彼と彼女と不審船
裏稼業用の装束を纏い、昼行燈の店主からギルドの首領へ切り替える。
しかし、一通り話終わったところで念押しを兼ねたサプライズをしたらビューネさんが固まってしまった。
やり過ぎた?
実はもうひとつ話があるから全て話したんだけど。
「あー、ビューネさん。できればもうひとつお話が...」
そう言いかけた時、ドタンバスンと派手な音が近付いてきた。
ドバーン!と猛烈な勢いでドアが開かれた途端、
「クリスが嫁を捕まえてきたと聞いてダッシュで帰ってきましたあぁぁぁっ!」
「ぐふぉあー?!」
赤っぽい風に突き飛ばされ、俺は壁に叩きつけられた。
風じゃなくて人だった。
見慣れた長い赤毛の女性。
犯人は、
「お、のれ...母さん...」
その言葉を吐くのが限界で、俺は意識を手放した。
「奥様、若旦那がのびてます。あと色々誤解を招き過ぎるので訂正してください」
やれやれ、とエレインが間に入った。
女性としては背の高いエレインと比べるとひとまわり小さいその人は、シティウォード商会の大女将。
「ビューネさん、ですね?初めまして、ミシェル・シティウォードです」
「は、はい、初めまして...」
完全に置いていかれているビューネを無視してミシェルは品定めを開始した。
「流石は冒険者。身体が締まっていて綺麗!顔立ちも可愛らしいし、何より旅暮らしなのに身だしなみに気を抜いていないのが高得点!。」
「...え?...えっ?」
ビューネの周りをくるくる回り、やがてミシェルはソファに座ったままのビューネの肩をガシッと掴む。
まるで放さないとでも言うかのように。
「うちの娘になりなさい!私は大歓迎だから!」
事情を説明しないまま、ミシェルはとんでもないことを言ってのけた。
そろそろ助け舟が必要だろうか。
ビューネさんまた固まってるし。
「シティウォード商会と契約して、この街で仕事をしませんか、と言いたかったんです。すみませんねビューネさん」
そう切り出して私は部屋に踏み込んだ。
もうちょっと見ていたかったけど。
「クリスの父で、ミシェルの夫です。トラックス・シティウォード、よろしく」
どうも、とかろうじて返事はしてくれたけれど、ミシェルが飛びついていてそれどころじゃないらしい。
ちょっと寂しい。
だが全力で喜ぶミシェルが見れるのでよし。
流石我が妻。最高に可愛い。
「旦那様、お顔が崩れてます」
「...エレインがまた『お父さん』って呼んでくれなくなった...」
義娘の一言で気分は一気に底辺へ。
もううちに来て5年以上経つのにまだ家族として見てくれないなんて悲し過ぎる。
「...せめて公私を分けてください『父さん』」
「わかった頑張る。」
頭を押さえるエレイン。
私、大復活。
父さん頑張っちゃうぞ?
「仕事の依頼と言うよりヘッドハンティングです。ビューネさん、当商会は貴女を雇い入れたい」
じゃれつくミシェルをそのままにしてビューネさんに向かい合った。
少しは落ち着いた様子、だけどまだ状況が掴めていないのかもしれない。
「ええと、どうして私なんでしょうかー...?」
「当商会はそもそも人手が足りません。規模は中堅、船を持っていて、表沙汰にできない仕事も抱えています。人の数は必要なのに稼業の都合、多ければいいというわけではないんです。」
そう、街で営む商会としての仕事と交易に加えて裏稼業まで任せられるほど信頼できる人などそう居ない。
そもそも教育機関が未熟なため商売ができるほど読み書きができる人からして多くないのだった。
「以前の仕事ぶりからして、他の商会だって放っておかない人材なんですよ、貴女は」
「あ、ありがとうございますー...」
よしよし前向きに捉えてくれそうだ、
というところでミシェルが口を挟んだ。
「何よりもクリスを見張っててくれる人が居ないのよー!マシューは商会の仕事に掛かりっきりだしエレインはあれでクリスにはだだ甘だし!」
「あの、さっきエレインさんがクリスさんを絞め上げてましたけどー...」
「教育はしてくれるの。でもあの子はクリスのやろうとすることを絶対否定しないのよ。寮母もしてるからいつでもすぐ来れるわけじゃないしね。」
その結果がビューネさんも関係した昨晩の騒動だった。
一当主が矢面に立って武器を持った相手を引きつけるなど正気の沙汰じゃない。
たまたま人目にはつかなかったからよいものの、けっこう大きな捕り物劇になったとも聞いている。
別のやり方はあったはずなのだ。
もっと言ってやりなさいミシェル。
「だからお嫁さんがほしいの!」
「「えええぇぇぇっ?!」」
話が飛んだ。
しかものびてたと思ったらクリスも一緒に驚いていた。
「狸寝入りとは感心しないよクリス。あとただいま」
「おかえりなさい父さん。ちょっとそれどころじゃないです」
そうだね。ミシェルの願望が混ざってるね。
「新しいお茶を仕入れたから淹れてくれるかいエレイン。一息入れよう」
ミシェルをビューネさんから引きはがして、腰を落ち着けてから話をしよう。
クリスとミシェルが席に着いたところでエレインが4人分のお茶を用意しに行った。
大女将でもあるミシェルさんからすると現当主である息子の目付け役が欲しかった。
けれど、大旦那であるトラックスさんは別の思惑もあった。
お話があちこちへ飛んでいた理由はそこにあったご様子でした。
つまり、
「歳若い男と始終一緒というのも抵抗があろうかと思いまして。ビューネさんの慧眼と測量技術を買って商船の技師という枠も用意しました。どちらでも、いえ、別の仕事でも構いません。当商会に協力していただけませんか?」
「雇われの身が嫌ならせめて、えーと、食客?とかここに居てくれるだけでもいいからね!」
根無し草の私をどうあっても雇いたいとおっしゃられました。
...これは本当に、私にとって嬉しいことで、つい目が潤んでしまいそうになります。
後になって考えれば情に流された、とも思うかもしれません。
今まで散々苦しんできたのだから、少しくらい疑いを持つべきなのかもしれません。
それでも。
それでも私にはこの方々が悪意を以って言っているとは思えないのでした。
だって、この人たちは、
「ああ!またビューネさん固まっちゃった!」
「いやミシェル、やはりビューネさんの心象も考えれば雇用関係とかフェアな方が...」
「俺の立場が沈没しそうなんで落ち着いていただけませんかお父様お母様」
すごく必死で。
利益以上に善意で申し出てくださっているのだと全身で伝えているようで。
私の心がじくりと痛むほど、暖かくて眩しいご家族でした。
ふと、まだわあわあと揉めているシティウォード一家の脇からエレインさんが近付いてきたことに気付きました。
「この場は一旦、保留にしても良いと思いますよ。あ、っと、『義母さん』も泊まっていくように言っていますし」
もしかしたらエレインさんはイタズラ好きなのかなあ、そう思えるくらい可愛らしい笑みを浮かべてそう言われました。
でも、ただ厚意に甘えるわけにはいきません。
なので私は、
「冒険者をしておりましたビューネです。シティウォードの皆様、私でよろしければお役立てください」
そう言って頭を下げました。
多分、涙はこぼれなかった、と思います。
わあ!と喜んで、安心してもらえたことだけはわかりました。
きっと、ここから私の運命は変わる。
そんな予感も少しだけありました。
感極まった母さんがビューネさんに飛び掛って押し倒したりしていた。
あ、頬ずりまでしてる。
相当彼女を気に入ったようで、我が母ながら微笑ましい一幕だった。
優秀な人を迎え入れることができて商会としてありがたい。
ただそれ以上にビューネさんを放っておいてはいけない、そう思って一計案じたのだった。
彼女について分かったことは多くない。
その数少ない情報を見ただけでも過酷な人生が窺えた。
存命の親族なし。育て親である老水夫から紹介されて冒険者としてその名が登録されていた。
その育て親ともすでに死別している。
また、一つの街に留まらずに転々と移り稼業を営んでいた。
強い女性ではあるが、彼女には支えとなるものが一切見つからないのだった。
これも何かの縁、彼女をシティウォードに迎えられないだろうか?
ちょうど航海から戻ってきた両親に相談したところ、話はすぐにまとまった。
そもそも、父母共にビューネさんについてはある程度調べていたそうで、元からそういった計画もあったそうだ。
...いつものことではあるものの、始終海の上で暮らしているのにどこから情報が入るのやら。
「で、ビューネちゃんはクリスのお嫁さん候補になってくれるのかしら?」
じゃれついていた母が再び火種を投げ入れた。
「一人声を掛けた子も居るんだけどねー、反応薄いのよー。
やっぱり普段が冴えないからいけないのかなあ。
ビューネちゃんは頑張ってるところ見たかもだけど、
ウチの稼ぎを食い潰してるのは事実だし、ご近所も苦笑いの『ボンクラ』だからねー」
という母の言葉を受けたビューネさんがとても複雑な視線をくださいました。
同情するような、責めてもいるような、がっかりしたような、よろしくない要素の入り混じった視線。
私クリストファー・シティウォードの対外評価は下落の一方の模様です。
ひどい。
「まあまあミシェル。クリスも頑張ってはいるからそれくらいにしよう。
それにビューネさんが私達を家族と思ってくれるならそれでいいじゃないか」
はっはっはっ、と朗らかに笑う父。
フォローしていると見せかけて評価はしてくれないようです。
僕の味方をしてくれるのは姉さんだけか。
そう思い一人給仕に徹する義理の姉に目を向けると、
「...ふ、くく...」
笑いをこらえておられました。
さっきから席に着こうとしないのはそのせいかよ!!
孤立無援。
僕は甘んじて弄られ役になるしかないのだった。
そんな平穏はいつも唐突に破られる。
ギィ、
ノックもなく、連絡役の水夫が駆け込んできた。
ビューネさんだけは一人、目を白黒させているが誰も無礼を咎めたりしない。
甘いのではない。
それだけ逼迫した凶報が届いたのだ。
「見慣れない屋号の船が先ほど到着しました。
船格は商用キャラック級、単独で外洋可能な装備です」
この街は水運で大きくなった。
単に百人規模の人員を乗せられるキャラック級というなら珍しくはない。
ただ、外洋可能という点がまず緊張を呼んだ。
海賊に対抗しうる重武装ということだ。
この街の五指に入る商会でもそれだけの備えのある船は持っていない。
普通、護衛を雇うからだ。
戦闘用と貿易用に分けた方が効率が良い。
加えて、積荷の安全を考えれば商用船舶は傷一つ負うわけにはいかない筈なのだ。
牽制ではなく撃退まで考慮した武装をしているなら、工芸品や食品を運ぶ船とは考えにくい。
多少の揺れや衝撃があっても問題ない積荷というと、限られてくる。
「多少の交易品の荷下ろしはしていますが、規模に比べて少なすぎます。
それに、船員の人数の割には食料と水の要求量がかなり多く出されています」
水夫はなかなか本題を切り出さない。
恐らくは危険視するだけの確固たる証拠をまだ掴めていないのだろう。
逆に、状況証拠は次々と提示されていく。
「動物の鳴き声は聞こえず、植物用の薬品が出し入れされた様子もありません」
工芸品や交易用の食品ではなく、動植物でもない。
鉱物や薬品ならばこの街で高く売れるがそれらを下ろした様子もない。
けれど、大型船を所有するには小口取引だけでは賄えない。
何より、
「夜に港に着けるほどのリスクを負っているのに荷下ろしをしない...?」
すでに日が沈んでからしばらく経つ。
夜間は衝突のリスクが高過ぎるため、通常は日が昇るのを待つものだった。
それでも急ぎの荷に対応するため日が沈んでもしばらくは港の事務所は開いている。
なのに、大きな荷物も高級品も下ろさないという。
非合法の品だろう、少なくともそれだけは推察された。
荷下ろしの届出が無いとはいえ、大きな船とたくさんの人員を抱えるのに何も積まないなどありえない。
大型船、水夫以外にも使われるであろう食料と水、港に手続きをしない積荷、
考えうるのは...
「帳簿をお届けします!ご確認ください!」
その時、もう一人の男性が駆け込んできた。
盗賊ギルドで身軽さを買われている人だった。
届けられたのは目下話していた船から盗み取ってきたらしい帳簿と補足資料。
そこに記されていたのは、
「今積んでいる商材が、男女併せて20人、健康状態は良好...」
人身売買を思わせる記録がそこにあった。
それも、労働力を売るという正規の商売ではない。
何故なら、
「ヴェスパーシティ、孤児院らしき施設あり、『仕入れ』に向かわれたし...っ」
補足資料にはそういった一文が書かれていた。
それだけで部屋の雰囲気が凍りついた。
「クリス、周りのことは私とミシェルでやっておくから行っておいで」
口調こそ優しげだが、部下に指示を下す姿はついさっきまでとは人が違う。
彼こそ先代シティウォード家当主、トラックス・シティウォード。
「じゃあ、ちょっと遅くなったけど、私は神父様にご挨拶してくるわ」
部屋の隅から物々しい装備を取り出しているのは先ほどまで子供のようにはしゃいでいた女性。
彼女こそ先代盗賊ギルド首魁、ミシェル・シティウォード。
知りうる限り最強のバックアップを受け、僕から俺に思考を切り替える。
「エレイン、すぐ動ける者だけに指示。不審な船の荷と目的をあらためる」
上から下まで黒色の装束に身を包み、当代当主として行動する。
「このヴェスパーシティでは奴隷商も人攫いも認めない」