第十二話 島影
「服を買おう」
ボクがそう言うと、アルがお金は? と聞いてきた。ボクは懐から二つの袋を取り出す。ジャラジャラと金の音がした。アルは少し驚いて、どうしたものなのか聞いてきた。ボクは正直に答える。
「盗んだ。キミがいたあの屋敷から」
その言葉にアクアが眉を寄せた。怒ったような声でいけませんよ、と言う。ボクは袋を戻してフンッとそっぽを向いた。
「死んだ人間に金なんか使えない。ならボクが使ってもいいだろ? 金にはいつも困ってるんだ」
ボクがそう答えると、アクアが睨んでくる。そんなものちっとも怖くなかったから、ボクはベーっと舌を出した。アクアはもう一度、いけませんよと言った。オールから手を離して、スッと後ろを指差す。
「返してきて下さい。私の前で泥棒はさせませんよ。仮にも海兵志願者なのですから」
「返さない。ボクら神族は、一つの島に留まることは危険が伴う。だからのんきに金を稼ぐこともできないんだ。金もなくてどうやってアルの服を買う? どうやって食べ物を買えばいい?」
冷静を装っても声に次第に苛立ちが混じり始める。
「拾ったものだ。ボクは盗みはしない」
アクアは少し眉を寄せて、間を置いて大きなため息をついた。
「お金は拾ったら持ち主に返さなきゃいけませんよ。生きてても死んでても関係ありません。服は私が買ってあげますから、そのお金はちゃんと返してきてください。人のものを盗るのはいけませんよ」
――いい? 人のものを取ってはダメよ――
ふと、お母様の言葉を思い出した。あの床の冷たさが、動かない足によみがえる。
――どうして? おかあさま、どうしてダメなのです? ボクらはぜんぶとられたのに――
「……ラ? おーい。ベラ!」
名前を呼ばれて我に返った。アルの顔が目の前にあって一瞬驚く。アルはすぐにまた船にもたれかかった。
「大丈夫? ボーっとして。島が見えてきたけど……どうする?」
ボクは何も言わずにアルの指差した方を向いて、暗い海にぼんやりと浮かぶ島を眺めた。背後からのアクアの視線が突き刺さるように痛い。ボクは小さくため息をつき、わかったよと言って飛び立った。