第二話 変わり始めた日常
結局朝食の時間には間に合わず、お嬢様の大目玉を食らった僕は、今日一日何でも言うことを聞くという条件で許してもらえた。僕はいつも使用人の中でもよく命令されるから、特に変わった風にはならなかったことは幸いだと思う。
日が傾き始めた頃、お嬢様が大きな声で僕を呼んだ。かなり慌てた声に少しおびえながら、僕はお嬢様の前に跪いた。
「お呼びでしょうか」
するとお嬢様は、大広間の階段の上から僕を指差し、大きな声で言った。
「パンが食べたいわ! 今まで食べたことがない、甘くておいしいパンよ。今日の夕食はそれに変更よ!」
僕は心の中で大きなため息を吐きながら、いつものわがままに黙って従う。すぐに山を下りた。
急いだものの、街に着いた頃にはすっかり日が暮れてしまい、ほとんどの店は閉まっていた。パン屋どころか飲み屋程度しか開いていない。見つかる訳ないとぼやきながらも、お嬢様の命には逆らえないので、僕は行くあてもなく夜の街をうろついた。
ふと時計台を見上げたときには、すでに夕食の時間を一時間以上も過ぎていた。カンカンに怒っているお嬢様を想像して身震いする。パンは諦めてもらって、すぐにでも大好きなグラタンを作って差し上げよう。僕はくるりと踵を返し、来た道を屋敷へ向かって走り出した。
山の麓の屋敷へ続く階段の前で立ち止まり、荒くなった呼吸を整える。階段のてっぺんを見上げて僕はおかしなことに気付いた。いつもなら頂上に屋敷の明かりがぼんやりと見えるはずなのに、今は真っ暗で何も見えない。ふてくされて寝てしまったのだろうか。ならば、なおさら早く帰って謝らなければ。階段に足をかけたとき、不意に後ろから肩に手が置かれた。臆病な性格の僕は大きく肩を震わせ、ビクビクしながらもゆっくりと振り返った。