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11_剣士竹村の誕生と終焉

 領主と孤児院の面々による和解が成立した。

 結局その日は領主と行商人もここへ泊まることになり、彼らの寝所は元院長の執務室に急遽整えられた。

 今はその日の夕食の席。メニューはさすがにいつもどおりのスープや黒パンだ。


「ねーちゃ、おかあり」


 竹村の隣りに座ったマリカが、飲み干した豆スープの皿を勢い良く差し出す。いい仕事をした後なので、今日は格別によく食べる。

 マリカだけではない。リンネもおずおずと皿をさし出すし、ミルカなどは、おかわりをよそいに行ったアイラの後を、皿を持って着いて行く有り様だ。


「パンも今日は多めに焼いたわ」


 そんなこともあろうかと、と言い出しそうほど得意げなエリナが、アイラとともに台所から戻ってくる。その手には、籠いっぱいの黒パンが盛られていた。


「ハンナもいい? ハンナも食べていい?」


 スープの時は遠慮気味にしていたハンナだったが、たくさんの黒パンが登場したことで犬耳を立てて目を輝かせた。もし彼女に尻尾があったら、すごい勢いで振られていることだろう。

 エリナの了承を得てハンナが飛び出すと、負けじとユッタも籠に飛びついた。いつの間にかその後には、お代わりスープが盛られた皿を手にしたミルカも並んでいた。


「みんなよく食べるなぁ」


 行商人はそんな幼女たちの黒パン争奪戦を、目を細めて眺める。細身の彼は幼女たちよりずっと小食だった。旅する身では小食の方が何かと便利なんです、と、後に竹村に語ったものだ。

 ひと通り食事も落ち着くと、大人たちの話は今後の孤児院の事に移る。ハンナを始めとし、ユッタ、リンネ、マリカは絨毯の区画でボール遊びを始め、アイラ、エリナ、イリス、カトリは共に話を聞こうとテーブルに残った。

 ミルカは我関せずと、竹村の膝で寝息を立てている。


「ミルカ、眠いならベッドに行くか?」


 見かねて竹村は、ミルカの脇に両手を入れて持ち上げてみる。ミルカはされるがままにプランと吊り下げられ、眠そうな目のままで首を横に振った。竹村はそのままミルカを膝に戻し、再び寝息を立て始めるミルカの背を優しく撫でた。


「王弟閣下に逆らって、これからどうするんだ?」


 この太った領主の心配事はまずそこだ。狭いとはいえ、それなりの領地を預かる身なので、しかたのないことだ。


「まーそう言っても、内戦中で王弟派は結構苦しいみたいですよ。こんな田舎にそうそう部隊派遣はしてこないでしょう」


 行商人はこの中で一番情報通だ。行商範囲はそれほど広くはないが、王弟軍の陣はここから一番近いロシアードという都市で、よく商売に行くそうだ。


「戦争はいつ終わるの?」


 アイラが悲しそうに眉を下げながら呟く。

 そもそも内乱のせいで孤児たちは多く生み出され、そしてその果てに孤児院を供出するよう求められたのだ。すべて、とは言わないが、大半は戦争が悪い。


「なーに、兵隊さん来たって、タケムナがやっつけちゃうわ。ね、そうでしょ?」

「おにたんはつおいでつ」


 お気楽そうに言うのはエリナとイリス。彼女たちは領主の屋敷での竹村を、アイラからかなり大げさに伝えられたようだった。もうスーパーマンを見るような絶対的な信頼である。

 カトリはそんなエリナたちを、冷めた目で黙って見てから、竹村に視線を移した。テーブルに付く誰もが少なからず不安を抱いているが、カトリの目に映る竹村の表情は、一切の不安を浮かべてはいなかった。

 それを見て、カトリは安心して、テーブルに顔を伏せた。


「なーに領主さん、何も心配いらない。アンタはコイツにサインをして、後は知らん顔してくれればいいのさ」


 竹村が差し出したのは1枚の紙。それは孤児院の土地家屋に関する、割譲を証明する書類だった。



 領地の割譲、と言うと様々な問題が絡みそうなものだが、今回の場合はとてもスムーズに事が済んだ。

 もともと領主は孤児院から税を徴収していなかったし、場所自体、田舎領地のさらに端とあっては、初めから大して使い道のない場所だったからだ。

 耕せば畑にはなるが、そこまでしなくても人口比的に村の回りで事足りる。

 今回の接収話も王弟軍から要求がなければ、そもそもない話なのである。

 ではなぜ王弟閣下はそのような場末の孤児院を接収しようと思ったのか、少しばかりの謎はあるものの、とりあえず領主的にこの話はベターな解決だった。


「つまり『王弟閣下の求める土地はウチの土地じゃないから、欲しければ直接持ち主と交渉してくださいよ』って訳だ」


 領地割譲の件が終わったある日、協力してくれた行商人に礼を兼ねた昼食会を開いた。まぁメニューはいつも通りの質素な黒パンやスパゲッティ。

 その席で竹村はこの件の思惑を行商人に披露した。


「それなら領主様もあからさまに王弟閣下と敵対しないで済みますね」


 行商人は感心して頷く。聞けばなるほど、とうなずけるが、彼はそこまで頭が回っていなかった。

 小さな競合のない村ばかりを回っているので、商人にしては余りスレていない。


「領主の兵は前領主と討ち死にして、もういないそうだから『じゃぁお前が兵を率いて接収してこい』とは王弟も言えないだろう」


 もしそんなこと言われるなら領主も立場上困っただろう。だが領主の兵がいないのは、すでに織り込み済みだ。


「しかし、それでは王弟軍が来るのでは?」


 至極真っ当な推理だ。これまで難しい話と決めつけて参加してこなかった幼女たちも、さすがに不穏な言葉にフォークを止める。


「王弟軍の総数が約100人と言ったよね」

「ええ、大体ですがそれくらいです」


 竹村も初めに聞いた時は驚いた。いくら何でも少なすぎるだろう、という話だ。

 だがその後にタキシン王国の人口を聞いて納得した。タキシン王国の人口は約7万人だそうだ。

 日本の自衛隊は約30万人。人口の約0.2%に当たる。7万人の0.2%なら王子派王弟派合わせて140。戦時中という事をを考慮して、多く見積もって200。ありえない数字ではない。

 ちなみ我々の世界ではドミニカ国が人口約7万人だが、ドミニカ国には国軍はなく、300人規模のイギリス連邦ドミニカ国警察隊が代わりをしているそうだ。


「まーつまり、全軍で100名。しかも戦争中だ。こんな田舎に差し向けられる数はたかが知れてるだろ。やってくるのが数人の兵隊なら、やりようはある」


 しかも聞く限りでは近代化されていないのだ。未だに剣や槍で戦っているという。中世かよ。中世だって火縄銃あったよ。それが竹村の感想だった。


「数人だったらタケムナがやっつけるよ」


 暗い空気を払拭しようと、エリナがすかさず声を上げる。幼女たちはよほど竹村を信頼しているのか、一様にほっとした顔で食事に戻った。

 それにしてもエリナは前も同じように言っていた。軍事経験も武道経験も全くない竹村には、ちょっと困った期待であった。



 昼食後、行商人を見送りに出ると、行商人が馬車から何かを取り出した。


「さしあたってこんな物を持ってきてみました。使ってください」


 王弟軍襲来に向けての差し入れのようだ。

 それは一振りの両刃の長剣(ロングソード)とクロスボウ1式だった。


「おい物騒だな」

「でも、イザとなれば必要ですよ」

「かもな」


 一瞬その物々しさに眉をしかめたが、幼女たちを守るには確かに必要かもしれない。竹村はまだ残っていたロードバイクの代金から、武器の代金を支払った。


「他にも何かあれば言ってください。前院長にもお世話になりましたから。命賭けない程度にはお手伝いします」


 行商人はそう言って車を引く馬にムチを入れた。



 午後、3才児トリオとハンナが揃ってお昼寝している隙に、せっかく購入した武具を少し試してみようと、竹村は孤児院裏手の畑までやって来た。


「うーん、剣ってどう握るんだ?」


 竹刀も木刀も振ったことない竹村だ。当然、剣の正式な持ち方など知らない。ひとまず野球のバットと同じように柄を握り、有名な野球選手の構えを真似てみる。


「おー、たけにーかっこいい」


 わずかに拍手が起こった。

 一人で来たつもりだった竹村は、眉根を寄せて振り向く。そこには小さな手を一生懸命叩いて竹村を称える狸耳のユッタがいた。


「タケ、こっちは?」


 さらに別の声がするので、そちらを見れば、クロスボウの入った木箱を覗きこむカトリとアイラがいた。

 竹村は自分の額をパチンと叩いて空を仰ぐ。心情をあえて言葉にすると「あちゃー」である。


「あー、君たち。危ないから帰りたまえ」

「大丈夫です。子供じゃありませんから」


 アイラはツンとそっぽを向きながらそう答える。その態度がいかにも子供らしくて、竹村は微笑んだ。うちの幼女はかわいいなぁ。


「タケ、これどうやってつかうの?」


 竹村がデレっとしている隙に、カトリがクロスボウを持ち上げる。焦る竹村。武器などはあちこちが尖っていて、間違えればすぐに怪我をしてしまう。幼女のぷにぷにな柔肌を傷つけるなど言語道断だ。

 何より、幼女に人を傷つける道具など持ってほしくなかった故の焦りだった。


 クロスボウとは別名ボウガンとも言い、弓矢を銃器のように簡単に扱えるよう改良した兵器だ。威力を上げるため弦が固く、引き上げには相当な力を要する。その為、今回譲ってもらったクロスボウには、簡単に引くことが出来る『巻上機』という機構が備わっている。

 つまり、重いのだ。幼女が簡単に扱えるシロモノではなかった。


「いや、それマジで危ないから…」


 言いかけた途端、カトリがよろめいた。竹村の焦りは急上昇だ。

 先ほど試しに弦を巻き上げ、矢を装着してある。矢は尖っているし、ピンと張られた弦はそれだけで鋭利だ。

 だが、本当に危ないのは竹村の方だった。

 よろめいたカトリが図らずもトリガーに触れた。


 ヒュバッ


 鋭い音を立てて発射された高速の矢は、竹村の頬横2センチメートルを通りすぎる。

 矢は、彼の背後にあった畑でたわわに実ったトマトを何個か打ち抜き、破壊した。


「ご、ごめんタケ!」


 クロスボウを放り出し、カトリは慌てて竹村に駆け寄り、膝、腿を踏み台にするように素早く竹村の体によじ登った。


「ケガしてない?」


 心配そうに竹村の頬を覗き込み、傷ひとつついてないことを確認してカトリはほーっとため息を付いた。

 少し離れた位置で立っていたアイラも、成り行きに身を硬直させながらも最後にはホッとして、そして地面に落とされたクロスボウを見つめた。

 ユッタは危険を理解していないようで、今度はカトリに賞賛の拍手を送っている。


 それにしても、と、竹村は思案する。

 普段、絨毯区画で繰り広げられる竹村登りには参加しないのに、カトリは一番上手なアルピニストかも知れない。うーん、ウチの幼女たちったら天才だらけ。


「ごめんねタケ」


 カトリは竹村に抱き着いたまま、彼の胸に顔をうずめた。

 それにしても、竹村は再び思案する。

 クロスボウ、コイツはたいそう危険だ。危険すぎる。

 竹村の心にはその危険性だけが、深く刻まれる結果となり、結果、折を見て握るのは両刃の長剣(ロングソード)だけとなった。



 それから3ヶ月、秋が深まる頃まで王弟軍はやって来なかった。

 そして竹村の剣術はいつまで経っても様にはならなかった。

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