1 僕は、所謂天使だった
僕は所謂天使だった。天界から人間の魂を導く天使。
魂を人間として生まれさせ、人生を見守り、そしてまた天界へと導く。
そうして膨大な数の魂を見送ってきた。こう言ってしまうと恩着せがましいけれど、今生きている人々は僕が生まれさせた魂であると言っても過言ではない。
僕の仕事はそれだけだった。人生を見守るなかで、その魂に与えられた使命を全うさせるために、僕がヒントを与えたりすることもあった。
天界から指令を受け、彼らの夢にも現れてみたりした。
その指令が『善いこと』なのかはその時の僕にはわからなかったし、興味もなかった。
そう。僕には感情なんてものがなかった。
しかし幾年も流れ、ずっとずっとたくさんの数の人間を見る中で、彼らの『感情』と言うものに興味を持つようになった。
彼らは生きている間、よく笑い、よく泣き、よく怒り、そして喜んだ。何が彼らをそうさせているのかは、状況を見れば何となくわかる気がしたが、それが何故彼らを豊かにしているのかはわからなかった。
そして、いつしか僕は人間になりたいと思うようになる。
僕も彼らと同じように笑ってみたい。泣いてみたい、怒ってみたい、喜んでみたい。僕が今等しく人間の魂を愛しているのとは違い、特定の誰かに己を委ねられるようになってみたい。
僕は人間に恋い焦がれた。
僕が初めて手に入れた感情は、『恋』だった。
人間界へ天使が降臨や、人間として転生するにはよっぽどの事がないと無理だ。例えば悪魔が誕生してしまった時。彼らは穢れだけの存在なので生まれるのに時間が掛かるため、天使が先に降り、強い戦士を育てる等。
それほどよっぽどのことが起きなければならないのだが、僕はそのよっぽどの事を起こしてしまう。
その前に。
僕の仕事はもう一つある。魂を天界に導く前に、その魂を清めさせることだ。
魂は誰しも人間界で穢れを付けて帰ってくる。それを天界に昇る道、その手前にある炎で清めなければならない。謂わば天界の洗濯機のようなものだ。
ただそこに誘導し、魂を焼けば白い光を放つほど綺麗になった。
逆に穢れはその場に落ちて残るので、僕は箒で穢れを集め、ゴミ箱の様なところへ捨てる。
そこで必ず気を付けなければならないことは、ゴミ箱の蓋を閉めること。開け放していると穢れが逃げ出し、悪魔などに姿を変えてしまうからだ。
ある日僕はそのゴミ箱をひっくり返してしまう。天界での出来事であるが故に言葉では言い表せないけれど、簡単に言えば足を引っ掻けて転んでしまったようなものだ。
僕は青ざめた。蓋を開け放しただけでも大変なことになると言うのに、ひっくり返して今まで溜め込んだ穢れが逃げ出せば。
僕が慌てて戻す前に穢れは逃げ出し、人間界の入り口まで飛んでいった。そして、今まさに生まれ変わろうかと言う魂に混ざり込むと、そこには真っ黒な魂が出来上がる。
穢れた魂は人間界へと飛び込み、僕はすぐに見失ってしまった。穢れのみが人間界へ降りる場合は、悪魔や怪物となって転生する。その為時間的猶予はあるが、魂と同化した穢れはすぐに人間として生まれてしまう。
それから僕は上級天使に相談し、大天使に激怒され、神に土下座して許しを乞うた。
天界の緊急会議の末、僕は責任を取って人間界へと生まれ、穢れた魂を捕まえることになった。
上級天使には心配されたが、僕はむしろ喜んでその任を受けた。
はてさて、僕は大急ぎで魂を清め、逃がした穢れと同様に、今から生まれ変わる魂と融合し、人間界へと飛び込んだ。
先述の通り降りてしまった魂は悪魔と違い、穢れを背負った魂だ。僕より先に生まれてしまう可能性が高いため早く降りなければならなかった。
そして僕の母になる人の体へと飛び込んだとき、天界から人間になるための三つの誓いを立てさせられる。
一、後にどんな人間になるとしても生まれたときは必ず善であること。
これはどの魂も誓うことだ。人間は生まれながらにして悪である、という文言もあるが僕は否定する。神はそん なことを言っていない。人間として生まれるのならどんな魂も善であれ、と約束をさせられる。
先に降りた穢れた魂も誓うことだ。
二、生涯で必ず何かを愛すること。
これは何でも良い。人を愛し、家族を愛しているのが理想だけれど、人間のなかには人形を愛していたものが居た。
だからこれは何でも良いのだ。歴とした愛を抱ければ良い。
三、魂に与えられた目標を一つ必ず達成すること。
これが難しい。僕に与えられた使命もいくつかあるが、最優先されるのは穢れた魂を捕らえること。僕にとっては当然で何の異論もないが、ある魂にはとても難しい使命があった。大嫌いな人間を愛せと言う使命が、僕が見てきた中で最も難しい使命だったと思う。
そして。
三つの誓いを立てた僕は、いよいよ人間として生まれた。
プロローグに当たる部分でございました。この調子で簡素な話が続きます。
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