再会
桜の咲き乱れる近所の公園では、毎年恒例の春祭りが開催される。今年も様々出店が立ち並び、子供連れの夫婦や若いカップルで賑わっている。
そして店を取り囲むように、桜が所狭しと植えられている。どの桜の下にもシートが敷かれ、花見客で一杯だ。
しかしその公園でも一際目立つ大きな桜の木には、何故か人が集まらない。何よりも多く花を付け、何よりも桜よりも華やかだというのに。
だから今年も彼女は、この桜の木の下で彼に逢うことができる。
ここからの眺めは素晴らしい。絡み合う花の隙間から射す青空。新鮮な緑の両手を広げる草たち。どこか華やいだ雑踏。その全てを見渡すことができる。
去年に彼とここで逢ったのは、紛れもなく偶然の産物で、約十年ぶりの邂逅だった。最後に逢ったのは高校の卒業式。彼に抱いていた淡い恋心も、伝えられず仕舞いだった。
彼はスーツをかっちりと着こなしていたが、少しばかり疲れた顔をしていた。また逢えるとは思っていなかったから、去年は彼と夢中で話をした。
十年ぶりの会話はどこかぎこちなかったが、時間が経つにつれて慣れ、最後には笑いが絶えないものとなった。
暫くして、彼との別れの時間が来てしまった。どうやら彼が勤めている会社の花見で来ていて、ここを通りかかった時に彼女を見つけたらしい。
別れの間際に、来年またここで二人で逢うことを約束した。寂しかったが、次もあることが分かっているから笑顔で送り出すことができた。
そして、待ちに待ったこの日が来たのだ。
そろそろ彼の来る時間ではないかと考えていると、離れたところから見憶えのある顔が徐々に近付いてきている。
彼だ、と確信した時には、既に目の前に彼が立っていた。
今年はスーツではなく、着慣れたように見える私服だった。清潔そうな白いワイシャツに、薄手のブルーグリーンのカーディガン。そのボタンはきちんと閉められまた、黒いネクタイも巻かれていた。
「遅くなってごめんね」
と彼は両手を合わせて云った。
彼女は、そんなことないよ、と首を振る。
このやり取りが毎年続けばいいのに、と彼女は思った。
二人は再開を喜び合い、去年のように昔話に花を咲かせた。しかし今彼女は、彼の現在の話に耳を傾けている。
彼は高校卒業後に大学に入り、最終的に大手企業に就職した。職場の上司は仕事のことになると厳しいが、一日の勤務が終わると人が変わったように優しくなるという。そしてそこは同期、上司共に仲が良い。世の中では珍しい部類に入る職場らしい。
彼女は彼の話を夢中になって聞いた。自分の知らない世界がそこにはあったからだ。仕事の辛さ、楽しさを語る彼が、無性に羨ましくもなった。
時計の針は残酷だ。無慈悲に西に傾く太陽も限りなく残忍だ。
二人の再会を慮ることもなく、時間は無惨に過ぎてゆく。気が付けば夕陽が燃え、辺りを朱く照らしていた。
「もうすぐ、一日が終わるね」
と、彼は口を開く。
彼女が頷くと、彼は口を閉ざした。山に隠れゆく太陽をただ見守る二人を、昏い闇と静寂が襲った。
いつの間にか、あれ程賑わっていたこの公園から人が消え、二人だけになっていた。
夜桜の為に用意されている電灯は、どうやら今年は二人だけのものらしい。
濃淡な闇に、ぼんやりと桜の花弁が映り込む。昼の桜は淑女、夜のそれは怪しく妖艶だ。二面性の美しさを持つ桜に、彼女はそんな印象を抱いた。
彼が腕時計を仕切りに覗く仕草が目立つようになった。もうすぐ、別れの時間が訪れるのだろう。
そう、彼にはきちんと明日がある。会社に行き、働いてお金を得るという使命があるのだ。
だから彼女は、彼に帰るように促した。彼は僅かばかり淋しげな瞳でこちらを見つめ、「ごめん」と謝って彼女に背を向けた。そして振り向き、
「来年も絶対に来るよ」
と云ってから、夜風の冷たい闇の中へと去っていった。
あれから三年が経つ。去年と同じく、彼女は今年も一人で桜を眺めることになりそうだ。
三年前のあの日を境に、彼はここに来ることがなくなった。それは刃に似た、鋭利な現実を突き付けられた感覚だった。
この桜が落ちたら、もう諦めよう。彼女はそう思い、今年も綺麗に咲いた桜を見上げる。桜は短命故、美しく見えるのだろう。これが年中咲いているものだとしたら、こんなにも持て囃されない。
急に、一人が寂しくなった。もう何年も前から一人だったというのに。彼の所為で、慣れ始めた孤独が恐ろしく感じるようになった。どうせならば、彼を見つけなければよかった。と、後悔の念に駆られた。
桜に残った最後の花弁が散り、彼女が一人を選んだ刹那。大きな腕が彼女を包んだ。驚いて振り向くと彼が、大きく見開かれた瞳を見つめて笑った。