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もしかして創世記 〜宿命のアレクシア  作者: iliilii
§ 世界の真ん中に街をつくる
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005 俺以外には見られちゃダメなもの

「少し遅くなったけどお昼ご飯にしよう」


 ランはお昼もご飯を食べるのだろうか。平民は朝と夜の二回しかご飯を食べない。王族やお貴族様たちは三回食べるのだろうか。ランは王族だと言っていた。この家もきっと王族の家なのだろう。

──どうしよう。お腹が空いていない。


「シア、もしかしてお腹空いてない?」

 ひとつ頷く。今朝あんなにたくさんお肉のサンドイッチを食べなければよかった。


「もしかして食事の回数って、一日二回?」

「平民はそう。お貴族様は知らない」

「そうだよな、ここって一日二十時間だもんなあ。よし、それならお昼はおやつの時間にしよう」

 そう言いながらキッチンに連れて行かれ、キッチンの大きなテーブルに座らされた。


 椅子が十脚も並んでいる、大きなテーブルだ。

 ランは、その背ほどもある大きな箱の扉を開けて、中から何かを取り出す。


「今日はプリンにしよう」

 そう言って目の前にことりと置かれた器の中には、卵の黄身色のぷるんと震えるものが入っていた。


「器の底にカラメルソースっていうほろ苦くて甘いソースが隠れているから、それをからめながら食べてごらん」

 小さな銀色のスプーンを手渡しながら食べ方を教えられる。


 そっとプリンをすくうと、スプーンの上でふるふると揺れる。零れてしまいそうだと、あわてて口の中に押し込むと、まるで溶けるように口の中に広がって、噛むまでもなく消えていった。甘くて冷たくてつるっとしているのにまったりとしていて……なんともいえない初めての食感に、口元が勝手に綻ぶ。


「んー……」

「おいしい?」

「おいしい!」

「よかった。今度は底にあるカラメルソースと一緒に食べてごらん」


 スプーンを底まで突き刺すと、湧き上がるようにコンソメスープよりずっと濃い色の汁が出てきた。それをからめながらプリンをすくい、素早く口に運ぶ。さっきとはまた違う、甘さの中にあるほのかな苦みが、いっそう甘さを感じさせてくれて、口の中がとても複雑なことになった。


「んんー」

「おいしいね」

 頷くと、ランが嬉しそうに笑う。


「はい、これはミルクティー。少し甘くしてあるから飲みやすいと思うよ」


 プリンの器を置いて、手渡されたミルクティーの器を両手で持つ。熱々だ。

 ふうふうと息を吹きかけながら飲めば、少し甘くて優しい味がした。いい香りが鼻に抜けて、なんだかすごく幸せな気持ちになる。


 ランは、ぱくぱくぱくっと、スプーンに山盛りにしたプリンを不安なく食べている。どうしてふるふるしないのだろう。スプーンに収まる量でも不安なのに、スプーンからはみ出るほどの量を、ランは軽やかに口に運んでいる。

 真似をして、少し大きめにすくってみるも、器から持ち上げた時点でつるっと器の中に滑り落ちてしまった。


「シア、むーっとした顔になってるよ。慣れると一度にたくさんすくえるようになるから。今は少しずつ食べればいいよ」

 言われた通り、少しずつすくって口に運ぶ。


──おいしい。

 少しずつでもおいしさは変わらないはず。けれど、いつか口いっぱいになるほどのプリンをすくってみたい。


「シアはさ、声に出して話すよりたくさんのことを頭の中で話してるよね。少しずつでいいから、シアの思っていることを言葉にして俺に教えてね」

「ランはうるさいって思わない?」

 たくさん話す人をうるさいと嫌がる人もいる。


「思わないよ。シアの可愛い声をたくさん聞きたいし、いつでも聞いていたいよ」

「たくさん話してもいいの?」

「いいよ。たくさん話して欲しい」

 ランはたくさん話すのを嫌がらない人。


「ん。頑張る」

「頑張らなくてもいいよ。シアが話したいときに話してくれればいいから」

「それでいいの?」

「いいよ。今だってたくさん話しているだろう? こんな風でいいんだよ」

「ん。わかった」

「ほら、プリン食べたら、シアの部屋をもう一度見に行こう。洋服も着替えようか」


 急いでプリンを食べる。ふるふると震えるのも、最後の方は慣れてきたのか震えが少なくなっていた。

 プリンを食べ終え、ミルクティーを飲み終えると、ランが器を浄化して戸棚の中にしまった。




 ランと一緒にシアの部屋に入る。


「まずは、着替えようか。クローゼットの中から着てみたい服を持っておいで」


 クローゼットを覗けば、本当に色とりどりの服がある。

 その中で、ランの目と同じ色の服を見つけた。空の色。それを取ろうとするも引っかかってなかなか取れない。どうやって取ればいいのかと悩んでいると、ランが後ろからひょいっと取ってくれた。


「これはハンガーっていうんだけど、こんな風に服が掛かっているから、このポールに引っかかっている部分を持ち上げて外すと取ることができる。ハンガーは中からこうやって外せばいいから」

 ランが教えてくれるたように少し背伸びしてポールからハンガーを外して、服からもハンガーを外す。すると外れたハンガーをランがポールに戻してくれた。


「これにするの?」

「ランの目の色」

 頷きながらそう言えば、ランが目を丸くした後、嬉しそうに頭を撫でてくれた。


「そっかそっか。俺の瞳の色を選ぶんだ。シアは本当に可愛いなぁ」

 目の中の色のついたところが瞳。瞳は知っていたけれど、どこかがよくわからなかった。


「洗面所で着替えておいで。ああ、シアの洗面所にも大きな鏡を出すか。ちょっと待って」

 ランの体から、またきらきらとした霧のようなものが少しだけ出た。


「はい、いいよ」

 洗面所の扉を開けると、さっきのお風呂の洗面所と同じように、一面が鏡になっていた。すごい。


「じゃ、着替えておいで」

 そうランに言われて戸惑う。


──どうしよう。着方がわからない。


「ん? もしかして着方がわからない?」

 頷くと、着方を教えてくれた。頭から被るだけでいいらしい。


 洗面所で今まで着ていた服を脱ぎ、頭から被って空の色の服を着る。肌を滑るその感触があまりにもさらりとなめらかで、うっとりする。こんなにもなめらかな布なんて今まで触れたことはない。

 なんとか頭を出し、右手を出して、左手も出す。すとんと膝まで裾が落ち、膝の周りで布がひらひらと踊る。腰を振って膝に触れる生地の感触を確かめていると、洗面所の扉がこんこんと鳴った。


「シア、着替えた?」

 扉を開けると、ランに上から下まで見られた。


──変?


「よく似合ってる。すごく可愛いよ、シア。ほら、鏡を見てごらん」

 鏡を見たら、どこかのお貴族様がいた。お貴族様の子供だ。


──これがシア?

 首をかしげれば、鏡に映ったお貴族様の子供も首をかしげた。


「そうだな。あとは、髪を整えようか。ああそうだ、家の中ではこれを履くといいよ。楽だから」

 そう言うとランは、足元に柔らかそうな布でできた綺麗な履き物を揃えて置いた。


 靴の紐を外して抜ごうとして、こてんとひっくり返ってしまう。


「シア!」

 ランの慌てた声が聞こえて、服の裾を引っ張られた。


「ねえシア、下着は?」


──したぎってなんだろう?

 思わず首をかしげると、ランが目を見開いた。


「マジか……。シア、下着がわからない? 洋服の一番下に身につけるものなんだけど」

「お貴族様の下穿きのこと?」

「そんな物までお貴族様専用なのか。もうなんなのお貴族様って」

 どうしてかランが怒ってる。お貴族様はお貴族様だ。


「まあいいや。ほら、靴を脱がせてあげるから、ひっくり返らないよう俺の肩にしっかりつかまって」

 ランが何に怒っているのかがわからない。


 言われた通り、膝をついたランの肩につかまると、片足ずつ靴が脱がされ、靴下も脱がされた。かわりに布の靴を履かせてもらう。それは、すごく軽くて、すごく柔らかい靴。たしたしと足を踏みならす。


「シア、おいで」

 ひとしきり足を踏みならしていると、ランに呼ばれた。急いで声が聞こえた部屋に戻ると、ランがクローゼットの前にいた。ランに続いてクローゼットの中に入る。


「この引き出しの中に下着が入っているから。つけ方わかる?」

 ゆるゆると首を横に振ると、ランが上を向いて何かをぶつぶつ呟いた。小さすぎる声は何を言っているかわからない。


「よし! いいかシア、ヤマシイ気持ちは一切ないからな!」

 ランが大きな声でそう言った途端、空の色の服がばさっと上にまくられた。思わず両手を抜けば、最後に首がすぽんと抜けて、裸になる。すうすうする。

──ヤマシイってなんだろう?


「いい? これがパンツ。はい、ここに片方ずつ足を通して」

 ランがパンツを足元に広げてくれた。ふたつ空いている穴にそれぞれ片足ずつ通すと、ずいっと持ち上げられて股にぴったりとおさまった。


「これがブラなんだけど……今はタンクトップタイプでいいか」

 そう言って袖のない服を頭の上からかぶせられて、胸の下まで下ろされた。胸の部分だけ生地が厚くなっている。


「何を着るにしても必ずこのふたつは先に身につけてから着るんだよ」

「ん。わかった」

「はい、じゃ、このワンピース着て」

 さっき着ていた空の色の服を渡された。頭から被って首を出し、右手を出して、左手も出す。


「よくできました。足先冷たくない? 冷たいなら靴下も履こうか。ああ、冷たいな、靴下も履いて」

 足先を触られ、さっき履いていたのとは違う靴下を渡された。ふりふりしているものが履き口の周りにくるっと付いている、晴れた日の雲の色の靴下。


「ひっくり返らないように椅子に腰掛けて履いてごらん」

 クローゼットの中に置かれていた、背もたれのない丸い椅子に腰掛けて、右足を上げて履こうとしたら、膝を押さえられた。


「シア、ワンピースやスカートを着ているときはあまり足を上げないようにね。さっき履いたパンツが見えちゃうよ」

「パンツは見られちゃダメなもの?」

「そう。俺以外には見られちゃダメなもの」

「ん。わかった」

 なるべく足を上げないように、体を前に倒して靴下を履く。さっきの布の靴をランが持ってきてくれて、それも履く。


「よし。じゃあ、髪を整えようか」


 もう一度洗面所に戻ると、洗面台の下から背もたれのない丸い椅子を取り出し、座るよう言われた。さっきクローゼットにもあったのと同じ椅子だ。

 次にランが洗面台の下からごろごろと引き出した台の中には色んな物が入っている。そこからブラシを取り出し、髪を丁寧に梳かしてくれた。


「シアの髪は俺の髪の色と似てるね」

 鏡越しにランを見れば、鏡に映るシアと同じ髪の色をしている。


「本当だ。シアと同じ色」

「お揃いだね」

「おそろい?」

「同じで嬉しいってこと」

「うん。お揃い」

 鏡に映るランが柔らかに笑った。


「女の人は髪の長さが決まってる? 割とみんな長めだったよね」

「普通は伸ばす」

「シアは?」

「女だとわからないように短くしてた」

「そっか。じゃあ、伸ばしてみたい?」

「伸ばしてみたい!」

「じゃあ、なるべくこれ以上短くならないように揃えるね」


 ランが肩に届くかどうかの髪を、長さを整えながら、小さなナイフをふたつ重ねたようなもので、しゃきしゃきと音を立ててその先だけを切っていく。あっという間に髪の長さが揃った。

 浄化の魔法の気配を感じると、周りに落ちていた毛がなくなっていた。浄化の魔法はさっぱりするだけじゃないのか。


「ん。綺麗になった。一層可愛くなったね、シア」

 まただ。シアは可愛いらしい。


「シアは可愛い?」

「シアは可愛いよ」

「可愛い?」

「そう可愛い。すごく可愛い」


 どこか嬉しそうにランが言うから、きっと褒められているのだろう。

 可愛いは小さな子や小さな花に使う言葉だと思っていた。小さいって意味の別の言い方じゃないのだろうか。


「可愛いは小さい?」

「違うよ、可愛いは愛らしいとか愛おしいって意味」

「愛らしい? 愛おしい?」

「んー…そうだなぁ。好きって意味でもある」

「好き?」

 思わず首を傾げる。


──可愛いは好きと同じ?


「そう好き。シアは愛らしくて、好きだなってこと」

「本当? シアが好き?」

「本当。シアが好きってこと」


 なんだか嬉しい。可愛いは、愛らしくて、愛おしくて、好きって意味。嬉しい言葉だ。


「さてと。翼の家を覗きに行ってみる?」


 ツバサの家はうろだ。

 大きなツバサがあのうろに入れるのだろうか。人型になってもシアよりも大きな体だ。シアが入れないのだからツバサも入れないと思う。入るのは頭くらいだ。頭だけを入れるのだろうか。ツバサがどうしているのか、すごく気になる。

 頷くと、ランが頷き返してくれた。




 ランと一緒にリビングから玄関に向かい、玄関の手前で立ち止まったランが振り返る。


「はい、外に出るときはこれを履いて。楽な靴だから。その布の靴は家の中だけで履くんだよ」

 揃えて足元に並べられた靴は、布の靴と同じような丈のほとんどない靴だ。


「これはバレエシューズ」

 布の靴からバレエシューズに履き替える。これも足にぴったりだった。


 丈がほとんどないのに、足を持ち上げても脱げない。でもつま先に力を入れて踵を持ち上げると、かぱっと踵が抜ける。本当に楽だ。たしたしと踏みならすと、ランが笑っていた。


「気に入った?」

 思いっきり頷くと、頭を撫でられた。


 玄関の扉を開けると、左側にうろのある木がある。そういえば、家の場所にも木が生えていたはずなのに、どこに行ったのだろう。

 たんたん……と玄関の前の階段を降りて少し進み、振り返って家を見ると、やっぱりあったはずの木が消えていた。

 どこに行ったのだろう。そう思いながらふと見ると、うろの中からツバサが覗いていた。


「ツバサ?」

 そう声を掛けると、ツバサがうろからのそっと出てきた。


──小さい! 小さくなってる!

 ツバサが抱きかかえられるほどに小さくなっている。さっきは見上げるほど大きかったのに。


「翼、住み心地はどう?」

「もう最高! 中の丸みも凹みもぴったり!」

「理想の住処?」

「そう! まさに理想の住処!」

「そんなに?」

「一目見た瞬間これだ! って思ったんだよね」

「シア、翼にうろを譲ってくれてありがと」

「ん? シア? どうした?」

 ツバサをじっと見続けていたからか、ランが首をかしげている。


「あの、あの、ね、ツバサ、触っても、いい?」

「いいよ。お礼にたんまり触らせてあげる」

 小さなツバサは、……そう、可愛いだ。


 そっとツバサの翼を撫でると、ふわふわだった。その体の毛はしっとりとして背中の毛は少しだけ硬く、胸の毛はほわんほわんだった。


「ツバサ、可愛い」

「あら本当? シアはわかってるじゃない」

「は? シア? 翼が可愛いの?」

「小さいツバサ、愛らしい」

「んもうシアったら、いい子!」

「シアいい子?」

「うん。すごくいい子」


 嬉しい。シアはいい子だ。ツバサがいい子だと褒めてくれた。

 お礼にツバサを一生懸命撫でる。


「なんで翼が褒めた方が嬉しそうなんだ? しかも翼が可愛い?」

「うわあ、小さい男」

「小さくて結構!」

「シア、俺のこと好き?」

「うん。ランもツバサも好き」

「なんで翼と同列?」

「本当、小さい男」


 ツバサを更に撫でる。特に首の後ろの付け根が気持ちよさそうだった。丁度羽根と毛の境目あたり。そこを指先で掻くように撫でていると、ツバサが「くるくる」と喉を鳴らした。






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