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船底の絶望


木から木へ。

枝から枝へ。

あたしはさわさわと葉を躍らせる木々の上を飛び回っていた。

夜の山は普段暗いけれど、今日だけは別だった。

今夜は満月。

日中ほどではないけれど、眩いほどの月明かりが森を照らしている。

あたしはこういう夜が大好きだ。

虫達は自分こそが、と羽音を鳴らし、好き勝手に歌い飛び回る。

普段は恐いミミズクも今日は溢れる獲物を追うのに手一杯。

満月の夜は皆が元気であたしも楽しくなる。

...この間見かけた葡萄、そろそろ食べ頃かな?

そういえば毎年この時期になると柿も丸々太って甘くなるはず。

たまにはサルを出し抜いて小桑の食べ歩きとかいいかもしれない。

そんなことを考えながら、あたしはまた次の足場へと飛び移る。

木から木へ。

枝から枝へ。

...

でも、どうしてこんなに楽しいのだろう?


どうして今さらこんな楽しい夢を見てしまうのだろう?


これは夢。

そう分かってしまった途端、あんなに明るかった森は何も見えなくなった。



クスンクスン。

すすり泣く声が聞こえる。

暗くて、狭くて、じめじめした場所。

夢から醒めたあたしが居るのはそういう場所だった。

あたしが居るのは大きな鳥籠の中。

さっきから聞こえる泣き声はきっと、周りの座敷牢の子達。

波に揺れる感覚と潮の臭いから、多分船の中なんだろうな、とだけ分かっていた。

クスンクスン。

もう一週間以上前から小さな泣き声ばかり聞いている。

ここに入れられてそろそろ一ヶ月くらい経つのだろうか。

あたしも、周りの子供達もすでに叫ぶ力も残っていない。

多分、皆誘拐されたのだと思う。

大柄で恐い人間の男達に捕まったのはずいぶん前の事のように思えた。




ガハハハハ!

水夫らしい品の無い笑い声が聞こえた。

ガチャリガチャリと食器がぶつかる音。

トクトクと酒が注がれる音。

船の一室では男達が夜を満喫していた。


「やっと陸に上がれたんだ、我慢してた分の酒とごちそう片付けちまわねーとな!」


「おーおー、この街はメシがうまいらしいからなあ!この干し肉と塩漬け全部交換しちまおう」


「あとは女も仕入れておきてえなあ」


「一ヶ月もお預け喰ったんだあ、ちったあ楽しませてもらわねえとな」


ギラついた目をした男達はそれぞれ好き勝手に騒いでいた。

彼らは徹底した統制の下、機械より精確に動く軍人ではない。

夢と野望を胸にそれぞれが切磋琢磨する商人でもない。

波間に隠れ、思うままに暴れ、刹那的に暮らすその姿。

彼らを評するなら海賊と呼ぶのが相応しかった。


「いつもこうだとラクなんだけどよぉー」


「小せえガキどもに、例のお宝だけだもんなあ。へっ」


「うまく捌けたらしばらく遊んでいられるって、ダンナが言ってたなあ」


「明日が楽しみだぜえ」


喰い散らかし、飲み散らかし、男達の夜は更ける。




ギィィ

建てつけの悪い扉が開いた。

それまですすり泣いていた声が急に止み、一瞬息を呑む声だけが聞こえた。

ギシリ、ギシリ

重い身体を引きずるように歩いているのは水夫であるらしい男。


「へっ、今日はすぐに静かになるじゃねーかガキども」


ギシリ、ギシリ

汚れたカンテラを手に男は歩く。


「じきにオカに上げてやるからよぉ、高く買ってもらえるよう気をつけな」


ゲラゲラゲラ

くぐもった声で男は笑う。

男は誰も見ていない。

そこに人が居ると思っていない。

その男に言わせれば、そこにあるのは積荷だけだった。


そして誰も男を見ていなかった。

誰もその男と自分が同じ人間だと思っていなかった。

毛布にくるまって震える子が居た。

牢の隅にうずくまって涙を流す子が居た。

病気を患って動けない子も居た。

怖い。嫌だ。

自分達を脅かす化け物が居て、

ふとした時に病気を運ぶ湿気った空気が漂っていた。

そこはまさしくこの世の地獄だった。




ガラガラガラ

水夫の男が出て行く時、天井が少しだけ開かれた。

時々空気を入れ替えるため開かれる小さな窓だった。

カビの臭いは減るものの、じめじめした空気は変わらない。

ただ、いつもより明るい月明かりが入ってきた。

多分、今日は満月なんだろう。

なんとなく、あたしはそう思った。

夢にまで見たあの森の夜と同じ明るさだったから。

でも、だからこそ余計に苦しくなった。

ここはあの山じゃない。

ここはあの森じゃない。

牢の中では飛ぶこともできず、

自由を謳歌する虫も、餌を追い求める鳥の声も聞こえない。

いっそ死んでしまえれば、それも何度も思った。

けれど、それもできなかった。

じわじわ冷たくなる指先が、

ガンガンと痛む頭が死ぬことを苦しい今以上に恐怖させた。

生きたい。

でも、ここは嫌だ。

苦しい。


「...助けて」


ほとんど力が入らなくなった身体から声が出た。

誰に聞かせるでもなく、囁くほどの小さな声。


「...誰か...助けてよぉ...」


もう涙も出なかった。

明るく見えた月光はもう見えない。



そこに立つ誰かの影に隠れて。



「ああ、助けに来たよ」


黒い影にしか見えなかった誰かは、確かにそう言った。

聞いたことの無いその声は、

聞いたこともないくらい、優しい声に聞こえた。


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