第六話 大翼の少女
大きな音がして僕は恐る恐る目を開けた。体をあちこち触ってみるが、別にどこも怪我していない。目の前にいた大男は消えていて、代わりに現れた真っ白な何かに僕は目を奪われた。新月の闇の中でも、光っているかのようにはっきりと見えて目を引く。長く赤い髪が風になびいた。
「大丈夫か?」
振り向いたその人は、あのぼろ布マントの人だった。しかしフードは風に揺れ、その顔が露わになっている。背景の発光する白がスポットライトのようにその人の姿を照らし出す。僕は彼女の顔をじっと見つめた。無表情のまま真一文字に結ばれた口元。血色の薄い白い肌。赤と黄色、そしてその境目は微かにオレンジ色のなんとも言い難い不思議な瞳。目が合ったときなぜか怖くなって身をすくめた。少女は僕の手を引いて立たせてくれた。
「……きれいだ」
僕は思わずつぶやいた。すると少女は怪訝そうな顔をして、綺麗なんて言うな! と怒鳴った。僕は肩をすくめる。ビクビクしていると、少女は大きなため息をついた。
「キミは男だろ? 情けないなあ」
不意に大きな音がした。少女の背後に目をやると、崩れた建物からあの大男が出てきた。僕はまた悲鳴を上げる。
「痛ってぇなぁ! なんなんだてめぇ!」
大男は叫ぶと同時に姿を消した。僕が呆気に取られていると、横から少女に腕をつかまれた。僕の体がふわりと浮かび上がり、地面から足が離れる。そして、僕たちのいたところの地面が大男の斧によって砕かれた。サッと血の気が引くのを感じる。後ろでバサッと音がした。首だけで振り返った僕は息を呑んだ。あの白いものは、少女の背中から生えた大きな翼だった。
「つ、翼!? なんだそれ!? ってか、ぼ、僕……空飛んでうわあああああああああ!!!」
「うるさい。舌噛むぞ」
少女は雄々しい口調で僕の言葉を足蹴にした。近くの建物の屋上に乱暴に僕を降ろす。
「い、痛いです! なんなんですかあなたは!?」
「アル、この島を出るぞ。長居は無用だ」
少女はまた僕の言葉を無視して、立ち上がった僕を背後から抱きかかえるようにしてがっしりとつかんだ。
「どうして僕の名ま……ぎゃあああああああああああ!」
少女は僕の言葉を遮って飛び立った。さっきより高い高度に悲鳴をこらえられない。大男が遥か下で何か叫んでいるが、その声は高さのせいか僕の悲鳴のせいか、僕の耳には届かなかった。