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13_そして王国が生まれる

 さて、正面玄関方面の戦況が、こうして膠着し始めた頃、裏口方面へ向かった分隊は、そうとも知らず孤児院を目指していた。


「畑がいい具合じゃないか」


 農民でもある徴集兵の彼らは、実る孤児院の菜園を通過しながら微笑む。今頃、故郷の村でも同じように実っている頃だ。それとも人手がなくて荒れ果てているだろうか。

 そのような郷愁に心を傾かせるが、今は軍事行動中だと思い直し、この分隊を任された副隊長はため息を付いた。


「ふ、副隊長」


 その時、先頭を進む少年兵が焦り混じりの声を上げる。一瞬、敵の襲撃や待ち伏せを思い浮かべたが、相手は兵隊ですらない事を思い出す。


「何を慌てている」


 だが少年の指差す方を見て、副隊長は唖然とした。孤児院の裏手側2階バルコニーにはさっきまでなかった篝火が炎を上げ、その近くになにか四角い物体が登場していた。


「あれは、なんだ?」


 眉根を歪める副隊長が、自分で答えを出すより早く、バルコニーではさらなる動き始まる。バルコニーの扉から、何者かが優雅に歩きながら現れたのだ。

 遠目でよくわからないが、それは小さな女の子のようだった。

 篝火の明かりに照らされた、綺麗な金の髪を左右で結い上げた白い肌の女の子だ。

 襟を丸くカットした紺のジャケットに、同じ色のプリーツスカートを合わせ、ブラウスの胸元には大きな緑のリボンがあしらってある。


 女の子は副隊長たちに向けてか、優雅にスカートを摘んでお辞儀すると、ゆっくりとした足取りで四角い物体の前に着席する。


「あ、あれ、オルガンだ」


 その所作に少し見覚えが合った青年兵士が呟く。

 そういえば内乱が始まる前、彼がまだ子供の頃、芸術の都と呼ばれたロシアードで、何度か演奏会を見に行ったことがあった。


 突然の事に、呆気にとられる兵士をよそにして、バルコニーの扉から、さらに4人の幼女が登場する。

 人一倍元気そうに駈け出して、決められた配置にたどり着く犬耳の幼女は、手にしたシンバルをガーンと景気良く鳴らす。

 後に続く狸耳の幼女と、眼鏡を掛けた幼女が、手にした貝の様な打楽器を楽しげにカンカンと叩く。カスタネットだ。

 そして最後に現れた狐耳の女の子は、ピザ窯で使うパーラーに、四角い金属片をかき集めて並べたような楽器を手にしていた。ベルリラという鉄琴の一種である。


 4人は揃いのセイラー服を着込んでいる。女学生の着るセーラー服ではない。その元になった水兵服をアレンジしたパンツルックの方だ。水色の襟と、同じ色の短パンに白いハイソックスが異常にかわいい。


「いやいや、なんだってんだ」


 副隊長が笑っていいのか驚いていいのかわからないような表情で頭をかく。これから侵略行動しようというのに、いったい何が始まるのだ。


 オルガンが1和音をファンと鳴らす。すると最も前衛になるバルコニーの柵の影から、銀髪の猫耳幼女が鋭い動作で立ち上がり、小さな両手を広げて掲げた。

 さらにオルガンがファンと鳴る。1つ高い和音だ。今度はその隣に、明るい緑のリボンをした幼女が元気よく立ち上がり両手を広げる。

 そして三度目、更に高い和音でオルガンがファンと鳴る。最後にうさ耳の幼女が、おずおずと立ち上がり、両手を広げた。

 3人の幼女はお揃いで色違いのエプロンドレスを着込んでいる。色は登場の順番に、灰色、緑色、ピンク色だ。どれもそれぞれの幼女によく似合っていて、非常にかわいい。


「みんな、お客様に向かって元気に挨拶」


 オルガンに向かって着席した金髪エルフ耳のエリナが、掛け声とともに3つの和音を順番に鳴らす。音に合わせて、並んだ幼女たちは元気よくお辞儀をした。


「おい、何笑ってる。作戦中だぞ」

「副隊長だって」


 さっきまで反応に困っていた中年副隊長も青年兵士も、緩み始めた頬をお互い見合わせて苦笑いを漏らす。少年兵も同様に頬を緩ませた。


「さぁ準備はいい? 行くわよ」

「おー」


 再びエリナが声をかけると、幼女たちは元気よく声を揃えて応えた。いよいよ竹村たちの作戦は大詰めだ。

 フンガフンガと短い前奏がエリナのオルガンから始まり、何かを合図するように、ハンナがシンバルを勢い良くバーンと鳴らす。

 リズムよく、ユッタとイリスが笑い合いながらカスタネットを鳴らし、慎重に、間違えの無いように一音ずつ、カトリがベルリラを奏でる。

 そして前衛に立つ3人の幼女が、掲げた両手をひらひらと舞わせる。


「てんこーてんこーれーろーすたーはーあいあんだーあっちゅーわー」


 お遊戯完全版。幼女が歌いながら舞う。その瞳は真剣そのもので、まだ笑い合うような余裕は見えなかったが、それでも以前領主に見せた時からは格段に上手だ。

 その動きががっちりシンクロしている。3才児がやってのけるには地味に凄い。

 裏口方面を任された分隊3人は、幼女たちのかわいさに、初め絶句し、微笑み、最後に涙を流した。


「副隊長、オレ、村に娘がいるんです」

「ああ、わかるよ。オレの娘もあんな時があった」

「僕の妹もまだあれくらいです」


 幼女たちの舞と演奏を一瞬でも見逃さぬよう眺めながら、3人はポツポツとそれぞれの内輪話を語りだす。それぞれの目には、それぞれの家族の姿が映っているようだった。

 やがて演奏は終わり、幼女たちは初めと同じように和音に合わせてお辞儀をする。

 行儀よくそれが終わると、幼女たちは公演の成功にはしゃぎあった。

 3人の兵士たちは、自分の立場も忘れて、我先にと手を叩く。もう彼らの心には、この孤児院を侵略しようという気持ちは一片もなかった。



 そこからはもう物騒な話はお終いだ。

 分隊はすぐさま正面玄関方面の隊長に合流し、降伏を進言。自らも幼い娘を持つ隊長はすぐにこれを受け入れ、ここに短い戦闘は終結した。

 6人は孤児院へ招き入れられ、顔を合わせた竹村のハリボテに、大いに笑った。


「してやられた。完敗だ」


 隊長は笑いの最後にそう言うと、竹村と握手を交わす。


「しかし、オレたちはもう王弟軍を離れる気だが、これからどうするんだ?」

「またきっと部隊が派遣されるでしょう。王弟閣下もかなり追い詰められてますからね、埋蔵金狙いで必ず来ますよ」


 副隊長と青年兵士が心配そうに言う。たしかにこの場は凌げても、次はどうなるかわからない。

 だが竹村は不安そうに集まってきた幼女たちを見回し、不敵な笑顔でこう答えた。


「この孤児院は、タキシン王国からの独立を宣言する」


 兵士たちは一様に目が点だ。だが小さな幼女たちは意味もわからず大いに沸く。ただ一人だけ、アイラが怪訝そうに眉を寄せた。


「意味が分からないんですけど」

「アンタたちの家族にも幼女がいるって言ったな。それを故郷に置いて戦争に出るのは心配だろ」


 アイラの問には笑顔だけを返し、竹村は副隊長や少年兵に顔を向ける。2人は「ああ」と小さい返事をする。まだ竹村の真意がわからず、ハッキリ返事することには戸惑いがあった。

 だが竹村は自信満々の表情で大いに頷いた。


「ここにそういう幼女たちを集める。そして周辺に、幼女の父や兄による衛星村を築き、防衛に当たる」


 隊長は竹村の案にハッと顔を上げる。思えば徴集された兵には同じ境遇の者がたくさんいた。彼らに声をかければ、確かに現実味を帯びる話だ。少なくとも王弟軍の5分の1でも集まれば、おいそれと手は出せなくなるだろう。

 そして噂を聞きつけ、王子派にいる徴集兵もいくらか合流するかもしれない。この内乱中のタキシン王国だからこそ、実現可能な案だと思えた。


「力を貸してくれるか?」

「ああ、喜んで」

「僕も」


 竹村の力強い言葉に、男たちは一斉に頷いた。


「ねえチグサさん、どういうこと?」


 未だ理解の追いつかなかったアイラが、得意満面の竹村の袖を引く。まだ興奮気味だった竹村は勢い良く振り向き、アイラの鼻先へ顔を近づけるとニッと笑う。アイラは顔を赤くして目をそらした。


「王国を造る。女王はアイラ、君だ!」


 突然の言葉にそらした目を戻し、やっぱりもう一度そらす。

「む、無理」

「え? なんで?」


 重大な話のはずだが、竹村は気楽に聞き返す。兵士たちは兵士たちで、もう他の民兵たちに声をかける相談を始めていた。

 助けはどこにも無さそうだ、と思ったアイラは、必死に頭を巡らせた。


「私、だってもうすぐ、この孤児院を卒業するような歳だし」


 そういうこともあるのか、と竹村はアイラから顔を離して自分の顎をなでた。確かにアイラはもう幼女と呼ぶには微妙なお年ごろだ。


「そうか、じゃぁ女王は最年少から選んだ方がいいのか」


 アイラは「助かった」と心で呟きながら、激しく頷いた。竹村は早速と3才児トリオを目で探す。

 まず見つけたうさ耳リンネは、竹村の視線に不穏なモノを察知したのか、急いでハンナの後に隠れた。

 猫耳ミルカはいつもの様に、我関せずと、絨毯区画の隅であらぬ方を見ていた。

 竹村は「ふむ」と一息ついて、もう一人の最年少を探す。カエル色の緑のリボンとエプロンドレスを着けたマリカは、いつの間にか竹村の脚にまとわりついていた。

 その瞳は「なにかくれるの?」とでも言うような、期待に満ちた様子で竹村を見上げていた。


「よし、君に決めた。『幼女王マリカ一世』の誕生だ」


 マリカの柔らかい脇腹に両手を差し込み、竹村はマリカを抱き上げる。


「ひゃあ、マリカ、おうたま!」


 解っているのかどうなのか、マリカは嬉しそうに自分の頬を押し付けた。


「明日よりここはタキシン王国領ではない。独立国『幼女の王国リトルガールキングダム』である」


 竹村はそう、高らかに宣言する。

 本来、英語で言うなら『Kingdom of Little girl』とでも言うべきなのだろうが、普段英語に触れないで暮らす竹村の英語力ならこんなものだろう。


「リトルガール王国…」

「り…るが?」


 集った男たちも、幼女たちも、口々にその名を呟く。


「マリカがおうたま!」


 床に降りたマリカが元気よく腰に手を当てる。一応彼女なりに解っているようだ。


「じゃぁハンナはけいさつ」


 以前『どろけい』で遊んだことで、警察の意味が伝わったようで何よりだ。それより、竹村の脳裏には『いぬのおまわりさん』という単語が浮かんで消えた。


「えっとリンネはその、かんごふさん」


 控えめで心根優しい彼女には、天使の白衣がよく似合うだろう。


「イリスはコックさんがいいでつ」


 台所番の一人でもあるイリスは、きっといい料理人に育つだろう。


「うーん、カトリは…お絵かきとか好きだけど」


 狐耳を伏せたカトリが悩む仕草で竹村を見上げる。


「じゃぁ書記官なんかどうだ? 王国の日記をつける仕事だ」

「うん、それでいい」


 人一倍器用で博識なカトリなら、きっといい王国史を書き上げるだろう。


「ミルカは、ニーといっしょ」


 いまいち話の流れを理解していないミルカが、トテトテとやって来たかと思うと、素早く竹村の腕によじ登る。


「あ、ずるいーユッタも」


 自分は何をしようか思案中だったユッタがミルカに倣って竹村に飛びつく。のんびり屋の彼女は何が似合うだろう。きっと何でもできるに違いない。なにせウチの娘たちは天才ばかりだ。


「あーマリカも、マリカもにーたんといっしょ」

「じゃぁハンナも!」

「リンネも、その、いっしょがいい、です」


 2人が竹村に抱きつけば、もう他の幼女たちも歯止めが効かない。次々と竹村アルプスは幼女アルピニストに征服され、彼はたまらずその場に腰を下ろした。甘いミルクのような柔らかい香りに包まれ、竹村は幸せに頬を緩める。


「ねぇねぇ、タケムナは何するの?」


 食堂のテーブル席で椅子を揺らしながらエリナが問う。竹村は少し頭をひねった。


「うーん、女王の補佐。宰相かな?」

「じゃぁアイラが宰相婦人ね」


 初めから解答を用意していたかのごとき早さで、エリナが竹村に笑いかける。一瞬びっくりして、竹村は大きく声を上げて笑った。

 そう、幼女は小さい時『お父さんお嫁さんになりたい』と語る、と話に聞く。そうか、遂に俺もその域に達したか。まぁエリナは自身じゃなく、姉をご指名なのだが。


「ちょ、エリナ。やめてよもう」


 だがアイラは顔を真赤にして、慌ててエリナを押しとどめる。勢いの余り、エリナをチョークスリーパー気味にして振り回していた。

 明確に拒否られたようで、竹村は少し落ち込んだ。


「まーまー、エリナが第二夫人になってあげるから」


 やっと開放されたエリナが、竹村を慰めるようにウインクする。するとやっぱりアイラが顔を真赤にしてエリナを追い回した。

 竹村はよくわからないけど、なんだかおかしくて笑いだす。その様子に、幼女たちもまた、楽しそうに笑い出す。

 その夜の孤児院には、遅くまで幼女と男たちの笑い声が響き渡った。






 アルセリア島の北東の端にリルガ王国という小さな都市国家がある。

 特産品もあまりないこの王国は、風変わりな国家体制で有名だ。

 初代の女王であるマリカ一世が、3才で即位し8才になる頃に退位したという故事に習い、今でもこの国の要職は幼女のみがその名を冠する。

 その理由は一切不明だが、その風習は何度、異を唱える者が現れても、神聖な国是として守られてきた。


 また建国にまつわる伝説も奇妙で風変わりだ。

 曰く、天より舞い降りた神の御使いが、『伝説の九幼女』を率い、多くの試練を乗り越えて建国した、と言う。

 今では数々の歴史家により「妄想の産物である」と結論づけられているが、国民の間では根強く支持されている伝説だ。

 実際、王国図書館秘蔵の初期王国史『カトリの書』では、その伝説が事細かに綴られているという噂も後を絶たない。


 だが、それはもうはるか昔の、誰も確かめることも出来ない夢物語である。

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