12_幼女たちのせんそう
孤児院の所有が領主から竹村に正式に移譲され3ヶ月が経った。
夏は過ぎ、秋が深まる。畑の芋が旬真っ盛りだ。
掘り起こした芋を、試しに焚き火にの奥に突っ込んで焼いてみる。焼きたての芋は熱々でホクホクでヨダレがでる程に美味そうだった。
「にーたん、たけにーたん、はやく」
「にー、ミルカもたべう」
興味津々に焚き火回りに集まっていたマリカやミルカが、一刻も早く食べようと、焼け具合を確認する竹村の腕にぶら下がる。駆け寄ってきたハンナはぶら下がりはしなかったが、期待に目を輝かせながら、芋と竹村を交互に見た。
「ちょ、ちょっと待って。今、分けるから」
腕にかかる幼女の重みにニヤけながら、竹村はその手に持った焼き芋とぶら下がる幼女を見比べ、どうしたものかと思案する。芋を誰かに渡すにしても、幼女を降ろさないことにはやりにくい。
結果、急いで手にした焼き芋を、自分の口に突っ込んだ。
「あー!」
集う幼女たちの悲鳴にも似た声が上がる。静かに待っていたリンネやユッタまでが思わず身を乗り出した。
「タケ、ひとりでずるい」
少し離れたで順番を待っていたカトリは、恨めしそうに竹村を睨む。
みんな芋好きすぎるだろ。と、竹村は苦笑いを浮かべた。
「みんな、タケムラさんを困らせちゃダメ」
「焼けたの出すから、ぜいいん並べー」
不満の幼女たちに埋もれて身動き取れなくなった竹村の代わりに、アイラとエリナが焚き火から次々と焼けた芋を掘り出す。連携して、イリスがテーブル代わりの小岩に、芋を並べる。熱さ対策に着けたピンクのミトン手袋がかわいい。
「ならぶでつ。はやいひとから、おおきいのでつ」
いつの間にか竹村登りに夢中になっていた幼女たちは、「聞き捨てならぬ」と、急いでイリスの前に整列した。
警戒していた王弟軍も音沙汰なく、竹村たちは平穏な生活を続けている。
領主もたまに土産を持って遊びに来るようになったし、孤児院は以前より活気が出てきたとも言えた。
なんにせよ、竹村のと幼女たちの笑顔が絶えることはなかった。
「にーに、おいしーね?」
先に食べた竹村の傍らで、うさ耳を揺らしながら夢中になって食べていたリンネは、竹村の視線に気づいて恥ずかしそうに首を傾けた。竹村は無言で口の周りについた芋のかけらを拭ってやり、優しく柔らかいフワフワの髪を撫でる。
その時、孤児院を挟んだ向こう側、つまり正面玄関の方で、馬の嘶きが上がった。それは聞き慣れた行商人の馬車のものだった。
程なくして駆けて来るのは、もうおなじみの行商人だ。
「おおタケムナさん、こっちにいましたか。ついに来ますよ!」
深刻そうな表情でまくし立てる行商人。
だが竹村はこの場の幸せな空気に水を差したくなかったので、火の始末をアイラとエリナに任せ、行商人を連れて孤児院へ戻った。行く先は、2階の執務室だ。
「で、来るっていうのはやっぱり王弟軍?」
執務室で互いに簡素な椅子に腰を下ろすと、竹村は口を開く。王弟軍襲来。これはこの3ヶ月、ずっと警戒していた事なので、竹村は別段驚かなかった。
「ええ、派遣部隊は6人小隊のようです。先日、ロシアードを出発した所を遠目に確認しました」
「装備はわかるかい?」
「チェインメイルにロングソード。一般的な歩兵です。騎馬はいませんでした」
夏の終わり頃、王子軍と王弟軍それぞれに、それぞれ別の外国が介入し始め、内戦は激化しつつあると聞いた。それゆえの派兵だろう、と竹村は状況を分析する。
「こんな時に、王弟閣下の狙いはいったいなんでしょう」
困惑のため息を付きながら行商人がここ3ヶ月来の疑問を呟く。竹村は解答までに、と一枚の古い羊皮紙を取り出した。
「たぶんこれだ。最近、この執務室でこの記述を見つけた」
「これは…」
それはこの孤児院の地下に眠るという、埋蔵金に関する記述だった。莫大、というほどではないが、100人規模の兵士をしばらく養うに充分な金額と言えた。
「どうもこの孤児院、元は古い時代の遺跡らしい」
竹村の補足するような言葉に、行商人は納得して頷いた。
「では急ぎ傭兵でも手配しますか?」
「いや、埋蔵金があったことはわかったけど、それ自体はまだ見つかってないんだ。それに間に合わないよ」
「そう、ですね」
王弟軍本陣のロシアードから馬車を飛ばしてきた行商人だが、徒歩で来る兵士たちとの差はせいぜい1日半程度だろう。
単純に考えて明日の夕刻には6人小隊の兵士がやってくる計算だ。いくら急いでも腕利きの傭兵を雇い入れる時間はない。
「なに、大丈夫、俺達はこの3ヶ月で充分準備してきたんだから」
行商人がひとまず孤児院から離れると、竹村は幼女たちを食堂に集める。
「ついに、来るんですね」
「なーに、バッチリ練習したもんね。大丈夫大丈夫」
緊張気味に唇を噛むアイラに、エリナがいつもの明るさで答える。人一倍真面目なアイラと、実は繊細で、常に場を盛り上げることを考えているエリナ。二人がいたからこそ、この孤児院は上手く回っていたといえるだろう。
「まかせるでつ。ちゃんとできるでつ」
「カトリもだよ。いつでも、いける」
アイラとエリナにいつもついて回り、いろいろとサポートするイリスは、小さいながらに2人に続くお姉さん気質だ。カトリはあまり誰かと一緒に作業することはないが、責任感も強く、知識も豊富だ。
「ハンナも、ハンナもやるよ!」
「にへー」
ハンナは年少組の隊長のような存在だ。いつも小さい子たちと遊びながらも、よく見ている。ユッタはそんなハンナとともに、やはりよく面倒を見る。畑仕事や事務仕事もあるので、小さい子たちばかり見ていられない竹村にとって、心強い存在だ。
「マリカもやるお」
「リ、リンネも…」
「にー」
最後にマリカ、リンネ、ミルカ。どの子も個性的だが素直で愛くるしくて、誰にとっても眼に入れて痛くないほどにかわいい。
9人の愛する幼女たち。緊張はあるものの、どの顔にもやる気が満ち、不安は一切読み取れなかった。
そして幼女たちの信頼を一身に受ける竹村は、一同をぐるりと見回して、大きな声で、いよいよやって来た決戦の幕開けを告げた。
「よし、明日も一日、がんばろう」
「おー」
幼女たちは元気よく小さな柔らかそうな拳を挙げた。
6人の兵士が白詰草に覆われた草原の小道を2列縦隊で進む。
装備は一様で、リング状の金属を編み合わせて作ったチェインメイルと、長さ1メートル弱の両刃の西洋剣ロングソードだ。
言葉の上では統一されているように聞こえるが、チェインメイルもロングソードも、細かい拵えはバラバラだった。おそらく支給品ではなく、各々が自分で用意したものなのだろう。
それもそのはず、彼らはタキシン王国に仕える職業軍人ではなく、『義勇兵』の名のもとに集められた民兵、言葉を変えれば徴集兵だった。
「隊長、目標の孤児院まで200メートルの距離です。どうしましょう」
先頭を行く2名のうち、片方の少年が隣を歩く中年の男に言う。ベテランらしい引き締まったこの中年こそ、この孤児院接収小隊の隊長だ。
「よし、全員止まれ。集合!」
隊長はキリとした声でそう指示を飛ばし、全員が見えるよう振り返って地面に膝を落とす。他の隊員も倣って腰を落とした。
隊の構成は6人だが、その内訳はベテラン中年兵が2名、経験の浅そうな青年が2名、そして成人前の少年兵が2名だった。
「孤児院の見取り図はみんなもう見たな?」
「はい」
その質問に全員声を揃えて返事を交わす。隊長は満足そうに頷いて先を続ける。
「副隊長は2名を連れて勝手口を抑えろ。オレは残りの2名と正面から襲撃をかける。タイミングを合わせて突入だ」
「了解」
先の隊列で殿を歩いていた中年はニヤリと笑い、青年と少年を一人ずつ選抜して、孤児院の外周を大きく回るように駈け出した。
「5分したらオレたちも行くぞ、準備しろ!」
副隊長たちの出発を見届け、隊長は残りの2人を引き締めるように激を発した。
もうすぐ日が落ちるかという黄昏時。秋のこの時間の空はとても美しい。
その日の空も燃えるような夕焼けに染まり、孤児院の2階バルコニーの篝火が、まるで空の赤と一体になるようにも見えた。
だが夕焼けの時間は短い。
接収小隊が3名ずつの分隊になり、それぞれの配置でじわじわと孤児院へ接近を始める頃には、その歩みと同調するかのようにゆっくりと、藍色の帳が空を覆った。
2階バルコニーの篝火が、いっそう燃え上がりその勇姿を照らす。
「待て、誰か居る!」
正面玄関へと進む小隊長が鋭い声で分隊を制止する。距離は70メートル。この距離でもそのバルコニーに立つ何者かが見え始めた。
その者は漆黒のマントを羽織り、ロングソードを両手で床に突く様に立っている。マントの襟は顔の側面まで覆うほどに大きく、また膨らんだマントは、その下に頑強な鎧を着ていることを想像させた。
「傭兵ですかね。だとするとマズイです」
小隊長のすぐ後ろを歩く青年が緊張した面持ちで言う。
傭兵は金で雇い入れる兵士の事だが、中には正規の騎士に匹敵する程の使い手もいる。相手がもしそれほどの使い手なら、この3人が一斉にかかっても勝てるかわからない。
その漆黒のマントの男もこの分隊に気づいたようで、視線を向けて声を張り上げた。
「王弟軍兵士に告ぐ! 俺はこのコ児院を守ル者だ。来るとイウなら容赦はせぬ。覚悟ある者からかかっテこい!」
なにやら言葉のアクセントや調子がおかしい。棒読み状だったり変に抑揚がある。
「大陸から来た高名な戦士かもしれん」
言葉の拙さから小隊長はそう判断し迷った。
しかしだからと言って前進を止める訳にはいかない。すでに裏手に回った分隊も動き始めている時間だ。こちらが遅れれば連携が取れなくなる恐れも出てくる。
隊長は一瞬止めた前進を、再び開始する。
だがその直後、前進を止めざるを得なくなる。
ヒュンと鋭く夕闇を切り裂く音がしたかと思うと、彼らの側方1メートルの地面に、矢が飛来して突き刺さったからだ。
「弓兵がいます!」
隊員たちはおののき、急いで腰を低くして停止する。
弓兵の人数は分からない。だがまだ50メートル以上ある事を考えれば、人数によっては矢で射られて接敵する前に全滅もありうる。
もう彼らはその足を止めざるをえなかった。
「ほー、びびび、びっくりした」
孤児院2階バルコニーに立つ漆黒のマントを羽織った屈強な戦士、に見えた者の正体は竹村だ。マントはこの日の為にカトリが縫ったもので、その下の膨らみは鎧ではなく木枠がはめ込まれている。
すなわちハッタリである。
そして彼が何にビックリしたかというと、彼の横からクロスボウを発射したアイラに、であった。
「アイラ、向こうはどうした。持ち場に戻るんだ」
彼女の援護は元々予定されていない。そもそも竹村はこの幼女たちに武器を持たせたくないと考えていた。
だがこの美しい黒髪を長く伸ばした生真面目な幼女は、淀みなく次の矢を巻き上げながら返事をする。
「大丈夫です。私の場所はエリナが代わってくれました。ちゃんと練習もしました」
「いや、でも子供がそんな危険な…」
「もう子供じゃありません」
竹村の動揺に毅然と答え、アイラは再び発射出来る姿勢を取る。竹村はしかたない、と溜息をつき、動揺を押し殺して再び前を向く。
「クロスボウの腕はどれくらい上がった?」
「問題ないです。どうせ狙ったって当たりません」
コケ脅しにしか使えないようだ。まぁ初めから相手を傷つけるつもりはないハッタリ戦術なのだから、それもいいだろう。
「よし、また前進を始めるようならぶっ放せ。万が一にも当てるなよ」
「任せて下さい、タケムラさん」
ようやくアイラはニッコリと笑った。
「ところで」
今、こんな時にしなくてもいい話だったが、竹村は思い付きで話す。
「?」
アイラは動かない兵士たち視線を向けたまま首を傾げた。
「もう半年も一緒に暮らしてるのに、俺はいつまで『タケムラさん』なんだ?」
「どういう意味ですか?」
「そろそろ名前の方で呼ぶくらい馴染んでも良くね?」
「…え、『タケムラ』が名前だと思ってました」
アイラは小さく吹き出す。竹村も拍子抜けして肩を揺らした。
「チグサだ。俺の国では家名が先で名前が後なんだ」
「わかりました。チグサさん」
2人は戦場とは思えないほど穏やかに微笑み合った。