第八話 神の使徒
僕の叫び声にベラは耳を塞いでうるさい、と言った。僕は頭を抱える。
「だって、いくらなんでもいきなりすぎだよ。僕が神の子の生まれ変わり? そんなの……」
「信じない? でも事実だ。ボクには分かる」
長く赤い髪が風に揺れた。
「キミのように、他の神族も自覚してないまま人間として暮らしている奴は多い。まあ、そのおかげで神族は滅ばずにいるんだが」
ベラは腕を組んで目を閉じた。相変わらずの無表情で、何を考えているのかまたくわからない。そもそも、今の話もウソかもしれない。ほんとはベラは悪いやつで……
そこまで考えてやめた。なんだかベラは悪い人じゃないような気がする。不思議なことが起こりすぎて感覚が鈍ってるのかもしれないが、自分の直感だけは信じている。
少しの静寂の後、ベラが片目を開けてところで、と言った。
「アルはこの世界の王を知っているか?」
「王? 『魔王』のこと?」
ベラが両目を開けて頷いた。黄色とも赤とも言えない二つの瞳が僕を見据える。味方のはずなのに、少し恐怖を覚えるそれには慣れない。僕は少し目を逸らした。
「そう、その名の通り魔族の王。でも、その魔王にも世界でたった一つ恐れるものがある。何だと思う?」
僕は首を傾げた。噂では、魔王は不死で恐れるものなど何もないと言われている。死なない魔王が恐れるもの?
僕は思いつかなくて首を左右に振った。
「ボクたちだよ」
ベラは短く言った。その声はどこか悲しそうに聞こえた。
「不死と言われる魔王を殺すことができるのは、ボクたち神の使徒だけなんだ。だから魔王は、魔物たちを使って神族を皆殺しにしようとしている。使徒の人数はわからないから、そんな子を産む可能性のある神族全員を、だ」
僕は少し眉をひそめ、だから『神族は皆殺し』か、と納得してつぶやいた。
「……あれ? じゃあ神族ってバレた僕は、もうどこでも安静に暮らせないじゃないか」
ベラはすごく落ち着いた声でその通りだ、と言った。
「ボクは命を狙われてるからって隠れてコソコソ生きるのはゴメンだ。魔物なんかにやられるわけもないが、一つの島に留まってる理由もない。だからこうして旅をしている。それに探しているものもあるしな。アルはこれからどうする?」
「僕は……」
答えようとしたとき、大きな水音がして船が揺れた。僕は叫びながらベラにしがみついた。
「誰ですか? 私の船に勝手に乗っているのは」
海面から顔を出した水色の髪の少女が訝し気に僕たちを見ていた。