05_幼女と生活
朝食の後片付けが終わると、竹村は院長先生の後について孤児院裏の畑へ向かった。
すでに幼女たちと離れるのは辛いと思うようになり始めていたが、犬耳幼女のハンナとカエルパーカーを着たマリカ、そしてまだ一度も話していない狐耳の幼女が付いて来たので、どうやら禁断症状は免れた。
後の幼女たちは黒髪のお姉さん幼女アイラに率いられて、川に洗濯に行くそうだ。
狐耳幼女はカトリと言い、昨日竹村がハンナたちとボール遊びしている時、一人、テーブルでお絵かきしていた赤毛の幼女だ。
その切れ長の瞳はまだ竹村に対して警戒しているようだった。
「カトリは一番人見知りするのです」
院長先生が苦笑いしながらそう言うと、カトリはぷいっと目をそらして、院長先生の背に隠れた。
ハンナとマリカはそんな様子を気にも止めず、竹村の左右の手に絡まるようにしてニコニコしている。
短い距離をのんびり歩き、やがて畑の端にたどり着くと、幼女たちは一斉に駆け出す。目標は横にある牛小屋だ。
目的がわからず院長先生の方を向いて見れば、彼は心得た様子で頷く。
「すぐにわかります。タケムナさんはあの子たちを手伝ってあげてください」
「はぁ」
煙に巻かれたような気分になり、竹村は幼女たちの後を追う。
まぁ確かに院長先生と一緒にいるよりは、幼女たちと一緒の方が、幸福度が段違いに高いので異論はないのだが。
竹村が首をひねりながら牛小屋に到着する頃には、小屋から黒くて大きな1頭の老牛が出てきていた。鼻先にかけられた縄を引くのはハンナで、大きな背の上にはマリカが乗っかってキャッキャと笑っていた。
「たけにーたん、たかいたかい」
竹村の姿を見つけ、マリカがはしゃぐ。牛の背は広くてしっかりしているので幼女が暴れてもビクともしないが、それでもマリカが落ちそうで気が気でない。
「あぶない。暴れちゃダーメ」
「あい」
良い返事が返ってくる。だが、本当にわかってるんだか、いないんだか、またすぐキャッキャとはしゃぎ始める。
しょうがないな、と竹村は苦笑いを漏らし、後一人見当たらないカトリを探す。カトリはまだ牛小屋の中にいた。
「何があるんだい?」
なるべく優しい声を出しながら、竹村は牛小屋の中に足を踏み入れた。気配を察し、カトリの背がビクリと震える。
「や、大丈夫。俺は怖い人じゃないよー」
人見知りのカトリを怖がらせないように、無害アピールに両手を上げてソロリソロリと歩み寄る。カトリの視線は竹村の行動を逐一漏らさず見つめていた。
ある程度近づき、カトリの手元を覗きこむ。そこには彼女の身体ほどの面積がある、金属と木板を組み合わせた、平たい塊が横たわっていた。
「ああ、これ農具だ」
ピンと来た。名前は分からないが、牛に取り付けて畑を耕させる為の農具だ。学生時代に博物館なんかで見たことがある。
なるほど、これと老牛で畑を耕すのか。などと竹村がのんびりと納得していると、それを傍目にカトリが農具を引きずり始める。竹村はすぐ、これはいかん、と農具を引きずる手に参加した。
結構重い。15キログラムくらいはあるだろうか。
「これは俺が運ぶよ」
幼女に運ばせるにはさすがに大仕事だろうと判断して、竹村はカトリに言うが、彼女はすぐさま首を横に振った。
「これはカトリの仕事だから」
そうか、これは彼女が小さな矜持を持って望んでいる仕事なのだ、と竹村は理解した。幼女だからと言って、彼女たちは何も考えていないわけではない。彼女たちなりの人生を、彼女たちなりの考えを持って生きているのだ。
ならばどう言ったらいいだろう。竹村は思案する。
「えーと、俺、初めてだから珍しいんだ。やらせてくれないかな」
相手の顔を立てつつ、主張をする方法。これは会社で散々やって来たことだ。これでカトリは納得してくれたようで、浅く頷いた後、農具から手を離した。
「じゃぁカトリは牛さんにつける準備をしてる」
彼女はトテトテと牛に向かって歩き出し、途中で思い立ったように振り返る。
「あ、ありがと」
カトリのその顔は、照れか恥ずかしさか、真っ赤に染まっていた。
彼女は竹村を警戒していたのではなくて、ただ側に寄る機会を掴めなかっただけなのかもしれない。なら、こちらから歩み寄らねば。今後の方針を竹村はそう定めた。
面倒臭そうに路上の草をはむ老牛に、カトリから教わりながら農具を取り付けたら準備完了。ここからが仕事の本番だ。
「よーし、3人共乗って。今日は俺が引くぞ。ハンナは上から指示してくれ」
「ん!」
竹村は袖まくりして手綱を取り、老牛は少し迷惑そうな顔をしてモーと鳴いた。
3時間ほど幼女を乗せた牛を引きながら、畑を練り歩いたら、院長先生が「そろそろ牛を休ませましょう」と言った。
院長先生自身も鍬を振るっていたので結構くたびれた様子だ。これはさすがに、今度から向こうを手伝った方がいいんじゃなかろうか、などと、竹村にしては珍しい敬老精神がムクムクと沸き起こる。
「牛は小屋に戻せばいいですか?」
「いえ、向こうに放牧場がありますから、そこに放してください」
そう言われて院長先生の指先を目で追うと、100メートルほど向こうに木の柵が見えた。あれが放牧場だろう。
「カトリ、ハンナ、鋤を外すの手伝ってくれるかな」
「ん!」
「うん」
順番に抱き上げながら2人を降ろす。すると牛の上に残されたマリカが「次は自分の順番だ」と思ったらしく手を伸ばす。
「まぁマリカはもう少し乗っててよ」
苦笑いしながら竹村が言うと、マリカは少し不満そうにほおをふくらませた。
ハンナとカトリはここに仕事があってきた。カトリは鋤を牛につけたり、引いている間の鋤の監視など。ハンナは主に牛の誘導が仕事だ。今日はどちらの仕事もほとんど竹村が請け負ったのだ。
ただマリカだけは竹村と遊びぶために来ていた。なので、今ここで降ろしてはむしろ仕事の邪魔になるかもしれない。
「ぶー」
さらに不満アピールのためだろう、膨らませた頬から息を漏らす。そんな仕草もかわいい。が、だからと言って、慣れない畑をウロチョロして、牛に踏まれたら大変だ。
竹村は仕方なく、マリカの脇に手を差し込み、勢い良く持ち上げる。
「ひゃー」
大喜びだ。
竹村は思う存分「たかいたかい」の状態でマリカを振り回した。
「ひゃーひゃー!」
腕も息ももう限界、というところまでサービスして、竹村は再びマリカを牛の背に降ろす。ハンナたち同様、降ろされると思っていたマリカは一瞬「お?」と不思議そうな顔をしたが、もう不満気な空気は持っていなかった。
老牛はもーしょうがねーな、と言いたげな目をしていた。
「さ、放牧場へレッツゴーだ」
息を整えながら鋤が外れたことを確認し、竹村は元気よく手綱を引き進みだす。が、ふと立ち止まってこちらを見上げるハンナとカトリに気づいた。
気づかれて、カトリはすぐ頬を赤くして、何気ないふりを装ったが、ハンナの瞳は期待味満ちたまま、竹村から一瞬とも離されなかった。
「も、もうちょっと後でね」
今、2人に「たかいたかい」してあげられる体力は、もはや残っていなかった。
放牧場に老牛を放し、3人の幼女を代わる代わる「たかいたかい」した竹村は、ご満悦の幼女たちとともにたっぷりと休んでから孤児院へ戻った。
もちろん竹村も満ち足りていたが、それとは別に腕が死んだ。
その頃にはカトリもすっかり竹村に慣れたようで、昨日、うさ耳幼女のリンネがいた脚付近を、今日はカトリが占領してしがみついていた。
「たけにー、おかえり」
「…お、おかえりなさい」
3人の幼女を連れ立って、居間の代わりでもある食堂へ入ると、ユッタとリンネがすかさず出迎る。洗濯に出ていたメンバーも、とっくに帰っていたようだ。
黒髪のアイラ、エルフ耳のエリナ、眼鏡幼女のイリスは姿が見えないが、どうやらもう昼食の準備をしているのだろう。偉いし、かわいい。略してエラカワ。
しかしふと思う。なぜこの幼女たちは獣耳ついてるのに尻尾を持っていないのか。まったく、邪悪な錬金術士も底が知れるというものだ。
あだしことはさておき。
さて、食堂を見渡すと、院長先生と向き合ってテーブルに付いている中年がいた。ほっそりとした人の良さそうな中年だ。
「おかえりなさい。あなたがタケムナさんですね?」
竹村は一瞬顔をこわばらせる。すわ、まさか警察か。俺は何も悪いことしてませんよ。ただ幼女と楽しく戯れただけですよ。と、言い訳を高速で捻り出す。
しかし杞憂はどうやら杞憂のまま終わった。彼はただの行商人だった。
「はじめまして、タケムナさん。なにかご入用があれば、申し付けください」
そう言われても、竹村の財布には日本円しかない。残念。これでは幼女に駄菓子を買う事すら出来ないじゃないか。
行商人はカゴ1杯分のキャベツを院長先生から受け取り去っていった。彼は週に一度、近隣を巡回しつつ、麦類や塩などを配達してくれるという。しかもこの孤児院の財政を鑑みて、他より格安に譲ってくれるのだそうだ。
いい人だ。そしてたぶん仲間だ。竹村は確信した。
昼ご飯はスパゲッティ。トマトを煮込んだペーストと、豆で作ったソースを絡めて食べる。質素だが美味い。
美味かったのでマリカやユッタと、喜びを表す歌を即興で作ったらアイラに怒られた。そりゃそうだ。だが怒ったアイラもかわいい。また今度怒らせてみよう。
昼ご飯の後は食堂の絨毯区画で昼寝。
なぜかみんな竹村の各部位を枕にするので、彼はとても幸せな夢を見た。そして目を覚ましても幼女まみれだったので、なんだ夢か、とまた寝直した。
昼寝後はみんなで30分ほど孤児院の清掃を行い、それから夕方までは自由時間だ。
院長先生は読書でもするのか自室へと引き上げ、いよいよそこには竹村と幼女たちだけが残された。
「いつもはみんな何してるんだい?」
「結構バラバラよ、みんな好きなことしてるの。たまに一緒になるけどね」
絨毯区画で車座になり、竹村はまず疑問を投げかける。
答えたのはエルフ耳幼女のエリナだ。金髪、ツインテール、エルフ耳、料理上手で、おしゃまさん、そして鼻にかかったような可愛い声。数え役満じゃないだろうか。
「きょうはたけにーたんといっしょ」
言いながらマリカは竹村の膝上にぽふっとダイビング。
「ユッタもたけにーといっしょ」
すぐさまユッタが同調して、反対側の膝にぽふっと飛びついた。どちらも小さいので重みも衝撃も大したことはない。
「リ、リンネも…」
「じゃあハンナも、にーちゃと一緒」
控えめににじり寄り、竹村の裾を握るのはリンネ。背中からのしかかって来るのはハンナだ。またしても幼女まみれで、竹村の頬はだらしなく緩んだ。
少し離れたところでミルカがその様子を焦点の合わない目で眺め、しばらくして興味なさげにぷいっとあらぬ方を向く。どうもこの猫耳幼女は、人が集まってると余り寄ってこないのかもしれない。
「それなら今日はタケムナと一緒に、みんなで遊びましょ」
下の妹達が仲良く竹村に集まる様を見て、名案、とばかりにエリナが立ち上がる。集まっていた幼女軍団は諸手を上げて賛成を唱えた。
「イリスもそれでいいでつ」
少しタイミングをずらし、大き目な眼鏡をクイッと上げながらイリスが答え、早々にお絵かき準備をしていたカトリが慌てて道具を片付けた。ミルカも竹村と目があった瞬間に一度だけ大きく頷いた。
「アイラもそれでいいかい?」
唯一意思表示をしていないお姉さん幼女に、竹村は笑顔を向ける。アイラは顔を赤くしながら横を向いて頷く。
「よし、じゃぁみんなで『どろけい』をやろう」
竹村は幼少時代を思い出しながら、一番楽しかった思い出の多い遊びをセレクトして、高々と宣言した。