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03_院長先生と9人の幼女

 そういえば、早いところ仲直りしておかなければならない。

 未だ警戒心をむき出しにした様子で、柱の影からこっちを伺っている、犬耳幼女ハンナを見つけて、竹村は真剣に思案し始めた。

 院長先生も、竹村の膝や背で不安そうにする3人の幼女も、邪悪な錬金術師の話題で同様に真剣な面持ちをしていたので、全体の雰囲気は統一されている。

 もっとも、狸耳ユッタ、ウサ耳リンネ、カエルパーカーのマリカは、大人たちの雰囲気に当てられて不安げにしているだけだ。

 もう錬金術士とかどうでもいい。獣耳、かわいい、それで充分だ。


 さて、それより仲直りの方策だ。いかがしたものか。

 思案しながら竹村は、絨毯上に転がっていたボールを何気なく掴む。掴んで竹村は驚いた。

 普通のゴムボールだと思ったら、それはボロ布を集めて丸めて、紐で縛ったものだったからだ。

 100円均一の店で簡単にゴムボールが手に入るご時勢に、なんと工夫を凝らした仕事だろう、と感心したのだ。

 だがここが本当に外国だとすれば、100円均一などないのかもしれない。みんな日本語しゃべってるから怪しいものではあるけれど。


 ふむ、と思案顔で頷いてから、竹村は視線に気付く。

 彼が手にしたそのボロ布ボールを、さっきまで不安そうにしていた3人の幼女が見上げていた。その表情にはもう不安はなく、ボールの行く末に対する期待のようなものを見て取れた。

 もしや、と思い、振り返れば、誰よりも目を輝かせてボールを見つめるのはハンナだった。そうか、ハンナはボール大好きか。

 竹村はニコリと笑い、ハンナの瞳を見たまま少しずれた方向にボールを転がす。

 その瞬間、柱の影からハンナの姿が消え去った。


「お?」


 竹村の視線がハンナを探す。真似してユッタ、リンネ、マリカもハンナを探す。

 ハンナは電光石火の如きダッシュで、件のボールをいつの間にかゲットして、こっちを見ていた。その瞳にはもう警戒心のかけらもない。

 竹村はハンナのそんな姿を見とめると、優しく出迎えるように両腕を広げる。

 右腕にはリンネ、左腕にはユッタがぶら下がり、幼女の心地よい重みが竹村の表情をより優しくする。

 ちなみにマリカは膝の上だ。

 ハンナは一瞬の躊躇もなくボールを手に、こっちへ向かって駆けて来た。駆けて来て絨毯の上だと気付いて急いで靴を脱ぐ。幼女なので靴を脱ぐのも一苦労。絨毯に腰を下ろして両手で靴を引っ張るのだ。


「ん!」


 しばらくの間を費やして靴を脱いだハンナは、やり遂げた表情で竹村にボールを突き出す。そして受け取った竹村が、今度はどこにボールを投げるのだろう、とキラキラした目で期待を向ける。


「にーたん、マリカもやる!」

「ユッタも」

「リ、リンネも」


 これまで竹村に纏わり着くことが第一だった3人も、ハンナの充実した表情に感じ入ったようで、すぐさま立ち上がってハンナに並んだ。

 竹村は4人の顔を順番に見る。

 当然ハンナはやる気充分だし、マリカもそれに次ぐやる気だ。ユッタはたれ目気味でやる気が少しわかり難いが、それでも鼻息の荒さは隠し切れない。

 最後にリンネ。ウサ耳の幼女だけは、未だ少し躊躇しているようだった。他の幼女に比べると、少し内向的なのかもしれない。


「よし、それじゃ行くぞ。それ!」


 竹村はわざとらしく掛け声を出しながら、ボロ布のボールを少し遠めに放り投げた。

 ボールが緩やかな弧を描き、絨毯の端から数メートル先に落ちる。すると4人の幼女は一斉にトテトテとスタート、もちろん裸足のままだ。院長先生は「あーあ」と少し苦笑いしながら見ている。


 トップを切るのはやはり犬耳幼女のハンナだ。4人の中では一番お姉さんなので当然と言えば当然である。

 続いてマリカ、ユッタと並び、最後はやはりリンネだった。

 ハンナが獲ったボールを掲げると、マリカとユッタはそのボールに触れようと、ハンナの周りでぴょんぴょん跳ねる。リンネは一歩はなれて、オロオロするばかりだ。

 ちくしょうかわいい。この妖精たちは俺を萌え殺す気か。

 竹村は胸に込みあがる萌え熱を抑えるように深呼吸を繰り返す。


 そしてボールに集いし4人の幼女を他所に、空いた竹村の膝には、全く興味なさそうに離れたところに座っていた猫耳幼女が、いつの間にかすっぽりと納まっていた。

 竹村でさえ最初は気付かず、気付いた時にはショックで萌え死ぬ所だったと言う。




 膝の上で丸くなっている猫耳幼女を撫でつつ、4人の幼女とボールで遊んでいると、しばらくして食堂の奥のドアから黒髪ロングの幼女が出てきた。

 竹村を客人と認めてくれたのか、もう警戒するような視線は向けてこない。それでも少し怪しむ様子ではある。


「みんな、晩ご飯できたわよ」


 ここのどの幼女よりお姉さんである黒髪幼女が言う。すると、ボールに夢中だったハンナたちは急いで竹村の元に戻り、彼の袖を引っ張った。


「にーたん、ごはんらよ」

「ごはん!」


どうやらテーブルまで案内してくれるつもりらしい。


「食事はいつもアイラたちが作るんですよ」


 院長先生が優しい笑顔で言い添える。どうやら黒髪幼女がアイラらしい。

 そして『アイラたち』という言い方を裏付けるように、黒髪幼女の後ろから、エルフ耳の幼女と、眼鏡をかけた幼女が料理の乗ったお盆を持って現れる。

 エルフ耳幼女が推定6歳、眼鏡幼女が推定5歳。アイラを加えたこの3人が、この孤児院の食事係なのだろう。

 この幼女たちすごい。クッキングアイドルよりすごい。と竹村は萌えながら驚嘆する。略して萌嘆。ひらがなで書くと『もえたん』。

 そして図らずも幼女の手料理をいただけると言う幸運にみまわれ、竹村は涙を流しそうになった。

 さすがにここで泣いたら引かれると思い、竹村は目頭にグッと力を入れ、泣く代わりにアイラへ賞賛を送る事にした。


「料理できるなんて、偉いねぇ」

「子供扱いしないでください」


 アイラは素気無くそう言い返してそっぽを向いた。

 竹村は傍から見てもわかるくらいに意気消沈した。



 全員でテーブルに着き、手を合わせ「いだたきます」と声をそろえる。

 おお、この雰囲気は何年ぶりだろうか。小学校以来ではないだろうか。竹村は懐かしさと微笑ましさにニッコリとしながら、テーブルに並んだメニューを見る。

 パン、皿に盛られた麺、それから豆のスープだ。ちょっと炭水化物多め。

 さらに左右を見れば、席争いの勝者であるマリカが右手に、知らぬ間に収まっていた銀髪の猫耳幼女が左手に座っている。


「おいひいね」


 マリカが口いっぱいに麺をほおばり、満面の笑顔を周囲に向ける。口の周りがベタベタだ。左隣の猫耳幼女は、黙ったまま小さく頷いた。無口な幼女だ。縫いぐるみみたいでかわいい。


 それにしても幼女に囲まれて幼女の手料理を食べる。なんという幸せだろう。

 すでに胸がいっぱいになりつつある竹村だったが、ふと、向かいの席に座っていた、金髪エルフ耳の幼女が、こっちを食い入るように注視していることに気付いた。

 微笑みで応えようかと思ったが、竹村はすぐ求められている事に思い至る。そうだ、あのエルフ耳幼女は、黒髪幼女アイラと共に食事の用意をした幼女だ。と言う事は、彼女の求めとは、彼女の料理に対する反応だろう。


 さて、これは困った。パン、麺、豆のスープ。どれがエルフ耳幼女の作品だろう。

 まず竹村は考える時間を稼ごうと、無難にパンを手に取る。

 少し固めのパンを割ってみると、中は茶色だった。ライ麦パンとか、黒パンと言われるヤツだ。最近では健康食として注目されている。

 ガブリと食いつき引きちぎる。なかなか硬い。噛むと、普段食べているパン以上に、麦っぽい風味が口の中に広がった。ふむ、割と美味いかもしれない。


「それ、そのパンはエリナが焼いたの!」


 そんな竹村の感想を表情から読み取ったか、向いにいたエルフ耳の幼女が席からぴょんと立ち上がった。

 竹村の思考が一瞬停止する。彼にとってパンとは買って来る物だったので、まさかエルフ耳幼女改め、エリナの作品だったとは。


「すごいな、パンって自分で焼けるものなんだ。いや、すごく美味いよ」


 当たり前と言えば当たり前だ。パンだって野菜だって誰かが作っているのだから、経験と知識さえあれば自分で作る事ができるのだ。

 しかしそれを6歳の幼女がやるのだから驚きだ。


「でしょでしょ、美味しいでしょ。でもちょっと硬いから、スープにつけて食べるといいわよ。スープはアイラが作ったの」


 得意げな表情で、ぴょんぴょん跳ねるエリナ。金髪で結い上げられた左右のテールがその度に跳ね回る。かわいい。

 そうか、スープはアイラか。竹村は言われたとおり、黒パンを少し豆のスープに浸してから食べてみる。

 硬かったパンは程よくほぐれ、薄味だが素材の味が良くわかるスープで、より美味しくなった気がする。さらに料理人が幼女だというので、3倍美味い。


「スープもすごく美味い」


 竹村はすかさずアイラに笑顔を向けてみるが、アイラは即座に黒髪を揺らしながらぷいっと横を向いてしまう。だが頬に少し赤みをさしているので、照れているだけかも知れない。


「エリナ、ちゃんと座って食べて。ホコリが立つでしょ」


 気付かれた、と思ったのか、ぴょんぴょん跳ねていたエルフ耳のエリナに八つ当たり気味に言うアイラ。

 エリナは「ハーイ」と返事をして、竹村にウインクしながら席に着いた。竹村の心臓はそのウインクで射殺された。

 パン、スープと来たら、残っているのは皿に盛られた麺料理。少しの野菜と塩で炒めてあるようだ。竹村は添えられたフォークで掬って食べてみる。


「む、スパゲッティだったか。これも美味いな」


 色艶からそうではないかと予想していたが、食べて確信した。しかし、今まで竹村が食べた事あるどのパスタ料理より、麺の味が濃厚だった。


「それはイリスが作りまちた」


 エリナの隣にいた眼鏡幼女だ。舌が微妙に回ってなくてかわいい。

 イリスと名乗った幼女は控えめに目を伏せながら、眼鏡をくいっと上げる。竹村の好みに眼鏡属性はないが、幼女にブレンドされると、えも言えぬ素晴らしさがある。

 まぁこれはさすがにパスタを打った訳ではなく、茹でて炒めただけだろう。

 しかし、と竹村は思案する。

 パンやスープも美味かったが、このスパゲッティの麺の美味さはちょっと格別だ。これだけ美味いパスタという事は、ここはやはり日本ではない。


「そうか、ここはイタリアだったか」


 竹村のつぶやきに、すべての幼女が首をかしげる。


「イタリア?」

「え、知らない? イタリア共和国。地中海にある」


 代表するように言ったアイラに、竹村は返答するが、幼女たちはさらに謎が深まったという表情で、お互いを見合った。


「ここはタキシン王国といいます」


 見かねた院長先生がそう答え、竹村は唖然とした。本格的に、聞いた事もない知らない国だったからだ。

 そうか、スパゲッティが美味い国は、イタリアの他にもあったのか。竹村は感心して何度も頷いた。



 その後、竹村は幼女たちと楽しい夕食をワイワイと続けながら、院長先生からタキシン王国について教えてもらった。


 タキシン王国はアルセリア島にある、歴史の古い小国だそうだ。

 アルセリア島がどこにあるか、竹村はもちろん知らなかったが、別段地理科目が得意だったわけでもなし、世界に知らぬ場所があるのは当然、くらいに納得した。

 というか、そこに幼女がいるなら、竹村はそれ以外を特に拘るつもりもない。


 さて、タキシン王国である。

 国王は数年前から病床にあり、その跡を継ぐはずの王子と、王子の即位に反対する王弟とで、長く内乱を続けている。

 その為、働き手たる男性は、少年に至るまで兵士として取られ、女もまた兵士相手の商売で、こぞって街に出ていった。


 兵士相手の商売と言われて、竹村は娼婦などを連想した。しかし院長先生が言うにはそれだけではなく、兵士の衣類の繕いや食事の世話など、仕事はいくらでもあるそうだ。

 戦争が長く続けば孤児が増える。しかも先に語られた悪の錬金術師などと言った怪しいやからも出てくる。


 そしてこの孤児院には幼女ばかりが集まったそうだ。

 最後に院長先生は、こう話を締めくくった。


「ちょうど良い時に、良い人が来て下さった。これも天の思し召しでしょう」


 こうして行く当てもない竹村は、この孤児院で幼女たちと一緒に暮らす事になった。

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