009 似合いそうだなって
「ああ、あと魔力に関してですが、魔力は頭全体に蓄えられます。その蓄えられる量が人によって変わります」
キム爺さんが「ほう」っと身を乗り出して聞いている。
「たとえば……大中小と大雑把な分け方になりますが、ダリルさん、ギルさん、ロイさんは魔力の器が大きめです。キムさんとジムさんは中くらいで、アルダさんは小さめ」
みんなが真面目な顔でランの話に耳を傾ける中、ダリルさんは嬉しそうににやにや笑っている。
「目安としては……そうですね、魔力が小さめな人でも浄化の魔法くらいなら、高速で連続使用したり、広範囲に使用しない限り、一日何回使ってもなんともありません」
みんなが一斉に頷く。
「魔力は使いすぎるとおそらく頭痛などの影響が出るはずですから、その時は一旦魔力の使用をやめ、しばらく経ってから使うようにしてください」
「その言い方じゃと魔力は自然と蓄えられるっちゅうことかいな?」
みんなが頷く中、キム爺さんが声を上げる。
「ええそうです。魔力は自然と蓄えられます」
「それが頭部っちゅうことかいな?」
「そうです。おそらく頭全体で蓄えられているのだと思います。私もそのあたりは詳しくないので詳細はわかりかねますが、頭部であることは間違いありません」
キム爺さんが「ふむふむ」と頷いている。
「だからさっき頭から陽炎のようなものが出たってことか。あれが魔力か」
「そうです。魔力に慣れていくうちにはっきりと見えるようになると思います」
ギルさんの質問にランが答えると、ロイさんとギルド長も「なるほど」と頷いていた。
「ロイさんは、今日帰ったらアルダさんに浄化のやり方を教えてください。他の方は申し訳ないのですが、今のところはご家族にも他言無用で。おそらく腕輪のせいで話せないと思います。腕輪の持ち主同士であれば話すことは可能ですが、その際は自動で防音の結界が張られます」
「わかりました」
「防音の結界まで勝手に張るのか……本当にすごいなこの腕輪」
ロイさんが頷けば、ギルド長が腕輪を見ながら呆れたように言う。
「ですので、人目のあるところでこれについて話すと、周りからは口をぱくぱくしているだけに見えるので注意してください」
みんながなんともいえない顔をしてランを見た。
「なるべく外では話すなっちゅうこっちゃ」
キム爺さんの溜息交じりの言葉に、なんとなく渋い顔をしながらみんなが頷いた。
「あとはみなさんでどうやって浄化の魔法を広めるかを考えてください」
「そうだな。それが一番の問題だよな」
ランの言葉を受けて、ギルさんが腕を組みながら考え込む。
「できるだけ門の中に知られるのは後にしたい。それを考えると、大っぴらにもできんし、かといって狭い範囲では街は不衛生で臭いままだ」
「ああ。中と繋がる商人たちもなるべく後回しにしたい。職人たちも後回しになるなあ」
ギルさんの言葉にジムさんが頷きながら答える。
「じゃが商人や職人の中にも門の中とは関係ないもんもおるわい」
「思った以上に面倒だな」
キム爺さんが反論し、ギルド長が面倒そうな顔をする。
「いっそのこと、街の外れに集落をつくりますか? なんだか今度は成功する気がしますし」
「それならいっそギルドを移動させてしまうか! いやな、前々からこの場所を譲れって言われてたんだよ。ちょうど手狭になってきたところだし、いっそギルドを街外れに移して、そこにたまたまお前たちも引っ越してくるとかな」
ロイさんの提案にギルド長が答えると、ロイさんは「それいいですね」と乗り気だ。
「ほいじゃ、儂の診療所をついでに隣に建ててくれんかいな。安く」
「自警団の詰め所も移動するかな……どうせ魔物は街の中にはいないしな。ついでに俺んちも引っ越して……」
「なんだよお前たち! 俺の宿は移動できないよ、そんな金ないよ……」
次々と街外れに移り住む話をしている中、ジムさんが顔をしかめ悲痛な声を上げた。
「あー。今回に限り私が魔力で家くらい作りますよ」
「は?」
「はい?」
「はあ?」
「ほう!」
「本当か!」
ギルさん、ロイさん、ギルド長、キム爺さん、ジムさんが、ほぼ同時に大きな声を上げた。
「できればちぃっとばかし広めがいいわい」
キム爺さんがほくほく顔ですかさず言えば、ランが笑いながら頷く。
「ギルドも頼んでいいか?」
「ええ」
「自警団の詰め所も?」
「ええ」
「俺の宿屋も?」
「ええ」
「ついでに私の家もお願いしてもいいでしょうか?」
「いいですよ」
「俺んちも!」
「俺んとこは子供が4人もいるんだが……」
「はいはい。わかりましたから。そのかわり自分たちでその集落全体をどうするかは考えてください」
既にみんな上の空だ。ギルド長が気持ち悪い感じで「ぐへっ」と笑っている。ロイさんからは「これを機にお義父さんも一緒に暮らしましょうよ」と誘われている。キム爺さんまでもが「荷造りせんといかんわい」とそわそわし始めた。
「シア、退屈だったでしょ?」
「そんなことない」
「それならいいけど……」
なんだかすごく面白かった。魔力を使うのも、みんなの話も。こんなにたくさんの色んな話を聞いたのは初めてだ。
「それではみなさん、二日に一度はギルドに顔を出すようにしますから、ゆっくり考えてください。この部屋の結界は張ったままにしておきますから、みなさんとアルダさん以外は入れません。内緒話はこちらでお願いします」
「わかった。色々ありがとな、ラン!」
ギルド長が言えば、みんなも続いてランにお礼を言う。
「シア、またの」
キム爺さんが私にもそう言ってくれると、ギルさんも頭をなでて「またな」と言う。
「ロイさん、こないだは泊めてくれてありがと」
「ああ。また遊びにおいで」
「うちにもまた泊まりにおいで」
ジムさんもそう言ってくれた。なんだかたくさん話しかけられてうれしい。ランが頭をぽんぽんしてくれた。
「それでは」
そうみんなに声をかけたランに手を取られ、引かれるまま部屋から出る。受付の前でアルダさんに「またね」と声をかけられて、ギルドを後にした。
街外れに向かう道すがら、ランと話ながら歩く。
「シア、今日会った人たちはみんな信用できる人だから、いざという時は頼って大丈夫だと思う」
「ん。キム爺さん、いい人。薬くれる」
「シアももらったことあるの?」
「うん。熱冷ましとお腹の薬」
「そうか。じゃ、キムさんの診療所は特別に立派にしようか」
「うん!」
「今日はおやつ食べてないけど、お腹空いてない?」
「朝お腹いっぱい食べたから大丈夫」
「そっか。じゃあ、今日の夕食はなんにしようか?」
「お肉!」
「シアはお肉が好きだね」
「うん!」
ランと繋いだ手を振りながら、跳ねるように歩く。
足にぴったりの靴は、少し跳ねてもたくさん跳ねても脱げることはない。
「シアは言葉をどこで覚えたの?」
「平民の学校の窓の下と図書館の朗読会の窓の下」
「窓の下か……」
「うん。窓の下」
「シア、学校行きたい?」
「もう行けないよ」
「そうなの?」
「うん。学校は十歳から十三歳までに入らないといけいないの」
「そっか、シアは十五歳だっけ?」
「うん。ランは?」
「おれは二十一歳。もうすぐ二十二歳」
「そっか、うーんと十六、十七、十八、十九、二十、二十一、六歳年上?」
「そう、六歳年上」
「シア、誕生日は?」
「誕生日?」
「生まれた日。生まれた日はわかる?」
「うん。ギルドの丸い石でわかった。七の月の四十五日。七の月の最後の日」
「そっか。ちなみに今日は?」
「うーんと……四の月の……たぶん二十日?」
「そっか。今度ギルドに行ったら確認してみようね」
「ん。わかった」
ランが周りを見渡す。いつの間にか街外れまで来ていた。二人で話しながら歩いているとあっという間だ。
「じゃ、行くよ」
また一瞬で家に帰ってきた。ランは転移だと言っていた。もう頭がくらくらしない。慣れたのかもしれない。
「おかえり」
ツバサがうろの中から小さな姿で出てきた。可愛い。
「ただいま、翼」
「ただいま」
ランのまねをして同じことを言うと、ツバサに「おかえり、シア」ともう一度言われた。
おかえりっていい言葉だ。言われると嬉しくなる。
ツバサはまたうろに戻り、ランと一緒に家に入る。
玄関の扉を通るときに浄化されるのにも慣れてきた。扉の横の椅子に座って靴を脱ぎ、部屋履きに履き替えて、椅子の横に靴を揃えて置く。
ふと顔を上げると、ランが満足そうな顔で見ていた。
「よくできました。シアはきちんとしているね」
「きちんと?」
「ちゃんとしているってこと」
「ちゃんと……」
「んー、ひとつひとつを丁寧に扱ったり、整えたりする感じかな」
きちんと。私はきちんとしている。
ランは私の知らない私のことをよく知っている。色んな言葉でそれを教えてくれる。考えていることも当然のようにわかってくれる。
ランに促され、リビングのソファーに座る。
「シアはさ、難しい言葉の方をよく知っていたりするよね」
「そうなの?」
「今だって、きちんとより、丁寧や整えるは知っているんでしょ」
「朗読会で覚えた」
「なるほど」
「そこにきちんとは出てこなかったんだ」
「うん。たぶん」
「シアはシアが思っているよりずっと賢いから、覚えたいことがあったら遠慮なく聞いて。俺でわからないことはわかる人に聞きに行こう」
今一番知りたいのは色の名前だ。色の名前は知っていても、どれがその色かがよくわからない。
「あのね、色の名前を知りたい」
「ああ、そうだね。今日は青を憶えたね」
「うん。青って言葉は知ってる。でもどれが青かよくわからなかった」
「なるほど。窓の下で聞いているだけだと色は見えないもんね」
「うん。これが青ですって言われても、見えなかった」
「じゃ、知りたい色があったらその時その時聞けばいいよ」
「わかった。あのね、シアの部屋の色は何色?」
「薄い赤だよ。薄紅色かな」
「薄紅色」
「よし、シアの部屋のクローゼットを見てみようか。たくさん色があったでしょ?」
ランと一緒に私の部屋のクローゼットに入ると、色とりどりの服が並んでいる。
「これは?」
「薄い黄色」
「黄色は卵の黄身の色?」
「そう。昨日食べたオムライスの上に乗ってた卵の色」
「これは?」
「薄い緑」
「緑は葉っぱの色?」
「そう。ギルド長の椅子の色が濃い緑。深緑」
「これは、薄い青?」
「そう。水色とも言う」
「うーんと……ギルさんの椅子の色は濃い青?」
「そう」
色んな色の名前を教えてもらった。憶えるって楽しい。たくさん憶えて、たくさん賢くなりたい。
「シアの部屋の色、本当は何色がいい?」
「んー…この色がいい」
「青じゃなくていいの?」
「ランはどうしてシアの部屋をこの色にしたの?」
「シアっぽいから」
「シアっぽい?」
「シアに似合いそうだなって」
「ん。この色がいい」
ランが似合うって思ってこの色にしてくれたなら、この色がいい。
「そっか。変えたくなったら自分で変えてみてもいいからね」
「わかった」
「じゃあ、ご飯の前にお風呂入っておいで」
そう言って頭をぽんぽんしてくれる。
「ランも一緒?」
「……一緒がいいの?」
ランがちょっと困ったような顔になった。
一緒はダメなのだろうか。お風呂は一緒がいい。できれば一緒に気持ちよくなりたい。
「ん…一緒がいい」
「……わかった。じゃあ今日はシャンプーとかの使い方を教えるからね」
「ラン……、一緒でもいい?」
「いいよ。でも一人でも入れるようになろうね」
「わかった!」
ランと一緒にお風呂の洗面所に行き、服を脱ぎ、ちゃんと畳んで浄化する。
「シア、体にタオル巻いて」
「んー…いい。タオルいらない」
「だめ。一緒に入るならタオルは巻くこと」
「ぅー…わかった」
渡されたタオルを脇の下から巻きつける。タオルの端を体との隙間にぎゅっとねじ込む。
「はい。滑らないようにゆっくり歩いて、湯船に浸かってごらん」
ガラスの扉を開け、ゆっくり歩いて湯船に近づき、浴槽の縁に腰掛けながら体に向きを変え湯船に浸かる。体が少しぴりぴりして、じわんとする。
「ふぅー…」
「気持ちいい?」
「気持ちいい!」
ランが笑いながらざぶんと入ってきた。湯がざばっと浴槽の縁から零れる。
「ぁあー…湯が……」
「ああ、ごめん。静かに入るようにするよ」
「ん」
「シアはしっかりしてるね」
「女将さんのこと?」
「女将さん?」
「女将はしっかりしてるなぁって言ってた」
「それどういう場面よ……」
「酔っ払った大人の男の人が言ってた」
「なるほど……。しっかりは間違いがないって感じかな」
「ん。わかった」
「よし、シア、頭洗うよ」
「ん」
ランがざばっと浴槽から出る。続いて出ようとすると、また巻いていた布がずるっと落ちた。ランが拾ってぎゅっと絞ってくれて、また体に巻かれる。
「これがシャワーね。ここをひねるとお湯が出てくる。はい、頭下げてごらん。かけるよ」
柔らかい管の先が丸くなっている、その丸い部分から雨が降った。湯の雨だ。言われた通り頭を下げると、頭に湯がかけられる。慌てて口と鼻を押さえ、目を瞑り息を止める。
「はい。もう息していいよ。これが頭を洗う液体の石鹸。ここを押すと出てくるから、こうやって手を出して押してごらん。シアは二回くらい押せばいいかな」
顔に付いた湯を手で落としながら、目を開け、ランに言われたとおり細い管の先に手を出して、瓶の頭から飛び出ているツマミみたいなものを上から押すと、管の先からとろっとしたいい香りの液体が出てきた。もう一度押すと管の先からまたとろっと出てくる。
──面白い。
「零さないように手を擦ると泡立つから、よく泡立ててから、その泡を髪に付けて洗うんだ。ほら、こんな感じ」
ランが手を擦ると白い泡がもこもこできる。できた泡を頭に付けて、指先で揉むように洗っている。真似して手を擦るもなかなか泡ができない。おまけに指の間からだらだらとさっきの液体が垂れていく。
「シア、これ使ってごらん」
渡されたのは細かい網を束ねたようなもの。
「これにシャンプーを付けてもみもみしてごらん」
もう一度さっきの液体を手に取り、それを網に付けてもみもみすると、もこもこと泡が出てきた。もこもこもこもこ。
──面白い。
泡が落ちないように気をつけながら、もみもみする。泡立つほどにいい香りがする。最初に家に入ったときにした香り、ランの香りだ。
「それくらいでいいから。その泡を頭に付けて洗ってごらん」
できた泡を頭に乗せて、さっきランがしていたみたいに頭を揉む。しばらくすると、ランが手伝ってくれた。もみもみもみもみ。
──気持ちいい。
「シア、ちゃんと自分でも洗って」
ランの呆れた声が聞こえた。ランに洗ってもらう方が気持ちいいのに。
「シア」
もう一度名前を呼ばれて、仕方なく自分で頭を揉む。あまり気持ちよくない。
「はい。そろそろいいかな。流すよ。目を瞑って、息は口でするようにして、泡が落ちるように手で髪の毛を梳きながら流してみて」
頭にまた湯をかけられた。ランの手が髪を滑るように動いているのを感じる。真似をして同じように手を動かす。
「ぬるっとした感じがなくなって、きゅきゅっとした感じになったら、泡が流れた証拠だからね。はい。髪の水分を軽く握りながら絞って。はい次はこれ。これは髪の毛だけに付けるんだ」
言われるがまま髪を軽く握ると、髪からぼたぼたとお湯が落ちた。
さっきの液体とは違う液体を手にとって、髪の毛だけにつけたつもりが、頭にもちょっとついた気がする。
「はい。流すよー」
再び頭に湯をかけられ、髪を梳くように流すと、髪の毛がつるつるしている。さっきまできゅきゅっとしていたのに、今はつるつる。
ランに「髪の水分絞って」と言われ、さっきと同じように髪を握る。頭にタオルがまかれ、顔を湯で軽く流して、顔の水分を手で落とす。
「どうだった?」
「面白かった。いい香りで、気持ちよくって、つるつるになった!」
「じゃ、次は体を洗おう。今度はこれを使って、これを泡立ててごらん」
渡されたのはもこっとした手のひらを広げたくらいの小さな穴がたくさん空いた黄色い塊。それにまた違う液体を付けてもみもみすると、またもこもこと泡が出てきた。
「それで体を軽く滑らすように擦って洗うんだ。こんな感じ」
ランが黄色の塊で腕を擦る。腕に泡が付いて腕が白くなる。
体に巻いていたタオルを外して、畳んで目の前の台のようになっているところに置いて、体を擦る。体に白い泡が付いて、肌の色が見えなくなった。体全部を真っ白にしようと頑張っていたら、ランが背中を擦ってくれた。こしこしこしこし。
──気持ちいい。
「ほら、シアも自分で洗って。ちゃんと足の指の間も、股も、脇も、首も洗うんだよ。これは顔も洗えるから、顔も手に泡を付けて優しく洗ってごらん。あまり擦らないようにね。あと耳も忘れずにね」
自分でもこしこし擦ると、全身泡だらけになった。顔も洗って、耳も洗うと、ランにシャワーから出てくる湯の雨をかけられる。白い泡が一気に流れていく様子が面白い。全部の泡を流し終わったら、いつのまにか浄化されていたタオルを体に巻かれて、湯船に浸かる。
「お風呂に入るときに浄化されているから、体が汚れているわけじゃないんだけど、でも自分で洗うと気持ちいいだろ?」
「うん。ランに洗ってもらった方が気持ちいい!」
「ちゃんと自分でも気持ちよくなるように色々試してごらん」
「ぅー…わかった」
「頭も体も自分で洗ってさっぱりしてるし、いい匂いもしてるから、今日は寝るときに浄化しないでいいからね」
「わかった」
「のぼせないうちに出るよ。バスローブ出しておいたから、出たら自分で着てごらん」
湯船からそっと立ち上がると、またもや体に巻いているタオルがばしゃっと音を立てて落ちた。ランが笑いながらタオルを拾ってくれたので、タオルはランに任せて先にお風呂から出た。
夕食はローストビーフというお肉の塊だった。ステーキに並ぶおいしさだった! やっぱりお肉が一番。