第四十五話 ファグとベラ
「あらあら、まあ。ベラ様に戦いを挑むだなんて、私たちのように強いわけでもなさそうですのに、無謀だこと……」
私たちの船の甲板からアクアという少女を見下ろしながらほくそ笑んだ。
大方、自分が一番強いと思い上がっているのでしょう。若気の至りですわね。
「若いっていいですわねぇ」
わざと聞こえるボリュームで言うと、アクアさんがキッと睨み上げてきた。
「怖くありませんわよ」
ホホホと笑ってやると、アクアさんは頬を膨らませてプイっと顔を逸らした。
ほんとかわいらしいこと。子供はこれくらい素直で感情豊かなほうがかわいらしいというのに、ベラ様ときたら、先ほどから被っておられるフードのせいで表情が全く見えません。きっとまたあの枯木寒巌なお顔でため息の一つでも吐かれるのでしょう。
そう思った矢先、ベラ様が深いため息をされました。
「ファグ、アクアをからかうな。こう見えてコイツ家出娘だぞ。ガラスのように繊細なハートしてるんだろう」
ベラ様が私を見上げてニヤリと笑われました。
私は目を見開いてまぁ、と吐息を漏らした。長年世話役として仕えてきたのに、私は一度もベラ様が笑われるのを見たことがない。笑うことも、泣くことも、一切の感情を捨て、あの暗く冷たい牢獄で死んだような目をされていたベラ様が! 一体何があったのでしょうか?
「おーい! 姉ーさーん」
頭上からフラッシュの声がしたかと思うと、目の前に何かが落ちてきた。痛いですよ! と抗議の声を上げたのは、ベラ様のお連れの片割れの少年だった。
この子とアクアさん……少し調べてみましょうか。