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02_そうか外国だったか

「あなた、誰ですか? うちのマリカがどうかしましたか?」


 竹村の前に突如現れた8人の幼女の中から、おそらく一番お姉さんと思われる黒髪ロングの幼女が進み出る。幼女と言ってもおそらく7歳くらいだろう。人によっては幼女枠からはずす年齢だが、竹村的にはアリだ。

 マリカとは誰だろうか。おそらく竹村が肩車するカエル色パーカーの幼女だろう。

 黒髪幼女の目は、いかにも不審者を見る目だった。


「いや、俺は別に怪しい者じゃ」

「かえるにーたん!」


 やっぱり事案か、と、しどろもどろになる竹村の代わりに元気よく応える

のは、カエルパーカーを着た肩上の幼女マリカだ。


「カエル?」


 黒髪ロングの幼女は更に訝しげに眉根を寄せ、竹村を上から下まで観察する。幼女の厳しい視線を一身に浴びる快感が、竹村の背筋をなぞってゾクゾクした。

 黒髪幼女と竹村の間を、緊張の空気が満たす。

 竹村は焦った。まずい、おまわりさん呼ばれる。幼女に殺される、社会的な意味で。何か、何か言い訳をしなければ。

 だが竹村が何かを言うより早く、その空気に割って入った者がいた。やはり幼女だ。

 黒髪幼女より少しだけ年少の、活発そうな幼女が、竹村のすぐ手の届く場所まで進み出たかと思うと、期待に瞳をキラキラと輝かせながらぷにっとした小さな両手を伸ばした。竹村の幼女センサーによれば、およそ6歳児。


「えと、もしかして抱っこしろ、ってことかな」

「ん!」

「ハンナ!」


 竹村の質問に6歳幼女改め、ハンナは明瞭に答え、その様子に黒髪幼女は危機感を募らせた。

 黒髪幼女の視線は更に釣り上がり、竹村は困り果てつつも、ハンナを抱っこする事にする。3歳児を肩車しながら6歳児を縦抱きするのは、身体的に非常に無理あるが、こんなチャンスは滅多にあるもんじゃない。

 竹村はハンナを抱かかえる為に、ゆっくりと膝を地に下ろし、両手を幼女の脇の下に差し入れる。やわらかい肌の下の、細い肋骨の感触が伝わってくる。


「ん?」


 手に伝わる幸せをかみ締めたところで、竹村はそれに気づいた。

 ハンナの髪をかき分けるように、頭上から何かが生えている。端的に言えばそれは犬の耳だ。


「なんだこれ」


 疑問に思って周囲を見回してみる。

 竹村を遠巻きにしている幼女、黒髪幼女の背に隠れる幼女、興味なさげにあらぬ方向を見つめている幼女。数えてみれば8人中、6人の幼女の耳がかわいい、いやおかしい。

 ハンナの犬耳を始め、他には猫耳、ウサ耳。犬より少し尖ったあの耳は狐耳だろうか。するとちょっと丸っこい耳は狸耳か。そして獣耳ではないが目を引くのが、尖ったエルフ耳だ。

 もしかして幼女に流行しているアクセサリーだろうか。竹村はそう思いつつ、もう一度ハンナの犬耳に目を戻す。作り物にしては生々しいし、時折ピクピク動く。

 そしてつい深く考えずに、人差し指を犬耳の穴に突っ込んだ。


「ひゃん!」


 その瞬間、ハンナの犬耳がビクビクと震え、竹村は驚いて指を抜く。抜いた途端、ハンナは脱兎の如く黒髪幼女の後ろに逃げ込んだ。


「ご、ごめん。つい」


 ハンナは瞳に涙をため、恨みがましい目を向けてくる。やばい、かわいい。いやそうじゃなくて、これでは死罪確定だ、主に社会的に。

 幼女に囲まれて有頂天になり、つい羽目をはずしてしまった様だ、と竹村は反省。少し自重しなければ、と深く深呼吸した。

 黒髪幼女の警戒の目は、もう限界突破して敵意にすら変わっている。

 誰か助けて、と竹村は心の中で天に祈った。


「ずいぶんとにぎやかですね。どうしました?」


 竹村の祈りが天に届いたか、場を治める意思を期待させる穏やかな声がやってきた。それは聖職者の様な白いゆったりとした長衣を着た、年老いた男性だった。

 竹村は幼女ではなかった事に心の中で舌打ちをし、直後、自重できていない事を反省した。


「院長先生」


 黒髪幼女がホッとした表情でその男性を呼ぶ。なるほど、この建物は誰かの家と言うより、何かの施設なのだ。そしてこの年老いた男性こそ、責任者なのだろう。

 弁明があるならこの人にするんだ。竹村はそう腹をくくった。


「おや珍しい。このような田舎に見知らぬお客人とは」


 院長と呼ばれた男性は、ゆっくりとした動作でおどけたように驚いて見せる。そのポーズで皆を安心させようとしているのだろう。

 実際効果はあり、緊張していた幼女たちは気を緩めて笑顔に戻る。

 ついでに言うと幼女たちに笑顔が戻った事で、竹村もまたホッとした。


「それでお客人、どのようなお仕事でこんな田舎に?」


 竹村は少し考え、顎に手を当てながら神妙に答えた。


「それが、俺も何故ここにいるのか、わからんのですわ」

「わかわん!」


 肩の上のマリカが回らない舌で元気に復唱する。

 場は、会話の続きをどう進めて良いかわからなくなった者たちの、微妙な雰囲気に包まれた。


 ひとまず一緒に夕食などいかがですか、と院長先生に誘われ、竹村は幼女に囲まれながら、その施設に足を踏み入れる。まず小さな玄関ホールがあり、その先は扉を開きっぱなしにした広間だ。

 広間には10余人が座れるほどの大テーブルがあり、隅には赤い絨毯を敷いた一角があった。おそらくここは食堂であり、絨毯の一角は幼女たちが遊ぶ為のいわゆる『プレイスペース』なのだろう。


「夕食の時間までしばらくあります。こちらで寛いで下さい」


 老いた院長先生に促され、カエルパーカーのマリカと手を繋ぎながら入室する。向かうのはテーブル席ではなく、当然、プレイスペースの方だ。

 靴を脱いで絨毯の上にあがり込み、あぐらをかいて座ってみる。一緒していたマリカは当然のような顔でその膝上にぽふっと音をたてて座った。ふむ、絨毯は思ったより上等なようだ。毛並みが長くて柔らかい。幼女たちがはしゃぎ過ぎて転んでも、さほど痛くないだろう。

 見ればテーブルや椅子の角はよく丸まっており、あちこちの柱や壁にもクッションが貼り付けてある。どれも古びているが、幼女たちの安全を考えての仕様だろう。言い換えれば幼女たちへの愛が感じられる。院長先生の仕事だろうか。

 膝上のマリカをあやしながら、竹村は感心して何度か頷く。その時、同じ絨毯の上にやってきていた。2人の幼女と目が合った。

 一人は丸っこい狸耳の幼女、推定4歳。もう一人はウサ耳の幼女、推定3歳だ。

 ちなみにもう一人、猫耳の幼女推定3歳がいるが、彼女は特に興味なさげに、あらぬところを向いてボーっとしている。

 目が合った狸耳とウサ耳の幼女は、ちょっとモジモジしながら竹村とマリカを交互に見て、それに気づいた竹村がにっこりと笑うと、勢いよく駆け寄ってきた。

 駆け寄ってきた、と言ってもほんの数歩だ。2人の幼女はそのまま勢いも殺さず、竹村の背中や肩にダイビングする。


「うおっ」


 どちらの幼女にも、それから膝の上のマリカにも怪我させないように、バランスよく受け止める。幼女3人を同時に相手するなど、竹村にしては初めてのことだが、なんとか上手くやりおおせた。よくやったと自分を褒めてやりたい。

 ちなみにこれが男児だったら無理だったかもしれない。主に竹村側の心の問題で。


「おやおや、ユッタもリンネも、お客人を困らせてはいけないよ」


 一時、どこかへ行っていた院長先生が再び姿を現し、竹村にのしかかった2人の幼女に言う。狸耳幼女がユッタ、ウサ耳幼女がリンネだ。

 院長先生の言葉は2人に通じているのか、2人の幼女はにへーと笑って、竹村登りをそのまま続ける。まぁ竹村の表情を見れば迷惑かどうかなど一目瞭然だ。非常にだらしなく目尻を下げている。

 院長先生は優しくため息をつくと、絨毯に上がり竹村同様にあぐらをかいて座った。


「私はこの孤児院を運営しているサロモンと言います。あなたは?」


 ユッタ、リンネと、竹村登りに参加したマリカの3人を、順番に頭から降ろしながら、竹村は姿勢を正す。


「あ、申し送れました。俺は竹村千種です」

「はい、タケムナさんですね」


 この土地の人には発音し辛いのかもしれない。

 それにしてもこの老人、笑顔を絶やさぬ御仁だ。孤児院と言ったか、切り盛りするのも大変そうだと言うのに。

 それでも竹村にはその気持ちがわからんでもない。これだけの幼女に囲まれて暮らすなら、何の苦労などあろうものか。


「子供がお好きなんですね」


 話しながらも、しきりに登って来る幼女を、やさしく持ち上げては降ろし、持ち上げては降ろしを繰り返す竹村に、院長先生は目を細める。竹村は何も考えずに、しごく素直に返答した。


「ええ、幼女が好きです」


 この場、唯二の大人の間に、えも言えぬ沈黙が流れる。そしてしばしの後、院長先生がもう一度、口を開いた。


「子供、お好きなんですね」

「ええ、幼女が大好きです」


 竹村は自分の好みには素直で全く隠さない。だからこそ、これまで彼は周囲の人間から『ロリコン』と言うレッテルを貼られ続けた。それでも、変えぬのが彼の信念だった。

 はたして、どう理解して良いのかを掴みかねた院長先生は、しばしの困惑の後、ぽんと手を叩く。


「ああ、タケムナさんは異国の方なのですな。それで言葉に齟齬が出るわけだ。そういえばタケムナ・チグサというお名前も、この辺りでは聞かぬ名です」


 そういえば、と竹村も手を叩く。これまで聞いた名前は犬耳のハンナ、狸耳のユッタ、ウサ耳のリンネ、カエルパーカーを着たマリカ、そして院長先生サロモン。

 初めに聞いたマリカが日本でもありそうな名前だっただけに、気にも留めなかったが、と言うか、かわいい幼女に囲まれて気付かなかったが、日本人らしい名前ではないものが多い。それどころか髪の色も黒ばかりでなく、銀髪や金髪の幼女もいた。

 そうかここは外国だったか。天国かと思った。

 今持ち上げている狸耳のユッタも、明るい茶色の髪と瞳だ。


「にへー」

「にへー」


 目が合ったらユッタが笑ったので、竹村も微笑返す。くそ、かわいいなもう。


「そういえば、何故ここにいるかわからない、とおっしゃってましたな」


 院長先生が先の竹村の言葉を思い出し、口にしてみる。その言葉を耳にし、マリカが目を輝かせて振り向く。


「わかわん!」


 いかにも自分の出番だ、と言わんばかりに言い放つ。あまりのかわいさに、竹村は思わずマリカを抱きしめた。マリカも嬉しそうに竹村の頬に自分の頬を押し付けた。

 幼女の柔らかくも暖かい体温をあちこちで感じ、竹村の幸福値の上昇はとどまる所を知らない。このまま死んでもいい。いやもう少し幼女と触れ合ってからならいい。

 そこまで考えて、院長先生が返答を待っている事に気付いて我に返る。


「そう、そうなんです。事故に合いましてね。気付いたらこの近くで寝てました」


 竹村自身でも怪しい話だと思う。事故のショックでワープでもしたのか。それ、なんてSF?

 だが、院長先生はその怪しい話に眉根をよせ、納得気味に頷いた。


「そういうこともあるかもしれません」


 院長先生の真剣な様子に、竹村登りに夢中だった3人の幼女も、ただならぬものを感じたのか不安そうに動きを止めた。竹村はそれぞれの背や頭をそっとなでる。


「近頃、邪悪な錬金術師が、人を攫っては実験を繰り返しているといいま


す。タケムナさんも、もしかしたら犠牲者の一人かもしれません」


「邪悪な錬金術師…」


 竹村は唖然とした。なんと聴きなれぬ言葉だろう。SFかと思ったらファンタジーだったのか。


「お気づきかと思いますが、獣の耳をつけた子が多いでしょ? それも邪悪な錬金術師の仕業なのです」


 そう言われて食堂を見回す。

 竹村に抱きついている3人の幼女のうちでも、狸耳ユッタとウサ耳リンネがまず該当するし、未だに警戒しながらこっちを伺っている犬耳のハンナ、テーブルで一人お絵かきしている狐耳の少女、同じ絨毯上で宙をじっと見つめている銀髪の猫耳の幼女もそうだ。

 キメラと言うヤツだろうか。人体実験などと聞くと、激しく陰惨な印象を受けるが、と考えながら、竹村は幼女たちをもう一度見回す。すごくかわいい。

 竹村は密かに心で親指を立てた。

 ぐっじょぶ、錬金術師。

 怒られそうなのでこの賞賛は墓まで持って行かねばならないだろう。

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