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もしかして創世記 〜宿命のアレクシア  作者: iliilii
§ 世界の真ん中に街をつくる
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007 可愛い格好で行く?

「シア、今まで着ていた服と靴、どうする?」

 ランに聞かれ、少し悩む。


 初めて人にもらったものだ。しかもギルドのお姉さん、アルダさんから。

──できればずっと取っておきたい。


「ん。じゃあ、この箱に入れて大事にしまっておこう」

 まだ何も言っていないのに、ランが綺麗な箱にアルダさんからもらった靴と洋服を入れてくれた。その箱を抱え、私の部屋のクローゼットの奥にそっと置く。


 ランは私の考えていることがわかるのだろうか。

 考えていることに答えてくれることがあるような気がする。


「あとこれ、ポケットに入っていたお金。これはお財布に入れよう」

 渡されたのは革でできた手のひらくらいの入れ物。


「このボタンをぱちんと外して、中に入れておくんだよ。紐が付いているから、出掛けるときは首からかけて服の中に隠しておけばいいよ」


 腰に付けた隠し袋の中に入れていたお金を、ランは全部その中に入れてくれた。

 渡されたお財布のボタンをぱちんと外してみる。留めるときは金具と金具が合わさるようにしてぎゅっと押すと、ぱちんともう一度音がして留まった。


「へぇ、可愛い部屋だね。ランにしてはいい感じ」

「俺にしては、ってなんだよ」

「シア、うろの中にお金隠していたでしょ。はいこれ」

「おい、無視すんなよ……」


 ツバサが私の部屋にきて、お金を渡してくれた。

 そうだ。うろにお金を隠していたことをすっかり忘れていた。渡されたのは、自分が憶えていたそのままの数のお金。

 ランもツバサも私の物を盗らない。渡されたそれも財布に入れる。ボタンを外したり留めたりするのが面白い。


「あんまりぱちぱちやってると壊れちゃうから」

 ツバサに言われ、慌ててやめる。


「じゃあ、寝る前に自分を浄化してみて」

 ランに言われ、自分を浄化する。


 自分の体がさっぱりする感じを思い浮かべると、頭がすっとして体がさっぱりした。口の中に残っていた飴の甘さまでなくなってしまい、がっかりする。

 ことっと鳴った音にランを見れば、さっきの飴の瓶が机の上にあり、「一日ひと粒だよ」と笑っていた。


「ほら。ベッドに入って」

 ランがベッドに乗っているほわほわの布の塊をめくった。


 ベッドとはお貴族様の寝台だ。お貴族様の寝台で平民が寝てもいいのだろうか。

 ランに促されるままベッドに腰掛け、めくられたほわほわした布の中に潜り込むと、まるで浮いているかのような寝心地だった。全部が全部柔らかくて、体のどこも痛くない。

 ランにほわほわの布の塊を首までかけられて、「おやすみ」と頭をぽんぽんされた。


 ぱちっという音とともに部屋が暗くなり、いつの間にか明かりが付いていたことに気付いた。まるで昼間と同じ明るさだったから、夜になっている気がしなかった。


「おやすみ」

「おやすみ」


 ランとツバサがの声が聞こえ、答えるより先にぱたんと扉が閉まる。扉の先から入り込んでいた明かりもなくなり、部屋の中が真っ暗になった。

 本当に夜だった。そう思っているうちに眠ってしまったらしい。




「シア、起きてる?」


 しゃーっという音と共に、部屋が明るくなった。目を閉じていても眩しい。

 もぞっとふかふかの中に潜り込む。ふかふか。


「ちゃんと眠れたみたいだね。シア、もう朝だから起きなよ。朝ご飯はお肉のサンドイッチだよ」

 一気に目が覚めた。


──お肉! 朝からまたお肉が食べられる!

 がばっと起きると、ベッドの脇にランが笑いながら立っていた。


「おはよう」

「おはよ」

 朝の挨拶をすると、ランに頭を撫でられた。ランはいつも笑っている。


「今日もギルドに行くから、何着ていこうか……」

 そう言いながらクローゼットに入っていく。


 慌ててベッドから降りて室内履きに足を突っ込み、ランの後に続くと、平民が着ているような薄い土色の服と、カラメルソース色のズボンを渡された。


「これだと街で変じゃない?」

 よくある色だけど、布はよく見ると高級そうだ。


「色はこんな感じが多かったよね」

 頷くと、ランはクローゼットから出ていった。これに着替えればいいのだろう。


 寝間着を脱ぎ、渡されたそれを着れば、体にぴったり合った大きさだった。ズボンの腰紐を結んで、寝間着を畳み、浄化の魔法をかけて引き出しにしまう。

 クローゼットから出ると、私を見たランが唸った。


「やっぱり可愛い格好で行く?」

 どうやらこの格好は可愛くないらしい。でも昨日着ていた服で街を歩くのはダメな気がする。


「これでいい」

 そう言うと、渋い顔のままランが仕方ないとでも言いたげに頷いた。


「じゃあ、顔を洗っておいで。それとも浄化にする?」

「洗ってくる」

「タオルの場所わかる? 奥の棚の中だからね」


 洗面所の奥にある棚の扉を開けると、ふかふかのタオルが詰まっていた。広げると大きいのと小さいのがある。小さいのをひとつ出して大きいのを元に戻し、レバーハンドルをくいっと上げる。驚くほど透明な水が当たり前のように出てくる。

 透明で綺麗な水で顔を洗うなんてもったいない。少しレバーハンドルを下げて、出る水の量を減らし、急いで顔を洗う。

 ついでに口に含むと、飲んだことのない透明な味がした。すごくおいしい。初めてこんなにおいしい水を飲んだ。

 ついでにトイレを済ませ、もう一度透明な水で手を洗って、キッチンに向かう。


 キッチンに入ると、またもやいい香りが漂っている。


「今日はカツサンドだよ。分厚いお肉のサンドイッチ」


 用意されている席に着くと、目の前に白パンには分厚いお肉が挟まっている。白パンの厚さよりお肉の方が厚い! そのお皿の隣には昨日と同じ温野菜のサラダがあった。昨日とは違うドレッシングがかかっている。スープはステーキと一緒に食べたスープだ。


「シアは温野菜の方が食べやすいでしょ。今日はフレンチドレッシングがかかってるよ。スープはポタージュだよ」

「いただきます」

「はい。いただきます」


 ふと気付けばツバサの姿がない。


「ツバサは?」

「ああ、翼は気が向いたときしか朝は食べないんだよ」

 言われてみれば、食べないでただ見ているだけのときもあった。


 カツサンドを手に取る。ずっしりと重い。お肉の重さだ。一口囓ると香ばしい香りと一緒に濃い味が口に広がった。お肉おいしい。やっぱり噛めば噛むほどおいしい。

 お肉を食べた分だけ野菜も食べないといけない。サラダも食べると、昨日より酸っぱいドレッシングだった。これもおいしい。お肉で濃くなっていた口の中がさっぱりする。


「スープは持ち手の付いたカップに入れたから、この前のコンソメみたいにそのまま口を付けて飲んでいいよ」

 大きめで口の広い器、カップを手に取り、こくっと飲めば、まったりとしたスープが口の中に広がって、口の奥に消えていった。

 再びカツサンドを囓る。やっぱりお肉が一番だ。


 全てがお腹の中におさまった。お腹いっぱいだ。「ごちそうさま」と、自分が使った器を浄化する。


「シアはいい子だね。じゃあ、その食器を同じ食器の上に重ねて置いて」

 ランが戸棚を開けて器をしまう。同じように同じかたちの器の上に、自分が使っていた器を重ねた。


「よくできました。これからは毎回食べ終わったら浄化してしまってくれる?」

「ん。わかった」

「よろしくね。よし、じゃあギルドに行こうか。その前に、これ」


 ランの手のひらにのっているのは、ランの瞳の色をした石。


「もし外で俺とはぐれたり、何かあったら、これに意識を集中してこの家を思い浮かべると、一瞬でこの家に戻ってくることができるから。この家の周りには結界が張ってあるから、誰も入れないようになってる。もし何かあったときにはすぐにこれを使って逃げるんだよ」

 そう言いながら、石に付いている細い鎖を首にかけてくれた。


「これはいつも身につけていて。他の人には見えないようにしてあるから、誰にも気付かれないはず」

「わかった」

「よし。じゃあ行こうか」


 玄関で靴を履こうとすると、ランに「シア、靴下は?」と聞かれ、慌てて部屋に戻り、クローゼットの引き出しから、昨日最初に履かせてもらった靴下のような、少し丈の長いものを見付けて履いた。

 クローゼットから出たとき、机の上に置かれた飴の瓶が目に入る。


──アルダさんにもひとつあげたい。

 飴の瓶を持って玄関に戻ると、ランが飴の瓶を見て、鞄の中からそれと同じ形で少し小さめの鞄を出した。


「はい。シアの鞄。俺の鞄みたいになんにも出てこない、普通の鞄だけど」

 そう言って、ランと同じように肩から斜めに鞄をかけてくれる。


 ランの鞄と同じ革の鞄。お財布と同じ色。その鞄の中に早速飴を入れると、肩にその分の重みがかかった。鞄なんて初めて使う。


 いつの間にか玄関の脇には椅子が置かれていた。それに腰掛けて靴を履くよう言われる。

 靴の紐が上手く結べないでいると、ランが結び方を教えてくれた。もう片方の靴紐を教えてもらったように結ぶも、なぜかふたつの輪っかがランが結んだように横にならず縦になる。ランが笑いながらコツを教えてくれ、もう一度結び直したらちょっと斜めだけど横に結べた。


 玄関の扉を開けると、うろの前には大きな姿のツバサがいた。


「ツバサ、おはよ」

「おはよう、シア」

「じゃ行くか。転移するけど翼はどうする?」

「この辺ゆっくり飛びながら、適当に遊んでる。何かあったら呼んで」

「わかった。じゃあ、シア、行こうか」




 その瞬間、街外れにいた。ちょっと頭がくらっとするけど、昨日ほどじゃない。

 ランに手を引かれ歩き出し、しばらくするとランが不意に立ち止まった。


「ねえシア。今俺とシアの周りに結界が張られているのわかる?」

「薄い膜みたいなの?」

「そう。それを一瞬外してみるから、感想を聞かせて」


 ランがそう言った後、薄い膜が消えた。消えた瞬間、ものすごい悪臭が襲いかかってくる。うっと息を止めると、再び薄い膜に覆われた。


「息して大丈夫だよ。今ね、浄化の結界を張っているんだ。結界張ってないとものすごく臭いよね?」


 ふーっと息を吐き出し、恐る恐る吸うと、今度は臭くなかった。


「ものすごく臭かった」

「だよね。俺の鼻がおかしいわけじゃないよね」

「なんで今日はこんなに臭いの?」

「今日は、じゃなくて、昨日も一昨日も臭かったんだよ」


 再びランに手を引かれ歩き出す。

 今日が特別臭いわけじゃなく、今までずっと臭かった。この臭い中で今まで平気だったなら、どうして今日からダメになったのだろう。

 ランはこの薄い膜は浄化の結界だと言ってた。ランの家は王族の家だから、入るといい香りがした。いい香りの中にいたから、悪臭がわかるようになったのかもしれない。


 きぃっと音が鳴り、気が付くとギルドの扉をランが開けたところだった。


「おはようございます」

「おはようございます。奥で待ちかねていますよ」


 ランがアルダさんに朝の挨拶をすると、アルダさんに奥の部屋を示される。昨日と同じ部屋。

 ランに手を引かれるまま、奥の部屋に入ると、ギルド長と大人の男の人が三人いた。


「おはようございます。お待たせしてしまったようで……」

「いや、俺たちも揃い始めたところだ。あともう一人来る」

 そう言ってギルド長が席を勧めてくれる。ランと一緒に昨日と同じ場所に座ると、ギルド長が紹介を始めた。


「一番若いのが、アルダの旦那で俺の義理の息子のロイだ。ここの職員。その隣が医者のキム。その隣が自警団の団長のギルだ。あと遅れているのが、宿屋の亭主のジム」


 アルダさんの旦那さんにはこの前会った。医者のキム爺さんも知っている。大きな体の自警団の団長さんは見かけたことがある。宿屋の人はきっとアルダさんが紹介してくれた宿だ。

 みんなそれぞれギルド長に紹介される度に、ランに名前を名乗っている。


「私は、ランです。よろしくお願いします。なるほど。みなさんお貴族様とは関わりのない方なんですね」

「お前、若いのに妙に聡いよな」

「私もお貴族様には思うところがありますから」

「なるほどな」


 どかどかっと聞こえ、ばたん! と音を立てて扉が空き、大人の男の人が入ってきた。


「遅くなった!」

 その人が扉をバタンと閉めた瞬間、部屋の内側がまた薄い膜で覆われる。


「しばらく部屋にはアルダさん以外は入れないようにしてあります。もちろん音も力も漏れないように結界を張りました。改めまして、私はラン。これからみなさんに力、魔力の使い方を教えます。あなたがジムさんですね」

「ああ。一昨日泊まってくれた兄ちゃんだろ? あんた」

「ああ。あの宿屋の」

 やっぱりそうだ。宿屋のジムさんがにこにこしている。


「では早速始めましょう。初めに確認しておきたいことがあります。まずは私がこの部屋に浄化の魔法をかけます」

 ランがそう言うと、部屋が浄化されたのがわかった。


「今のを感じた人は?」

 ギルド長とアルダさんの旦那さんのロイさん、自警団の団長さんのギルさんが手を軽く上げた。


「ではシア、キムさんとジムさんを浄化して。あっ、少し離れて、そっちで。キムさんとジムさんはこれからシアが浄化の魔法をかけますから、その感覚を感じてみてください。ちなみにシアは昨日初めて魔力を自分で使えるようになったばかりです。つまり、みなさんも今日のうちには魔力が使えるようになるでしょう」

 大の大人が揃いも揃って絶句している。


 それはそうだろう。そんな簡単に魔法を使えるなんて思わないし、思えない。


「あの、私にもできたことだから……」

「そうかいなそうかいな、嬢ちゃんはシアっちゅう名前を付けてもらったんか。妙にこざっぱりしちょるから誰だかわからんかったわい」

 恐る恐る言えば、キム爺さんがそう言って頷きながら笑ってくれた。


 キム爺さんは、時々無料で病気を診てくれる。高価な薬以外は、材料の薬草さえ後で持って行けば、必要なときに必要な分だけすぐに分けてくれる。私も何度か熱冷ましとお腹の薬をもらったことがある。


 キム爺さんとジムさんと一緒に、部屋の隅に行き、まずはキム爺さんを浄化する。続いてジムさんも浄化する。


「なんとまあ」

「湯を使った後みたいにさっぱりしたぞ。いや、それ以上だ!」

 キム爺さんとジムさんが驚いた顔でランたちの方を向いた途端、顔をしかめたジムさんが、思わずという風にぼそっと言った。


「お前たち、臭うぞ」

 そのジムさんの一言に、ランが思いっきりぶっと音を立てて吹き出した。






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