 そして僕は自分の家のチャイムを鳴らす。

 当然出てくるのは僕の母。


「おかえり! 今日は……あらー! 瑠子ちゃんやっぱり綺麗ねー!」

「お久しぶりです、お義母様。相変わらずお綺麗です」

「あらー! お上手なんだから! ささ、入って入って」


 我が母ながらかしましい。

 とにかく母さんの勧めで僕らは家へ上がった。


「ただいま」

「こちらつまらないものですが」

「あらー! いいのに!」


 テンションの高い母にお土産を渡す。すぐにリビングへと通される。

 そしてテレビの前のソファーに座る人物が一人。

 僕の父だ。


「うむ、よく来た」

「お父さん」

「良人もよく帰ってきた」

「う、うん」


 父さんは深く腰かけて腕を組んでいた。そして僕が何よりも目を惹かれたのはその格好。服装。

 作務衣だ。


「お父さん、その格好」

「とりあえず二人とも座りなさい」

「いや、えっと……」

「失礼致しますわ」


 わるこさんは何事も無いかのようにソファーに座る。僕も隣に座るのだけど、どうしても気になる。


「して、本日はどんな用件だ」

「ええ。私今川瑠子(いまがわるこ)玄浄良人(くろきよよしと)さんと婚約を致しましたことをご報告に――」

「ッ!!」


 わるこさんの言葉の途中。父は机をドン、と殴った。

 そして肩を震わせ、それはそれは恐ろしい目で僕らを睨み付ける。


「ふざけるなッ!!」

「お義父様、お気持ちはわかりますがどうか――」

「絶対にダメだッ!!!」


 わるこさんが父を宥めるが、父は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 そんなにも、ふざけたことを言っているのだろうかと考える。父はわるこさんの事を悪く思ったりはしておらず、むしろ娘のように可愛がっていたはずだ。

 だから僕との婚約に反対する理由など無いはずなのだけれど。


「お父さん……」


 それでもわるこさんより僕の事を思って怒ってくれているのなら、と少し心が揺れ動いた僕だったが。

 次の一言で僕は目を剥く。


「娘は貴様なんぞにやらん!!」

「お義父さん!!」

「俺の可愛い可愛い瑠子を、お前のようなどこの馬の骨ともわからん男にやれるか!!!」

「えぇ……」

「お義父さん! やめて!」


 怒られているのは僕だった。

 わるこさんも何かの熱が入ったのか、『僕の』父にすがり付いて止める演技をしている。


「ええい離せ瑠子! こいつの事は信用ならん!」

「やめて! 良人さんは良い人なの! 私は知っているの、この人はとても(都合の)良い人なのよ!」

「ダメだダメだ! 二度と家の敷居を跨ぐんじゃない!」

「今すごく聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする」


 信用ならん、都合の良い人、家の敷居を跨ぐんじゃない。一々突っ込んではいられないけど、何よりも。

 都合の良い人、だったのか僕は。『良い人』になるようにと名付けられた僕が、『都合の良い人』にまで成り下がってしまった。


 そして突然わるこさんが父から離れると、また元の席についた。父が口を開く。


「そして数日後」


 は?


「お義父さん! 結婚を許してくれるのね!」


 え?


「……ああ、その若者の熱意には負けたよ。そいつなら、きっと。きっと、お前を幸せにしてくれるはずだ」

「あぁっ! お義父さん! ありがとう!」

「幸せに……なれよ……ッ!」


「~HAPPY END~」


 凄く酷い茶番劇を見せられてしまった。何故か本当に涙を流している僕のお父さんに、僕はどんな顔をすれば良いのかわからない。

 随分人間臭くなってきたと言うか、かなりの感情を手に入れた僕ではあったけれど。今、この瞬間。

 僕はどうするのが正解なのだろう。


「という事で私達結婚します」

「やったー! お前ー!! 瑠子ちゃんが俺達の娘になるぞー!」

「あらー! あらあらあらー!」


 ソファーに僕を取り残して三人は万歳三唱。

 一体なにが起きたのか、未だに理解できない。


「お義父さんったら、婚約の挨拶をすると電話したら張り切ってしまって」

「この昭和のお父さんが着てそうな作務衣もわざわざ買ってきたのよ?」

「着付けを覚えるのも一苦労だった!」


 そうなんだ。道理で藍染なのにあまり良い色がまだ出ていないんだね。


「そうなのよー! でもあの『悪戯っ子』だった瑠子ちゃんがお嫁さんに来てくれるだなんてー! それに昔からそうだっけど、物凄く美人なのよー!!」


 悪戯っ子どころではない気がする。彼女が今まで壊してきたものは、そこそこシャレにならないものもあったのだけれど。

 悪戯。悪い戯れ。悪の戯れ。≒わるこさんの破壊行為。……一応悪戯なのだろうか。


「ああ……正直良人の顔とは釣り合わないが……いやぁ、本当に嬉しいなー!」


 ああそうだった。僕の顔は普通なんだった。

 美人過ぎるわるこさんとは、確かに釣り合いは取れないのかもしれない。


「いいのよ。私は良人くんを顔で選んだ訳じゃないもの。それに私は良人くんの顔だって大好きよ」

「それは……なんというか。とても光栄だよ」


 僕は割りと自分の外見には無頓着だった。だから良いとか悪いとか、そんな安い評価に一切興味はなかったけれど。

 だけど、わるこさんにそう言われるのは。とても、嬉しかった。


「さて、そろそろ私の家へ行きましょう」

「もう行くのか? またゆっくりしにおいで。何せ瑠子ちゃんは我が家の娘なのだから!」

「ありがとうございます。お義父様、お義母様」

「いえいえー! またね!」


 という事で。

 僕達はまた少し車を走らせて、今度は今川家へと向かった。

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