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10_対領主決戦

 その日がやって来た。本日はこの孤児院に領主様をお招きする特別な日だ。竹村の言うところの『決戦日』でもある。

 孤児院一同が最終ミーティングの為に食堂へ集まる。


「アイラ、エリナ、イリス。料理はできているかい?」

「もちろんです」

「まかせて、バッチリよ」

「できまちた」


 黒髪が美しいお姉さん幼女アイラ、エルフ耳で金髪ツインテールのエリナ、大きな眼鏡をクイっと直しながらはにかむイリスが得意気に答える。孤児院のシェフたちだ。


「ハンナ、ユッタ、カトリ。飾り付けと衣装はどうだ」

「ん!」

「できてるー」

「かんぺき」


 いつも元気な犬耳のハンナ、おっとりしていても意外と機敏な狸耳のユッタ、手先が器用で人見知りの狐耳のカトリが答える。

 食堂内を見回せば、いつも以上に磨き上げられた床や、詰んできたばかりの野花で彩られていた。

 竹村は満足そうに頷き、最後に3才児トリオに目を向ける。

 いつも甘えん坊のマリカ、引っ込み思案で臆病なうさ耳リンネ、感情が薄そうな猫耳ミルカが、今日はどれもやる気の表情だ。


「マリカ、リンネ、ミルカ。頼むぞ、お前たちが要だ」

「マリカやるお!」

「リ、リンネもやります」

「にー」


 3人はお揃いで水色のスモックを着ている。竹村がデザインを伝え、カトリが縫ったものだ。4才児の製作にしては飛び抜けて出来がいい。

 完成時に竹村は「うちの娘、たぶん天才」とカトリを何度も抱き上げた。

 さて、これで準備は整った。もうじきあのふくよかな領主が来る頃だ。

 そう思い、一同が揃って孤児院の正面大扉に目を向けると、ちょうど外で馬車の音が聞こえた。



「本日は突然の招きに応じて頂き、誠にありがとうございます」


 早速玄関に出た竹村は、慇懃な深いお辞儀で出迎える。行商人の簡素な馬車から慎重に降りてホッとしていた太った領主は、一瞬ビクッとしてから体面を保つようにことさら大仰に身体を逸らした。


「う、うむ、今日はチグサ…殿が馳走してくれるというのでな。忙しい身であるが来てやったぞ」


 本人は威厳なる態度のつもりだろうが、竹村に対する警戒や怯えが、態度のそこかしこに散見している。御者を努めてくれた行商人は、領主の見えないところで失笑に肩をすくめる。


「さぁ立ち話もなんです。どうぞお入りください」


 竹村は満面の営業スマイルで怯む領主を、孤児院の玄関から招き入れた。


 食堂のテーブルへ案内された領主の元に、アイラがトマトときゅうりのチーズ添えを運ぶ。いつもの素材に少しだけ贅沢した材料を加えている。


「前菜です。どうぞ」


 料理もさることながら、今日の幼女たちはいつもにましておめかしさせている。ロードバイクがことの他高く売れたので、目的以外にもそれなりに残った。今日の衣装代も素材代もそこから出している。

 お陰で元々髪が美しいアイラは、令嬢とまではいかなくとも、町一番の娘くらいには見えた。

 領主は料理そっちのけで、アイラを頭から爪先まで舐めるように眺め、ほうとため息をつくが、竹村の視線に気づいてすぐ咳払いする。

 アイラは皿を置くと逃げるように台所へ引き返した。その後の給仕交代してもらったようで、物怖じしないエリナが次々に料理を運んだ。


「な、なかなか美味そうな料理ですな」


 誤魔化すように言うが、言葉自体は嘘では無いようだ。食べる表情が綻んでいる。領主といえども、内戦中ではさほど贅沢もできないのだろう。


「すべて孤児院の幼女の手によるものです」

「そうか、うむ」


 エリナの太陽のような接客スマイルに、ぎこちない笑顔を返しながら頷く領主だが、ぎこちないのは慣れていないだけのようで、竹村から見ればその鼻は少し伸びている。

 スープ、メインと皿が続き、最後にデザートとして給されるのは搾りたてのトマトジュースだ。

 給仕は眼鏡が少しずり下がったイリスだった。


 ジュースが7割ほど注がれたお客様用の木のコップを、両手でそろりそろりと運ぶ。大人ならなんてことない動作だが、幼女にとっては中々の大作業だ。なにせこぼすまい、と思うほど緊張して震えてしまう。

 イリスは運ぶ先よりコップに集中し、一歩一歩ゆっくりと進む。竹村は心の中で「がんばれ、がんばれ!」と叫んだ。

 いよいよテーブル目前まで到着。イリスはふうと、安堵の溜息を付く。台所からその様子をこっそり伺っていたカトリは、小さな手で音が出ないように賞賛の拍手を送った。

 だがここでイリスはさらなる難関に気づく。

 テーブルにコップを載せるには、彼女の背は低すぎたのだ。

 いつもの食事での給仕では、アイラやエリナが一緒で、イリスの運んだお盆から彼女たちがテーブルへと並べてくれた。

 しかし今、この仕事は彼女だけに任されたものだった。

 一同のハラハラした視線がイリスに集まる。竹村たちだけでなく、その中には領主の視線も含まれていた。

 イリスはこのピンチに必死に思考を巡らせる。背伸びすればもちろん届くが、はたしてコップの中身を傾けずに背伸びできるのだろうか。

 無理。イリスは涙が出そうな瞳で竹村を探した。


 竹村は「なぜ俺はビデオカメラを持っていないのか」と、イリスとはぜんぜん違う意味で涙をこらえながら、テーブルをぐるっと迂回する。


「いくよ」


 イリスにだけ聞こえる声で囁き、竹村は彼女をゆっくりと抱き上げる。これでコップを持つ手はテーブルと同じ高さになった。後は乗せるだけだ。

 テーブルにコップが無事に乗ると、領主を含めた各々の安堵の溜息が食堂を包む。

 その後は自然と拍手が起こった。遠慮がちに音を小さくしたような指先だけの拍手だったが、それはカトリだけではなく、同じ台所から顔をのぞかせた、孤児院の面々に因るものだった。

 イリスを床におろした竹村も、給仕を受けた領主も、玄関先からエリナからお茶をもらって様子をうかがっていた行商人も、それに倣って小さな拍手を送る。

 イリスは恥ずかしそうに俯きながらも、もじもじとはにかみながら一つお辞儀をして台所へと駆けこむのだった。

 さっきまで竹村に怯えつつも、少しでも威厳を保とうとしていた領主の歪な表情は、いつの間にか少し優しい微笑みに変わっていた。


「幼女が手ずから絞ったトマトジュースです」

「ほ、ほう」



 デザートとお茶も終わるころには、領主の表情や態度も、すこし取っ付きやすく変わりつつあった。おかげでテーブルには手の空いた幼女たちが集まりだしている。

 カトリは未だ台所にいるが、物怖じしないエリナやハンナ、ユッタなんかはまだ竹村の回りから離れずに、ではあるが、それでも領主に他愛もない話を投げかけた。

 さて図らずもイリスの一仕事で場は盛り上がった。

 さしずめ充分に前座が会場を温めたのと同じ状況だが、作戦はここからが大詰めだ。

 竹村は期は熟した、と、膝に乗っていたユッタを降ろして立ち上がる。


「さぁ、食事が終わりましたら、いよいよメインイベントです。ご注目!」


 大仰な動作でいつもの絨毯区画を指し示す。するとそこにはすでにマリカ、リンネ、ミルカと言った3才児トリオがすでにスタンバイしていた。

 横列で等間隔に並び、「気おつけ」の姿勢。眉尻をキリリと上げ、どの表情もやる気に満ちている。お揃いの水色スモックがまた、かわいい。

 そしてこれもまたいつの間にか、絨毯の区画横に小さなオルガンが置かれ、アイラがその前に着席している。


「おお、これは?」


 何が始まるのか、と領主は目を瞬かせるが、竹村は無言で頷いた。

 それが合図とばかりに、アイラがぶんちゃぶんちゃと、前置きを述べるかのようにオルガンを鳴らす。水色スモックの幼女3人は、リズムに合わせて肩を揺らした。

 演奏が始まる。と、同時にマリカたちの両手がバッと上がり、3人の歌とともに動き出す。


「てんこーてんこーれーろーすたーはーあいあんだーあっちゅーわー」


 つまりよく幼稚園で園児たちにより上演されるお遊戯である。

 竹村はゆっくりと厳かに床へと寝転ぶと、勢い良く転がりだした。もうもうもうもう、うちの娘たち、超天使。いやもう女神。

 まだ練習不足のこともあり、お遊戯の手足は3人バラバラで、歌声もまだ、とてもじゃないがハーモニーとは言えなかったが、それでも誰一人として目を逸らさない。

 竹村や幼女たちはもちろん、領主も行商人も胸の内からこみ上げる、温かくも愛しい感情に、その目尻を下げた。



 曲が終わり拍手が食堂を包み込み、やがて収束すると、一同は幸せの余韻に浸るようにほうとため息を付いた。

 そんな中、竹村は領主の背後に歩み寄り、背をバンバンと叩いた。


「どーよ、どーよ? うちの娘、最高だろ? 幼女最高だろ?」


 まだ興奮冷めやらぬ様子で上気する領主はふんふんと勢い良く頷き、竹村とそのふくよかな手で何度も握手を交わす。


「この天使たちの住処を奪うなんて、悪魔の所業だぜ。そうは思わないか?」


 作戦の成功を確信した竹村は、早速本題をぶつける。途端に、領主の表情は現状を思い出して気まずそうに目をそらした。

 それでもこれは竹村の想定の範囲だ。幼女たちの戦いはここまでで、ここからは竹村の戦いだ。


「そりゃ、わかるよ。この娘たちの素晴らしさはよくわかったよ。でも現実問題として、王弟軍に逆らうなんて…」


 彼は貴族だ。貴族とは、王に従い領地を認められた者たちのことだ。その貴族が王に逆らうということは、王家と戦争するということにつながる。

 今回の相手は王ではなく王弟だが、それでも内乱勢力の一端で、ここからは陣も近い。逆らうには相手が大きすぎるのだ。


「そ、そうだ。ここを存続させるのは無理だけど、みんなでうちの屋敷にくればいい。全員僕の妾にしてあげるよ。全員、僕のお嫁さんだ!」


 名案とばかりに領主がパッと明るくなる。竹村はそのセリフにやはりな、と口元を歪めた。

 コイツは幼児性愛者の気がある、と竹村は踏んでいた。

 まだ自覚は無いようだったが、幼女のかわいさを存分に見せつければ、必然的に目覚めるだろう、そう予測していたのだ。

 今の台詞は、まさにその考えが証明された瞬間といえよう。

 だが、竹村は心を鬼にして、今後の性活に夢を馳せる領主の、贅肉で膨らんだ頬を思い切り張り付けた。

 予想もしなかった攻撃に、張り手の勢い以上に転がりコケた領主は、床に横座りの状態で、ジンジンと熱くなる頬を抑える。その瞳は涙で滲んでいた。


「な、何をするんだ」


 パニックから頭がやっと回転し始め、領主は恨みがましい目で仁王立ちの竹村を見る。だが竹村の表情は鬼の如き形相で、領主は一瞬で言葉を失った。


「イエス・ロリータ・ノー・タッチ!」


 竹村が胸の前で腕を組んで叫ぶ。幼女たちも領主も行商人も、訳がわからず一瞬にして目を点にした。


「イエス・ロリータ・ノー・タッチ! 繰り返す!」


 さながら新兵を鍛える為にやって来た先任軍曹のようだ。


「イエス、え? なにこれ」


 困惑気味の領主に、竹村は詰め寄り、その胸ぐらをつかむ。

「イエス・ロリータ・ノー・タッチ。俺の国の言葉だ。幼児性愛者への戒めだ」

「なっ!」


 領主激昂。幼児性愛者などといえば、どこの国でも変態扱いである。未だ自覚が曖昧だった領主にとって、それは紛れもない中傷に聞こえた。

 だが竹村の言葉は止まらない。


「いいか、幼女に向けられるべき正しい愛は性愛じゃねえ、父性愛だ」


 それならわかる。今、この心に沸き上がっている幼女への熱は、幼児性愛なんかじゃない。きっと父性愛だ。

 領主に目覚めかけた幼児性愛者としての感情が、理性の名のもとで否定を始める。誰の心にも備わる、自己弁護機能だ。誰も自分は変態ではないと思いたいのだ。


「ふ、父性愛か」


 領主は納得気味に頷いた。もう頬を叩かれたことすら忘れかけている。竹村は眼光をキラリと振りまき、追い打ちを掛けるように叫んだ。


「そうだ、うちの娘はかわいい。繰り返す!」

「う、うちの娘はかわいい」


 もうここまでくれば一種の洗脳だ。竹村の強い言葉に、領主は素直に繰り返す。


「よおしいいぞ、もう一回。大きな声で」

「うちの娘はかわいい!」


 領主と竹村の大きな心の叫びが、食堂に響き、そして領主の心を揺さぶった。


「その調子だ。これを身に付けてこそ、幼女は愛に答えてくれる」

「おおお、眼から、眼から鱗だ」


 何が何だか分からないが、それでも領主は感動に涙を滝のように流した。もう彼が孤児院を奪おうなどとは言い出さない、竹村はそう確信して深く頷いた。

 一同は予めおおまかな話を聞いていたが、それでもこの光景に唖然とせざるをえなかった。


「なんだこれ」


 行商人は苦笑いとともにつぶやいた。

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