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第一話:献身と流儀

すいません、ストックあったのに忙しくて予約投稿できませんでした。。。

「主、本当にいいのか? ななしぃにあんなことやこんなことするチャンスだったのに」


「ねぇ。なんか僕の評価おかしくない?」


 本当にもうナナシノもサイレントも一体僕を何だと思っているのか。


 七篠青葉の献身は恐ろしいマジックアイテムだった。ゲーム内で出てこなかったわけである。


 本人の同意の元に作られる特別なアイテム。

 別名、契約の指輪。七篠青葉の行動を操る力があり、その強制力は本人の協力あって作られたものだけあって、自死を強制する事すら可能。

 なんでも七篠が僕を助けるために『なんでもする』などと馬鹿げた約束をしたらしく、それが形となったものらしかった。


 エレナの説明を聞いた次の瞬間、僕は受け取ったその指輪を即座に破壊した。


 プレイヤーの行動を制限するアイテムなんてあってはいけないし、そもそも本来のクエストの対象――ナナシノが助けようとしたのは僕である。複雑な事情あっての事とはいえ、僕がそのアイテムを手に入れるのは筋違いだ。

 そしてまた、万が一誰かの手に渡ったら面倒な事になるのも明白。何より、僕自身の気が変わる可能性もあるしその前に破棄しておいた方がいい。


 しかし……と。ふとギルドから出る寸前に思い出し、含み笑いを漏らす。


 破壊した直後の深青(ディープ・ブルー)の表情ときたら……目を丸くしてまるで飼い犬に手を噛まれたような表情だった。それを見られただけでも溜飲が下がるというものだ。


「主、楽しそうだな」


 珍しく僕の身体から降りていたサイレントが、その身長を伸ばし、僕の顔を下から覗き込んでくる。ぽっかり空いた虚空のような目が僕を見ていた。


「いや、そんなことないけど」


 僕は大人なのでエレナに湯水の如く魔導石をつぎ込まさせられた記憶はさらっと水に流している。そう、湯水の如く流している。

 サイレントは納得していないようだったが、気にしない事にしたのだろう。話題を変え、憮然とした様子で言う。


「しかしあのエレナという女、ただものじゃないな」


「……エンドコンテンツだからね」


「エンド……コンテンツ?」


 彼女に限らず、色の名を持つNPCは常に挑戦を受けつけている。

 何度でも挑む事ができ、倒すことでレアな素材や、魔導石が手に入ったりするが全く割りに合っていないのでよほど酔狂じゃなければ何度も挑んだりはしない。


 サイレントじゃいくら育てても敵わないだろう。

 エレナの眷属はしこたま状態異常をぶち込んでくるゲームでは一番嫌われるタイプのユニットなので、最低でもその対策がいる。


 僕は小さくため息をつき、まだほんの少し痛む筋を大きく伸ばした。


「まぁ、『深きものども』と戦う気はないけどね」


「主はあの女の事を良く知っているのか?」


「まー多少の因縁は嗜みとしてね……」


 多分アビコルをやりこんだプレイヤーの九割は彼女に痛い目にあっているはずだ。大体が因縁あるんじゃないかなぁ…。

 なのにキャラ人気投票で常に上位にいたあたり、プレイヤーの闇を感じさせる。


 僕は肩を竦めてサイレントに念のために宣言した。


「まぁ、手出しするつもりはないけどね。最強の召喚士(コーラー)を目指しているわけでもないし」


「我は目指したいぞ?」


「……勝手に目指せよ」


一単語の系譜(ザ・ワード)』は『名持ちの勇士(ネームド・ブレイブ)』よりも強いが、決して最後のアップデートで実装されたキャラではないのだ。

 その中でも能力があまり高くないサイレントが最強を目指すのはかなり難しい。というか、無理。


 僕は自身のゴールを、ゲームやってた頃召喚出来ていなかった眷属の召喚に設定している。それ以外は割とどうでもよかったりする。


 手に持った紙袋の重さを確かめながらため息をつく。


「あーあ。また初めから魔導石、集めないとなぁ……」


「主はそればっかりだなぁ……」


 とりあえずは魔導石だ。魔導石がないと何もできない。今回だってもし誘惑に負けてストックの魔導石を減らしていたら負けていたかもしれないのだ。


 後、雑用クエストは何個残っていただろうか。

 真剣にそんなことを考えながら、宿に戻ろうとしたところで、ふと後ろから声がかけられた。




§ § §




 ゲストを見送った後、ギルド長室で、エレナ・アイオライトは浮かない表情をしていた。


 召喚士(コーラー)ギルドは両隣にもっと大きなギルドがあるので侮られて見られる事が多いが、召喚士が極めて特殊な才能を必要としておりメンバーが少ないだけで、決して勢力が小さいわけではない。


 中でも各都市の召喚士ギルドのマスターは当代一の眷属を手に入れた召喚士が担う習わしとなっており、その地位は魔導師ギルドの大賢者(ウィザード)、剣士ギルドの剣王に匹敵する。

 ただし、前者二つのギルドと比べて、強力な召喚士に必要なのは強い眷属を呼び寄せる『才能』だ。そこに血筋や経験は関係なく、どの組織よりも純然たる実力主義が蔓延っている。

 ギオルギがそれまで除名されていなかった理由の一つには、その才能が召喚士ギルドの中で無視出来ないものだったから、というのもあった。


 そのため、強力な眷属を引き寄せた召喚士は尊敬を一身に集める。召喚士ギルドのギルド長ともなればその名はどこまでも轟いている。


 ギルド長のみが座る事を許される執務机。そこで頬杖をつくエレナに、右腕でもあり副ギルド長でもある壮年の男――ロックが話しかける。

 話の話題は、今日呼び出した一人の青年召喚士についてだ。


「しかし、まさかブロガーが即座に『献身』を破壊するとは思いませんでしたな。初めは礼儀知らずの小僧だと思いましたが、悪人ではなさそうだ。少なくとも、ギオルギよりはマシでしょう」


 契約の指輪はその人物の人権そのものだ。幾つか宣誓した内容により種類が存在するが、中でも『献身』はあらゆる権利を人に委ねる代物であり、製造方法に本人の同意が必要なため滅多に作られないが、然るべき場所に売れば大金で売れる。

 それが召喚士という才能を持ち、おまけに若く美しい女性のものとなればどれだけの値段がつけられるのか想像すらできない。


 ギルド長が直々に会うことになったのも、それを渡す人物を見極めるためでもある。

 召喚士の力は強大だ。ギルドの一員が悪用されるのはギルドの本意ではない。結局それは杞憂に終わったが、場合によってはエレナは破棄を『お願い』しなくてはならないと思っていた。例え――ギルドの名が落ちたとしても。


 新たな才能の出現に上機嫌なロックを見て、エレナはずっと思っていた事を口にした。


「ブロガーは……どうやらエレナの事を知っていたみたいですね」


 明らかにブロガーの反応は初対面のものではなかった。

 森人は整った容姿を持つ種族として有名だ。エレナもその例に漏れず、大抵の人間はエレナと初めて対面した際に似たような反応をする。

 少なくとも、エレナは初対面時に悪意を抱かれた事はない。だが、ブロガーは違った。


 ロックが眉を顰め、


召喚士(コーラー)ならばエレナ殿の事を知っていてもおかしくないのでは? ……ブロガーが召喚士となったのは最近ですが、なにせエレナ殿は有名人だ」


 少なくとも召喚士でエレナの事を知らない者は少ないだろう。

 しかし、ロックの言葉にもエレナの表情は優れない。


「いえ……あの人はエレナの事を……『深青(ディープ・ブルー)』と呼びました。高名な『深青(ディープ・ブルー)』、と。名前だけならともかく、二つ名は……殆ど広まっていないはずです。」


 エレナは有名人だ。古都の召喚士でその名を知らない者はいないだろう。だが同時に、エレナの眷属を見たことがある者もいないに違いない。

深青(ディープ・ブルー)』は過去、まだエレナがギルドマスターになる前の二つ名である。森人は寿命が長い。今となってはその名を知る者は本当にエレナと近しい人間だけだ。


 ロックはその言葉に初めて目つきを険しくする。エレナの右腕であるロックはもちろんその二つ名を知っているが、それはエレナ本人から聞いたものだ。


「それだけじゃありません。あの人は――エレナが国から召喚に制限をかけられていると聞いても――驚くことなく、ただなるほどと言ったのです」


「……ただの相槌……考え過ぎでは?」


 ロックの言葉に、エレナは首を傾げた。確かにその可能性もある。

 エレナは小さくため息をつき、ハーブティーを口に含んだ。独特の酸味と芳香が口の中に広がり、エレナを少しだけ冷静にさせてくれる。


 濡れた唇を指先で拭き取り、独り言のように呟く。


「エレナの『深青(ディープ・ブルー)』を見たことがある……?」


「くくく……さすがにそれはないでしょう。私も見せて頂いた事がないのに」


 その面白くもない冗談に、ロックが本心から笑い声を上げた。

 その快活な声にエレナの表情が僅かに緩む。


「ですよね。エレナ自身もここ何年も召喚していませんし……」


 エレナの二つ名を知る者は少ないが、その眷属を見たことがある者など輪をかけて殆どいないだろう。

 味方にも殆どいないし、敵の可能性など考えるまでもない。


 一度頷くと、背筋をぴんと伸ばし、花開くような笑みを浮かべた。


「まぁ、ブロガーの眷属もただならぬ気配を持っていましたし……もしかしたら見せる機会があるかもしれませんね」


「ほー、そこまで言いますか。なんと羨ましい」


 召喚士の召喚する眷属は千差万別で、前例のない眷属が召喚される事も少なくない。

 だが、エレナ程の召喚士になってくるとなんとなく眷属の力を見積もれる。

 その目利きの力を知っているロックは目を見開き、感嘆の声をあげた。エレナ・アイオライトをして、そこまで言わせた召喚士が果たして何人いたか。


 ロックの言葉に、エレナがぽんと手を合わせて明るく言った。


「貴方も挑戦するならいつでも受けて立ちますよ」


「……ご冗談を。残念ながら私は――まだ死ぬ準備が出来ていないので」


「それは……残念です。『深青(ディープ・ブルー)』を受け止めてくれる殿方をずっと探してるんですが……」


 全然見つかる気配がありません。


 エレナが机に身を投げ出し、残念そうな声で言う。

 華奢な首と投げ出された白い手――男ならば魅了されてやまないその姿を見て、しかしロックは表情を引きつらせた。


 エレナが絶世の美少女だったとしても、単騎で軍を相手取れるという『深青(ディープ・ブルー)』に立ち向かう者など現れるわけがない。


 少なくとも、召喚士ならば絶対に惑わされないだろう。

 たとえ眷属を出していない状態だったとしても――ひと目見ただけで格の違いがわかる。『深青(ディープ・ブルー)』とはそういうものだ。

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