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もしかして創世記 〜宿命のアレクシア  作者: iliilii
§ 世界の真ん中に街をつくる
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008 お手柄だね

 吹き出したランを、ギルド長とロイさん、ギルさんがなんともいえない顔で見ている。


「失礼。お二人とも魔力の感覚はなんとなくわかりましたか?」

「なんともいえん感覚が体中を一瞬で巡ったわい」

「俺はなんとなくだが体がほんの少し熱くなったような気がした、かなあ?」

 キム爺さんとジムさんの答えを聞いて、ランが頷く。


「その感覚を覚えておいてください。ではダリルさんは昨日すでに経験をしているので、今日は自分で浄化の魔法を使ってみましょう。ロイさんとギルさんはよく見ていてください」

 ランがそう言って、ギルド長の腕に触れる。


「最初の発動は手伝いますから、昨日の感覚を思い出して、自分がさっぱりした感じを強く思ってください」


 しばらくすると、ギルド長の頭のてっぺんからふわっと霧のようなものが出て、全身を一瞬で包み込んでふっと消えた。


「できた!? できた! できたよな? 俺!」

 ギルド長が興奮して捲し立てる。


「できましたね。簡単でしょ?」

「ああ。魔法よりえらく簡単だ」

「力を使うには想像することがとても大切です。しっかり思い浮かべることができれば、誰でも簡単に使えるようになります」

「なるほどなぁ」

 そのランの言葉に、ギルド長がえらく感心している。


「なあ、さっきその子とダリルの頭から出た陽炎みたいなのが魔力か?」

 ギルさんがランに聞けば、ランから「シアにはどう見えた?」と聞かれる。


「んー…。薄い霧みたいなのがギルド長の頭のてっぺんから出て、ギルド長の体がそれに包まれて、ふわって消えた感じ」

「そう、そうだ。そんな感じだった」

 ギルさんが何度も頷けば、ロイさんも頷く。

 ギルド長が「シアもそんな感じだった」と教えてくれた。ただ、ランの魔力は頭からじゃなく体全部から出ている気がする。


「なあ、お前たち臭いぞ」

 ギルド長の言葉に、ロイさんとギルさんがものすごく嫌な顔をした。誰だって臭いと言われたくはない。


「いや、ダリルもさっきまで臭かったぞ」

「そうなのか?」

「ああ。鼻がひん曲がるかと思ったわい」

 ジムさんとキム爺さんに言われ、ギルド長が自分の腕をふんふんと嗅いでいる。


「ではお二人ともいきなりですがやってみますか?」

「おう! 俺たちだけ臭いと言われるのはごめんだ」

 ランの言葉にギルさんがちょっとむっとしたように言えば、ロイさんも同じようにむっとした顔で頷いている。


 ランがギルさんとロイさんの腕に同時に触れ、しばらくすると、ギルさんからも同じように頭のてっぺんから魔力がでて、続いてロイさんからも魔力が出た。


「できましたね」

「お前たちすごいな、一発かよ」

 ギルド長がロイさんとギルさんの背中を次々ばんばん叩く。ギルさんは平気な顔をしているけれど、ロイさんはちょっと痛そうだ。


「本当に使えるんだな、俺たち。魔法……じゃないか、魔力が」

「本当ですねぇ……」

 ギルさんがしみじみ言えば、ロイさんもしみじみそれに返す。


 大人たち五人がなんだか楽しそうに頷いて、嬉しそうに笑っている。それを見ているランもどこか嬉しそうだ。


「ダリルさん、この部屋はしばらく他の用途に使わないことは可能ですか?」

 ランがギルド長に声をかけると、ギルド長が少し考えた後で「ああ。応接室は他にもあるからな」と、頷きながら答えた。


「では、少し家具をいじってもいいでしょうか?」

「いじるってどうするんだ?」

「あーっと。形を変えてもいいですか?」

「はあ? そんなこともできるのか?」

 ギルド長がまたしても素っ頓狂な声を上げた。他の四人も目を丸くしている。


「ええ。いいですか?」

「ああ。遠慮なくやってみてくれ」

「ではみなさん、少し部屋の隅に下がってください」

 ランにそう言われ、みんなが壁際まで下がると、ランの体から魔力が出て、その魔力に包まれたテーブルと椅子が、みるみるうちに形を変え始めた。


 背の低い小さなテーブルは、キッチンにあったのと同じような大きなテーブルへと姿を変え、椅子はやっぱりキッチンと同じような十脚の椅子に変わった。キッチンの椅子は全部木でできていたけれど、この椅子は背と座面が布でできている、晴れた日の雲の色のふかふかしていそうな椅子だ。


 突如部屋の真ん中に現れた豪華なテーブルと椅子に、みんなが目を瞠っている。


「なんだよこれ! こんなこともできるのか!」

 ギルド長が思わずといった風に叫んだ。


 ロイさんはあんぐりと口を開け、ギルさんは睨み付けるようにテーブルと椅子を凝視し、キム爺さんは感心したように頷き、ジムさんは何度も瞬きをして目の前の光景を確かめている。

 それぞれがそれぞれに驚いていた。


「ええ。ではそれぞれ自分の椅子は、自分の好きな色に変えてみてください。こんな風に」

 ランがそう言うと、ランの触れていた椅子が空の色に変わった。

 ランの瞳の色だ。それを聞いてみんな一斉に椅子に触れ、色を変えようとする。

 ランはキム爺さんとジムさんの腕に触れ、最初の感覚を手伝っている。


「よし!」


 最初に色を変えたのはギルド長だ。濃い葉の色になった。次にロイさんがギルド長と少し違う濃い葉の色に変え、そのすぐ後にギルさんが夜の初めの色に変えた。キム爺さんとジムさんはほぼ同じくらいに色を変え、キム爺さんはカラメルソース色、ジムさんはギルさんより少しだけ薄い夜の初めの色に変わった。


「ん? シア? どうした?」

「お揃いでもいい?」

「いいよ。シアは青が好きだね」

「ランの瞳の色は青? 空の色は青?」

「そうだよ。これは青色」


──これが青。青色。変われ、ランの瞳の色に……。

 そう思いながら椅子に触れていたら、椅子の色が青へと変わった。ランが頭の上に手をぽんとのせてふわっと笑った。


 それぞれ色を変えた椅子に座ると、ランと私がテーブルの短い方に並んで座り、ラン側の長い方にはギルド長、ギルさん、ロイさんが、私側の長い方にはキム爺さんとジムさんが座る。

 ジムさんの隣にひとつ、正面の短い方に並んだふたつの椅子は晴れた日の雲の色のままだ。


 みんなが椅子の座り心地のよさに感心していると、こんこんと部屋の扉が鳴り、扉の向こうから「そろそろ休憩にします?」と、アルダさんの声が聞こえてきた。

 ギルド長がランに目を向け、ランが頷くと部屋の内側にあった膜が消える。ランは浄化の結界だと言っていた。

 ギルド長が扉を開けたその途端、むわっとした強烈な臭いが部屋に入ってきた。思わず鼻を押さえて息を止める。


「うっ……」

 ギルド長が呻き、アルダさんの手を鷲づかみ、素早く部屋に引き入れると、急いで扉を閉めた。そしてすぐさまアルダさんを浄化する。


「なんなの?」

 アルダさんがきょとんとしている。


「アルダ、ほんの少しだけ扉を開けて、臭いを嗅いでみろ」

 ギルド長に言われ、首をかしげながら扉を少し開けたアルダさんが、慌てて閉めた。


「くっさっ! どういうこと? さっきまで臭くなかったわよ?」

「アルダさん、業務は?」

 ランがアルダさんに声をかけると、「今は休憩中よ」と返ってきた。


「では少しいいですか?」

「ええ。交代までまだ時間があるから……」

 アルダさんがそう答えると、ギルド長がテーブルの角を挟んだロイさんの隣に、アルダさんを座らせた。

 再び部屋の内側に結界が張られる。部屋の中に残っていた臭いが消えた。


「みなさん、もうおわかりだと思いますが、この街は、あー…はっきり言って非常に臭います。原因は……すでにおわかりだと思いますが、不衛生から来るのは悪臭だけではなく、病気の発生にも感染にも繋がります」

「もしや平民病はそれが原因か?」

 キム爺さんが驚いたように声を上げた。


「平民病が何かはわかりませんが、その名前からおそらく門の向こうの綺麗な街に住む貴族はかかりにくい病気ってことでしょう? それならそうだと思います。私には医術の心得がありませんので確かなことは言えませんが……」

「まさに貴族はかからん病気じゃわい」

 苦々しい顔のキム爺さんにランがひとつ頷く。


「もしかしてあの臭い、今まで気づかないであの臭いの中で暮らしてたってこと?」

「そういうこと。俺、自分が臭いなんてまるで思ってなかったよ」

 恐る恐るという風にそう言ったアルダさんに、アルダさんの旦那さんのロイさんが小さな声で嫌そうにそう答えている。


「もしかして、さっきまで私も臭かったの?」

 アルダさんが絶望したかのように呟いた。その呟きに誰もが目をそらす。


「ぁの、あ…のね、シアもきっと臭かったと思う。でも浄化してお風呂に入ったら綺麗になった。もう臭くないはず……だよね?」

「臭くないよ」

 思い切って言えば、ランが頭をぽんぽんしてくれた。


「シアちゃん、私臭い?」

「臭くない」

 アルダさんが泣きそうになりながら聞いてきた。私の答えを聞いて、ロイさんの顔を見て、ロイさんに頷かれて、ようやくアルダさんは肩の力を抜いた。


「私……休憩が終わった後もこの部屋から出たくない。……違うわ! 休憩が終わった後どころじゃない! いやよ! あんな臭い中になんていられない!」

 アルダさんがやっぱり泣きそうになりながら叫ぶように言う。取り乱すってこういうことだ。


──どうしよう、どうすればいい?

 横に座るランを見上げると、ぽんぽんと私の鞄を叩く。


──あっ、飴!

 もう一度ランを見上げると頷いてくれた。


 席を立ち、アルダさんの側に行って、鞄から飴の瓶を取り出し、黙って私の行動を見ていたアルダさんに差し出す。


「アルダさん、前にもらった飴のお礼。いつもありがと」

「……すごく綺麗な色の飴ね。いいの?」

 頷き、蓋を開けて瓶を差し出すと、アルダさんは葉っぱの色の飴をひとつ摘まんで口に入れた。


「んー! 何これ、すっごくおいしい!」

 アルダさんが両手を頬に添えて、うっとりとしている。


 その横からじっとロイさんが見ていたので、ロイさんにも瓶を差し出すと、卵の黄身色の一粒を口に入れた。


「なんですかこれ。えらく甘くて旨い」

 ふと見ると、ギルさんとギルド長がじっと見ていた。キム爺とジムさんもじっと見ている。


 ギルさんにも差し出し、ギルド長にも差し出し、テーブルの反対側のジムさんとキム爺にも差し出す。

 みんな口の中で飴を転がし、こつかこ音を立てながら幸せそうな顔をしている。


 ランが鞄から飴の瓶を人数分取り出した。


「よろしければどうぞ」

「いいのか? これ、えらく上等な品だろう?」

 ギルド長が遠慮なく手を伸ばそうとしている横から、ギルさんがそう言うと、ギルド長の手が途中で止まった。指先がひくひく動いている。


「そうでもないです。私の国では定番の子供のおやつですから」

 そう言いながら、ランがギルド長の手にその瓶を渡す。


「お前の国ってえらく豊かなんだな。この瓶だってえらく薄いしやけに透明だ。歪みもない」

 飴の瓶を手にしたギルド長が、光に瓶をかざしながら言う。光が当たると中の飴がきらきらして見える。


「そうでもないですよ。食事情はどうやら私が生まれる前は最悪だったらしいですから」

「こんな上等の品が手軽に手に入るのにか?」

「ええ。以前父がそう言ってました。ほとんど味がなかったらしいですよ」

「へえ」

 次々とランがみんなに飴の瓶を手渡す。アルダさんが自分に手渡されたの瓶をギルさんに渡した。


「ギルさんとこは子供が多いから、これもどうぞ」

「いいのか?」

「うちはロイの分で十分よ」

「ありがとう。喜ぶだろうな。きっと今日は大騒ぎだ」

 ギルさんが嬉しそうに笑い、子供たちの様子を思い浮かべているのか、幸せそうな顔をしている。


 お父さんがいるっていうのはどんな感じなのだろう。少し胸がぎゅっとなる。

 ふいにランが頭を撫でてくれた。


「飴、持って来てよかったね」

 小さく頷けば、ランが笑ってくれた。


「シアのお手柄だね」

「おてがら?」

「シアのおかげでいいことになったってこと」

 シアのお手柄。シアのおかげでいいことになった。


 ランの言葉に、なんだかすごくいいことをした気分になった。


「シア、ありがとうな」

 ギルさんがそう言ってくれた。


 なんだか嬉しい。みんながにこにこして私を見ている。

 みんなのにこにこ顔を見ていると、自然と同じようににこにこしてしまう。


「さて。それではこの部屋から出なければならないアルダさんに、これを」

 そう言ってランが鞄から取り出したのは、銀色の腕輪。丸い透明な石がひとつはめ込まれている。


「これに浄化の陣が刻まれてますから、常に自分の周りの空間が浄化されたような状態になります。とりあえず、臭いはこれでなんとかなります」

「本当? 助かるわ」

 アルダさんの表情が途端に明るくなる。


「ただし、この腕輪を一度身につけると、自分では外せませんし、ここでの会話の内容を外に漏らすことが一切できなくなります。それでもよろしいですか?」

「つまり誓約の代わりってことね」

 アルダさんがすごく真剣な目でランを見た。


「そうです。あと、一度だけ身の危険を守ってくれますし、魔力も安定します。常に身につけていると、この石が使われていない余分な魔力を吸収して、いざという時はこの石を媒介にした魔法を発動できます。その陣はまだ刻まれていませんので、後でどういう魔法にするか決めてください」

「それ、もしかしてすごい代物なんじゃない?」

 アルダさんが目を見開いている。


「そうでもないです。最近は一般兵にも支給されてますし……」

「ねえ、あなた何者?」

「えーっと、ものすごく辺境の国から来た、魔法の伝道師です」

 ランが一瞬目を泳がせて、それでもしれっと言い切った。


「それ、こないだも聞いたけど……なんなの? その取って付けたような嘘くさい設定」

 アルダさんが呆れたように言う。


「わかります?」

「わかるわよ」

「まあ、そういうことです」

「まあ、いいわ」

 呆れたようにそう言ったアルダさんが、ランに手を差し出した。


「おい! いいのかよ!」

 ランとアルダさんのやりとりを聞いていたギルド長が、アルダさんが腕輪を受け取る瞬間、慌てたように口を挟む。


「じゃあ、父さん、この人信用できない?」

「いや。なんでかしらんが信用はできると思う」

「じゃ、いいじゃない」

「いいのか?」

「いいのよ」

 そう言ってアルダさんはランから受け取った腕輪を戸惑いもなくさっさとはめて、呆気ないほど素早く仕事に戻った。今度は結界が張られたままだったので、臭いが入ってくることもない。


「あの、私もその腕輪、貸していただけますか?」

 ロイさんがおずおずと申し出れば、次々とみんなが同じことを言い、結局全員が腕輪をはめた。


「なあ、これ……もしかして銀じゃなくて白金じゃないか?」

「ええ。銀より丈夫ですから」

 ジムさんの言葉に、しれっとした感じでランが答える。


「おい! なんてもん渡すんだ。そんなもん腕に付けてたらあっという間に襲われて奪われるぞ!」

 ギルさんが驚いたように腕から外そうとする。


「ああ。他の人には見えないから大丈夫です」

「は? そうなのか?」

 ギルさんが驚いたように声を上げ、外そうとしていた腕輪をまじまじと眺めている。


「ええ。盗難防止の陣も刻まれていますので、万が一盗まれても戻ってきます」

「……なんて代物渡すんだよ」

 ギルさんとギルド長が呆れたように呟いた。


 ロイさんとジムさんは顔を引きつらせ、キム爺さんだけはにこにこと笑っている。


「お前さぁ。本当何者?」

「ですから……」

「魔法の伝道師だろ」

「そうですそうです」

「段々言い方がいい加減になってるぞ」

「気をつけます」

 ランが肩をすくめると、ギルド長も諦めたように肩をすくめた。






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