第八十話 フラッシュとディアン
「さっきの話本当か?」
暗い森を歩きながらあたしは訊いた。ベラを抱き抱えたままハイヒールで森を器用に歩くドクターは足を止めて振り返る。
「医者の診断は信じなさいよ。ベラはこういう体質なの」
「それだよ! 病気じゃなく体質ってのがなぁ……」
「だって、不治の病なんて言い方したくないもの」
ドクターはぷいっと前を向いてまた歩き出した。あたしはもう歩き疲れて、箒に乗ってドクターと並ぶ。
「なんで? ベラは治らないんだろ?」
「嫌よ! 絶対に治してあげるんだから!」
ドクターは駄々っ子のように首を振った。
「でも、"魔力を使うと死ぬ"なんて体質ってなぁ……」
「私の力で症状を緩和できるんだから、きっと治すこともできるわ。私は"神の手"なんだから……」
慈しむようにベラを見るドクターに胸がざわついた。ベラと一緒に行くと決めてから感じていた気持ちが形を成していく。
「ドクターもベラが大切?」
あたしはニヤリと笑った。ドクターはあたしを見上げてポカンとしている。そして母親のような優しい顔でベラを見るのが面白くて、クックッと喉を鳴らした。
「あたしはさぁ、魔力もイマイチ、魔法もイマイチで、そんな自分が嫌だったんだ。そんな時ベラが魔力を使うのを見て……どうしようもなく尊敬しちまったんだよなぁ。ベラはスゴいんだ。だから最初は、いつか魔力の使い方を教えてもらおうと思って付いてきただけなんだ。でもそんな弱ってるベラを見たらさ、なんか守ってあげたいなぁって。あたしは結局お姉ちゃんだからな」
えへへ、と照れ隠しに笑うと、ドクターはふわっと笑った。
「私も、最初は面白い人だなーって付いて行ったの。まあ同じ神の使徒同士仲良くなれるかなって。でも、ベラはそれだけじゃないのよね。ベラは神族でありながら魔族でもある。教えてはくれないけど、多分ハーフなのよ。神の力と魔族の力が常にベラの中で相殺している。いつ死んでもおかしくはないのよ。それを私が救える。今は延命処置みたいなことしか出来ないけれど、いつか必ず、魔力を使っても神の力を使っても死んじゃわないように、私がそばで支えていたい! そう思った矢先に、ベラったら私を捨ててどっか行っちゃうの。酷いでしょう?」
ドクターは肩を竦める。あたしは、それは酷いな! と吹き出したように笑った。
「だから今度は絶対に離さない! 私ストーカーだから」
ドクターのジョークにさらに笑いが込み上げる。静かな森に二人の笑い声が響き渡った。