第九十二話 真似悪魔
砂煙が収まったそこに立っていたのは、あの不気味な姿の魔王ではなく、黒髪の小さな男だった。その小人の頭には黒光りする角が生え、その尻からは細長い先の尖った尻尾が生えている。
「あ、悪魔?」
私の呟きにフラッシュも悪魔だな、と頷く。
「そう、この悪魔が腐王の正体だ」
ベラが怯える悪魔をギュッと握った。悪魔は濁った声で離せ! 離せ!と喚く。
「コイツは真似悪魔のボガート。他人の影に入り込み、姿や能力をコピーするんだ。イタズラ好きだが、大抵が完成度が悪くてすぐにバレる。だが、コイツは少し優秀すぎたようだな。誰にもバレなかったから調子に乗ったんだろう」
ベラはパッと手を離した。ボテっとボガートが地に落ちる。逃げようとするボガートを今度は私が掴んだ。怒りに思わず力が入る。
「これが、イタズラだったって言うの!? みんなを酷い目に合わせておいて! 逃がさないわよ! 島のみんなに謝ってもらうから!」
ギリギリとボガートを締め上げる私の手を、ベラがそっと触れた。瞳で離せと訴えている。手元を見ると、ボガートは泡を吹いて気絶していた。
「その辺にしろ。死んでしまうぞ」
「ご、ごめん」
「コイツだって悪気があったわけじゃないだろう。実際、本物の腐の眷属の魔物がいたんだ。本物の魔王と間違われて、群れられ、後に引けなかったんだろう。ボガートは弱い悪魔だから、正体がバレたら確実に殺されていた」
「だからって……許すことはできないわ」
「ええ、許すつもりはないわ」
私の言葉にメリーが同意した。そして私の手から気絶したボガートを取り上げる。
「この島を腐敗させた罪は労働で償ってもらいます。姉さんも、それでいいよね?」
「いいも何も……王女はあなたよ、メリー。私はただの町医者。あーでも、船医になりたいな」
あなたの船の、と私はベラを指差した。ベラは心底嫌そうな顔をしたけれど、ダメだとは言わなかった。