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少女は境目で男と会う

誰もいない喫茶店も珍しい。

正確には私がいる時点で誰もいないということにはならないのだが。

晴天すぎた空から逃げるように入った、行きつけの喫茶店。午前で外は晴天だというのにこの店は窓の装飾の隙間から入る少しの明かりしか入ってこない。

静かな空間に流れるジャズミュージックは観客が一人しかいない中でも嫌がることなく、まるで自分には関係がないといったようにマイペースに流れている。使い込まれたわけでもないテーブルにはアイスティーが置かれそれを眺めているのは紛れもなく私だ。

それにこのアイスティーも私が用意したものなのだ。


初めて来た時は驚いたものだ。

カウンターには優雅に読書タイムを決め込んでいる一人の女の子が座っていて、ここは全てセルフサービスなんですよ、なんて言うのだから。

最初は言葉の意味を理解するのに苦労した。

案内をしてくれる自動人形もいなければ、かといってカウンターには店長や店員と言えるべき人もいなかった。

いるのはカウンターで静かに本をめくる少女だけ。

この子は自動人形か、それとも人の子か、そんな疑問が頭をよぎった。

少なくとも自動人形ならもっと気の利いたことを言ってくれるのではないだろうか。

そう考えると人の子ということになる。

今時人の子の、それも少女が外に出歩くのも珍しい。

素直に感心してしまった。

それもそうだ、今この街で出歩く少女は愚か、女性を見ることはめっきりなくなった。


人が地球に暮らして、年号というものがはっきりされてから2036年経った今地球の街ではほぼ例外なく男しか見なくなった。

女性という生き物が存在しなくなったのではない。

単純なことだ、希少になったのだ。

今も昔も動物や虫はメスを奪い合っている。

そのため、街にでれば女性は奪い合いの抗争に巻き込まれた挙句ボロ雑巾のように捨てられる未来が手に取るようにわかっている街の中を誰が歩くだろうか。

まぁ、それを楽しむ人もいるようだが大半の人間は家に籠るだろう。


少なくとも20年前、それまではこんなこともなかった。食料もエネルギーも、ありとあらゆる物が不足しており、金銭での売買を主とした社会構造。外に出歩くのもなんの遠慮もいらずに、女性もたくさんいた。

彼らは青春と呼ばれる時間を謳歌し、小鳥とともに鼻歌まで歌っていたかもしれない。

少なくとも、今とは大違いだ。


食料問題は、全て機械の発達により全自動フル稼働土地の確保も充分できた今心配する必用もなくなった。どんな食品にも加工可能な炭水化物。足りない分は味のついたお薬が練りこまれて栄養満点。味だって無限に可能性があるなんて言われたらもう食料問題で悩む人も馬鹿らしくなってくるだろう。しかも、それは無限に確保できる体制が整っているなんて言われたらもうそりゃ言うことなんて少なくとも私にはありませんよ。

エネルギーだってそう。どこかの誰かさんが頑張ってえんやこらと無限に使える電池を開発してくれました。そこからはご想像通り、他の人がそれを基盤にエネルギーをばら撒いた。無限なんですもの、そりゃあねぇ。

そこからは簡単、全ての分野が発達して人々は生活に不自由を覚えることはなくなりました。めでたしめでたし、って具合にはいかなかったんですね。


不自由はなくなりました。えぇ、そりゃあもう。全て揃ってるし、買い物は自動人形ロボットが行ってくれるし外に出る必要もない。


なら人はなぜ外に出るのでしょうね?

全てが揃っているのに。

簡単です、全て揃っているようにみえて全て揃っていないだけの話なのです。

人の生活に必要な部品は揃えられましたが、人の生活に必要な欲求は揃えられなかったわけです。


欲求だけが残った世界。

あとは言う必要はありませんね。

人の暴徒化、ストレスの捌け口を求める人々。

まぁ、今のご時世様々です。


そんな限られた娯楽の中、今では自動人形しかいない喫茶店を目指して歩いていたら気になる路地を発見。

試しに入ってみたら特に何もなくて、なぁんだ元来た道帰ろうかなと回れ右した時に横に見えたのがこの喫茶店。


どれだけ歩いたかも覚えてないし、目印も特にない。

見た目だけみれば廃墟一歩手前。でもドアにはオープンの看板。まぁ、ようするに気になったわけです。そしてドアを開いたら、謎の少女とご対面。今思えば、運命というものだったのかもしれません。


謎の少女に、ここは全てセルフサービスなんですよなんて言われて、つい聞いてしまいました。


「君はこの店の自動人形ではないのかい?」

少女は嫌がる素振りもなにもみせずに

「違いますよ。」

と答えてくれた。言ってしまった後で気がついても遅いのですが、とても失礼なことを聞いてしまいました。初めて出会った男に、そうこの時代の男に人間かどうか確認されたのです。あわてて失態に気がついた私は少女に謝罪しました。

「すまない。失礼なことを聞いてしまった、謝罪するよ。」

すると少女はまったく気にしていないような素振りで

「大丈夫ですよ、ご心配なさらず。」

と言ってくれました。今時珍しい子だ、普通なら叫びながら逃げていくところなのに。少なくとも私が逆の立場ならそうする。

ともかく立ちっぱなしは嫌だった、ここに来るまで自分ではわかっていなかったが相当歩いていたらしい。足が相当疲れているのを感じました。

「君はここの客かい?先ほどセルフサービスと言っていたが、恥ずかしながらどうしたらいいのか私にはさっぱりだ、よろしければ教えてはもらえないだろうか?」

とにかく座りたい、そして乾いた喉を潤したいという一心で少女に尋ねてみた。

「そこに、私の目の前にあるカウンターの裏側に機材も材料も揃ってますから、勝手に入れて勝手に過ごしてください。」

少女は本に視線を落としながらも答えてくれた。

なるほど、言った通りだと私は思いました。冷蔵庫には氷が入っており、コーヒーサーバーも、紅茶の葉っぱもカウンターの裏側に綺麗に並べられていました。

これなら私にもできるかなと思い、氷をコップに適当にぶち込み紅茶をコップに注いでついでにレモン味のサプリメントを一つ溶かして適当な席に着きました。

やっと一息つけると思い、アイスティーを一口含み天井をだらしなく見上げると一つの疑問がまた頭をよぎりました。


店内には私と少女の二人きり。

その、なんというか怖くないのかな、と。

普通の男と言っては失礼かもしれませんけど、この時代の男性ならまぁ大半の人は間違いなく襲ってるんじゃないかなと。いや、私も男性なんですけどね。

そう思い彼女の横顔をなんとなく見つめてしまいました。

上手に手入れされた黒い髪は照明に反射してより一層美しさを際立たせ、顔は細く、足も長い。スリムな体型に合わせた清楚な格好。目は大きく鼻は高く口はそこまで大きくなく、シュッとした輪郭。

うん、街の男が放っておくとは思えません。

いやだから、私も街の男なんですがね。

ということは、そういうのがお好きな人なのかななんて自分の中で勝手に思ってしまったら聞かずにはいられませんでした。やっぱり気になりますよね、完全に野次馬根性丸出しですが、そこは置いておきましょう。棚にあげるとも言うかもしれません。


「失礼なことを聞いてもいいだろうか。」

少女に言葉を投げかけました。おそらく会話のキャッチボールというものがあるのなら、完全に豪速球ストレートで相手にぶつけにいってると思います。

「失礼だとわかってて聞くんですか?」

ほら、まぁそうなりますよね。知ってました、質問に質問で返すなというのは鉄則ですが、今回は普通に私が悪いのでそれはスルー。もう聞いちゃいます。やったもん勝ち、やったもん勝ち、心に罪悪感はありますが、心のしこりを残すよりはマシです。

「この喫茶店も私と君だけだ、その、怖くはないのか?私は見ての通り男だろう、それとも君はなんというかそういうのが好きな人なのかな。」

「私の予想してた失礼の斜め上を行くほど失礼なことですね、ほんと。」

「だから最初にちゃんと言ったじゃないか、失礼なことだって。」

「言えばいいって、ものでもないでしょう。」

はい、まったくもってその通りです。

仕方ないじゃないですか、ねぇ。

気になっちゃったんですから。

「答えたくないかい?」

「答えたい人なんていないと思いますけど、まぁいいです。」

少女はため息をつきながら答えてくれた。

「私はそんな趣味ありません。だいたいここにくるのも、近所に住んでるからすぐ店に入れるし、普段はここに人なんて来ませんから。よりにもよって男の人がくるなんて、思いもしませんでした。私をこれから襲うつもりですか?それなら逃げる準備をしなきゃいけないんですけど。」

少女は目をしかめながらこちらに顔を向けた。

私は思わずそれを見て思わず、笑ってしまいました。

女性と話すことなんてほとんどないのに、不思議なものだと。この子には話しやすい雰囲気が流れていて、そして、決して汚してはならないと、まるで神にでも定められているような気分にさえなりました。

「心配しなくていいよ、私は君を襲わないよ。それにどうもそういうのは苦手でね。私も今のご時世周りに比べたら異常なのかもしれないが、まぁ警戒するのはいいことだ、そのまま警戒しながら私の問いに答えてくれればいいよ。」

「まだ、あるんですか?」

少女は鬱陶しそうに私を見てきた。

いい加減静かな時を過ごしたいようだ。

「うん、まだある。」

それでも私には聞かなければならないことがあった。

気がつきたくもなかったが、気がついてしまったのだから仕方ありません。それなら、聞かねばなるまい。私の心にしこりを残す訳にはいかないのだ。


少女の訝しげな視線を受けながら私はゆっくり口を開く。そして、はっきりと聞くのだ。


「お嬢さん、あんたは今生きているのかい?」

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