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プロローグ

 人が生きていくのに何が大切かって、それってやっぱ愛でしょう。愛があれば、どんな辛さも悲しさも、大抵、エイヤッと隅っこの方にほっぽらかして、笑ってやっていけるじゃない。

 えっ、分かんないって? そもそも愛って何だって? えーと、それは、うーんと、えっと、ああダメダメ。そんなに難しく考えちゃあダメなんだよ、愛ってやつは。だって、みんな、そう言ってるもん。カラオケ行っても、そんな歌ばかりだもん。


 なに? 考えることから逃げているって? もう、どうしてそんなこと言うのかなあ。せっかく元気づけてあげようとしているのにさ。

 はあ? 余計なお世話って、ちょっと、そんなこと言うなら、最初から呼ばないでよね。あなたが泣いて助けてって言うから、飛んで来たのにさ。

 私、あなたのそーゆーとこ嫌い。ちょっとした傷でも、自分でどんどん広げていって、自分が一番醜いんだって、人の同情集めようとするでしょう。きっと彼も、あなたのそーゆーとこがいい加減イヤになったんじゃない。

 て、ゴメン。ちょっと言い過ぎた。私、自分のこーゆーとこ嫌い。もしも生まれ変われたら、もっと素直な良い子になりたい。


 あのさ、さっきの話だけど。ほら、愛っていったい何だって話。私はやっぱ、愛って好きってことだと思うんだ。大切なのは自分の気持ち。愛されるよりも愛したいって言うじゃない。たとえ男に振られたって、自分の気持ちが確かなら、まだその人のことを好きって思っていても良いんだよ。そうじゃなければ、別の誰かを好きになっても良いんだって。

 それって全然哀しいことでも不誠実なことでもないんだよ。だって、今までだって、いろんな人と出会って、好きになってきたじゃない。いろんな好きがあったじゃない。


 そりゃあ、だからと言って、同時にいろんな人を好きになっちゃあ、男女の仲はマズイけど、彼もそれが分かっていたから、あなたじゃない、別の女を選んだわけなんだろうけど、とにかく今やあなたは晴れてフリーの身。そう、自由。

 愛は自由だって、何かロックっぽくてカッコいいね。そーいや、JPOPの歌詞っていつも「あなただけを」とか「君だけを」とかって、何か息苦しいよね。息苦しくって生き苦しい。自由って感じがしないじゃない。てことは、ロックとポップスで歌ってる愛って別モノってことかしら? まあ、どっちでもいっか。どーせ、こんなのただの思い付きだしね。愛は自由って、ロックっぽいなと思っただけで、ホントは英語の歌詞なんて意味分かんないし、JPOPだって歌詞の意味を考えなければ、みんなでカラオケ言ってノリノリ歌う分には別に嫌いじゃないからね。


 あれ? いったい何の話だったっけ? そーそー、愛は好きってことで、自由ってこと。だからさ、これからだって、きっと好い人見つかるって。だって、あなた、まだ若いんだし、可愛いし。

えっ、なになに、喋り方が結婚相談所のおばさんみたいだって。もう、また思い付きでそんなこと言って。結婚相談所なんて行ったことないくせにさ。

 ふふふ、でも、やっと少しだけ笑えるようになったよね。って、言ってるそばから、またそんな暗い顔しない。こんなときだからこそ笑っておかないと、後で笑い方を忘れちゃうかもしれないからね。人に見せるため以外の笑顔って、とても大切。人前では愛想良く笑って明るい性格だって思われてる子が、一人でいると能面ヅラっていうのも何か不気味な感じでしょ。


 あ、でも、今こんなこと言っちゃったら、私がここに居ること意識しちゃって、逆に笑いにくくなっちゃうよね。うーん、その、さっきの笑顔はさ、別に私に見せるための笑顔じゃなかったでしょ。お腹ぴくぴくしてたもの。あの笑い方を忘れないようにしてさ、今度一人のときにやってみなよ。

 うん? そんなアリガトだなんて大げさな。ただ、あなたがいつまでも暗い顔をしていると、一緒にいるコッチまでうつっちゃいそうだから。だから早く元気にって、あれ? ほら、私泣いている。変なの、何だか急に、お腹が空いたみたいに、あれ、おかしいな。なんで私が泣いてるの?


 あ、やっぱり、ほら、あなたが泣いているじゃない。あなたが泣くから、私も泣く。お腹がひくひく動いて、胸の辺りまで哀しい気持ちを押し上げる。

 ああ、たぶん、私、気が付いちゃったんだ。あなたが抱えているものを、私も抱えているんだって。いや、ちょっとだけ違うかな。あなたが持ってないものを、私も持っていないんだ。


 ほら、さっきの話。愛って何だって話。愛は好きってことだって言ったけど、やっぱりそれだけじゃあ納得できないことがある。だって、私たちが語る愛って、もっぱら恋愛のことだもの。ロックで神聖な愛じゃなくて、ポップで人間的な愛だもの。でも、この国はロックとポップスの区別が曖昧なように、神の愛と人の愛がごっちゃになって、歌詞は息苦しいし、愛って何だって疑問に、誰もが納得のいく答えを出せる人なんていない。

 ていうか別に、そんなこと考えようとも思わない。だって考え始めたら、今の私たちみたいに、思い悩んでキリがない。そんなふうにわざわざ悩みを増やさなくても、テレビでラジオでコンビニで、似たような歌を何曲も飽きずに聞かされて、台所やお風呂や、自転車に乗りながらでも口ずさんだり、カラオケ行って歌ったりしていれば、それで満足した気になれる。愛って何だって考えたこともないくせに、愛って何かを知った気になっている。


 だから、私たち本当の愛を知らなければならない。きっと、私たち、愛だと信じていたものを失って、本当の愛を欲しているのに、本当の愛って何なのか分からないから、不安で臆病になっているんだ。急に哀しくなったり、お腹がひくひく動いたりもする。


 きっと、お腹が愛を欲している。


 だったら、私たち、こんなところでじっとしてはいられない。あなたは考えなくちゃいけないなんて言うけれど、それにはまず材料が必要だ。どんな鉄人だって、何もないところから、美味しい料理は作れない。

 というわけで、味の素ならぬ、愛の素を探しに出掛けましょう。ね、ほら、せっかくの夏休み。あなたの名前にもある季節。

 

 さあさあ、着替えてお化粧、日焼け止めも忘れずに。それじゃあ、準備ができたら行きましょう。


 向日葵は太陽よりも美しい。

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