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ヴェスパーシティへようこそ

いつものように、私は日が昇ると同時に目を覚ましました。

商家の朝が早いとはいえ、流石にこの時間に活動を始めておられる場所は多くありません。

身支度を整えてから、皆様を起こさないように静かに寮の窓を開けて回ります。

丁度船乗りの皆様は出発されたばかりでこのシティウォード商会寮は人の気配が少ないのですが、今日は少々勝手が違います。

滅多に使われない客間に、冒険者のお客様がおられます。

昨夜運び込まれたその女性は薬で無理に眠らされたはず(この件は犯人である若旦那にはきつくお説教しました)。

マンドレイクやハシリドコロから作るシティウォードの秘薬は後遺症はありませんが、夢見が悪くなると言われているのでした。

念のため様子も見ておきましょう。

軋むドアを押さえて客間を覗き込むと、静かな寝息が聞こえてきました。

夜明けの薄明かりに照らされた彼女の顔は安らかです。

しかし、私よりも明らかに年若いこの方は、無宿無頼の冒険者稼業と聞き及んでおります。

ここまでにどれほどの労苦を重ねてこられたのでしょうか。

そして私達はこの方にこれからどれほどのご迷惑をおかけしてしまうのでしょうか。

きっと、今日という日にこちらへいらしたのは何かの御縁だったのでしょう。

きっと、ビューネさんは私達にとって特別な方になられるのでしょう。

そんな予感があるのです。

朝食ができるまでのあとほんの少しの間だけお休みしていただいて、それから改めてご挨拶致しましょう。

音を立てないようにして部屋を出て、今度は台所へと向かいます。

私、寮母エレインの新しい朝はそうして始まりました。





「ビューネさんはお客様ですから。」

そう言ったエレインさんの丁寧な案内を受け、私は商館の奥へと通された。

商家の応接間とは大きな商談か、それに比肩する取引の際にのみ使われると聞いたことがあった。

事実、何度も商家からの依頼をこなしてはいるものの、応接間に通されたことなど一度もなかった。

私は少し緊張しながら開かれたドアをくぐる。

今日初めて入った商家の応接間では、


若い男性が、


涙目で書類に埋もれていた。


「おおおぉぉぉぉ...」


読み込んでから押印もしくは仕分け、読んで仕分け、読んで押印、

私が呆気に取られているうちに作業はさらに4件進む。

声をかけるタイミングを失って立ち尽くしていたらエレインさんが歩いて行った。

彼女が背後に回っても男性は気付かずに手を進めていたのだけれど、


エレインさんの腕が男性の首に回されて締め上げた。


「書類は中断ですよ若旦那。いつまでお客様をお待たせするおつもりですか?」


エレインさんは変わらずふわっとした笑顔でそう言った。

こ、怖い...!

しかも割と本気で極めているようで、男性の顔色がみるみるうちに青っぽくなっていく。


「ご、ごしょうですねえさん、おひるまでにもうひとやm」


男性がやっと声を上げるとエレインさんの雰囲気がさらに険しくなった。

笑顔は崩れない。

崩れない笑顔のままエレインさんは男性を抱え込むようにして腕を伸ばした。

ふんわりとした笑顔で抱きついているものだから、みようによっては弟にじゃれつく姉の図に見えなくもない。

のだけれども、巻きついた腕は今にも絞め落とさんばかりの勢いで男性の首を極めていた。

決めた。私、エレインさんには逆らわない。逆らっちゃいけない。


「あらあら、気付いてはいたわけですね?挨拶もなく?それはいけないわクリス。」


エレインさんはそう言うと更に力を入れた。

袖で見えないはずなのに腕が盛り上がったように見えたのはきっと気のせい。

いよいよ意識が危うくなったのか、男性はエレインさんの腕をタップした。

ギブ、ギブアップです。決まり手はチョークスリーパー。

エレインさんは腕を解くと私に向きなおった。


「お茶をお持ちしますから、少々お待ちくださいねビューネさん。」


はい!

返事は短く元気よく。

先生に習っていた頃を彷彿する勢いで私は答えた。

のちほどー、と若い男性はぎりぎりな声をかけてきた気がした。

首を掴まれて引きずられていったのでよくわからなかったけれど。

見送って息をつく。

気付けば初めの緊張はどこかへ消えていたことに私は気付いた。

不思議な人たちだ。

深く考えるのが馬鹿らしくなって、私は椅子に座って待つことにした。


...


「初めまして。クリストファーです。」

「ビューネです。よろしくお願いします。」


仕切り直して対面すると、さっきの男性がシティウォード商会当主だと名乗った。

多分年齢は私と同じか少し上。

それなりに大きい商会の主としては異例の若さだと思う。


「お若いですね。驚きました。」


「それはこちらもです。貴女くらいの歳で単独活動できる冒険者も珍しい。」


実際には測量士なのだけど、そう名乗るのは船乗りなので冒険者としているだけで、

いやいやそれでも、という雑談がしばらく続いた。


「そろそろ本日のご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」


区切りをつけ、私からそう切り出した。

この男性は容姿も物腰も穏やかだ。

家を持たない私でも丁重に扱う態度も好ましい。

でも、

それでも、


このひとは底が知れない。


何より、時折覗かせる鋭い眼光に背筋が凍る。

試されている。

探られている。

そして私はどこかでこの人と会っている。

目の前の男性が少しずつ恐ろしくなって、私は話を切り替えた。





ビューネさんに促される形で今日の本題に移ることにした。

...ちょっと彼女の身体を見過ぎたから警戒されたのかもしれない。

いやでも改めて見ると綺麗な女性だと思う。

可愛いというには成熟され、美しいというよりもっと身近だ。

探索にしろ測量にしろ、力仕事が多いのにしなやかで筋肉質な印象が乏しい肢体。

黒色に近い艶やかな深緑色のセミロングヘアー。

特に日焼けしているわけではないけれど、健康的な肌色。

僕は鍛えればみっしりと筋肉が乗るし、船での暮らしが長引けば肌がこんがり焼けるというのに。

容姿で威圧感を与えないよう努力しているのに、女性ってずるい。

...おおっと。

真面目な話に移るんだった。


「まずは街の発展にご助力頂き、商店組合に代わってシティウォードが御礼申し上げます。」


一番大事なところを伝えた。

一番大事だったのだが、肝心のビューネさんはきょとんとしていた。

ひょっとして、わかってない?


「貴女に協力頂いて敷いた街道は敷設から一ヵ月でこの街に欠かせないものとなりました。あの道を通る陸運がもたらす富は莫大なものになったんですよ。」


つまりはそういうことだった。

この街は山に囲まれていたため陸路では険しく、以前まで大規模な物流は水運に限られていた。

それをゲオルギウス卿が中心となって新しく街道を整備、今まで水運・海運に頼っていた街の経済を変えた。

その街道の敷設の際、ルートを模索し製図まで担当したのが当時街に来たばかりのビューネさんだった。

彼女がやってのけたのは険しい坂道を避け、見通しの良いコースを選び、かつ最短ルートまでの算出。

元々おおまかな地図測量と敷設ルートの提案までの依頼だったが、彼女は隊商にとって最も好ましい街道を設計してみせた。

結果、船を持たない商人の出入りが増え、街はますます活気づいている。

商店組合としては報酬を出してさよなら、とは言えない功績を彼女は成し遂げたのだった。


「いずれ追加報酬は支払われると思いますが、改めて組合から感謝のご挨拶を、というわけなんです。」


「あ、はい、どういたしまして。」


まだちょっと実感がわかないご様子。

逆に言えばあれだけの難事を当たり前にこなしてみせるんだなあ、この才媛は。

是非つかまえておきたい人材、なのだけれども、先にもう一件を話さないといけない。


「もう一件は昨晩のことです。」


そう言った途端、彼女はピシリと固まった。


「貴女が出会った集団はこの街の暗部、というか住民にも知られてはいけない組織でして。」


「もしかして執行部隊とか暗殺ギルドとかでしょう、か...?」


あ、なかなか想像力が豊か。

前者は教会組織、後者は国のお抱えでしたっけ。

実在こそすれど、ほとんど都市伝説なんですけどねえ。


「そこまでのものではないんですよ。あれはこの街の盗賊ギルドです。」


「...盗賊が、自警団をやっているんですか?」


「自警団は住民主導のものがあるので別です。ちょっとこの街の盗賊は特殊なんですよ。」


一つの街に留まる盗賊は外から来た同業者を嫌う。

取り分が減るのだから当たり前ではある。

ある程度まとまった数の盗賊が暮らす街になると同業者として集まり、トラブル回避のために取り決めを交わすのだとか。

それが一般に聞く盗賊ギルドである。


「この街ではギルドの指示以外では盗みは厳禁、というかあらゆる犯罪行為を禁じて夜回りとかしてます。」


「それって本当に盗賊ですか?」


ごもっとも。

少なくともおこぼれを頂戴している連中の生き方ではありませんね。


「昔、盗賊やごろつきをまとめ上げてギルドが出来て、その後の首領が犯罪を嫌がって今のギルドになったんです。」


「えと、そんなあっさり、ざっくりでいいんでしょうかー...?」


まあ経緯は大事じゃないので。

重要なのは、


「その盗賊ギルドはどこの支持も、援助も受けず、独立して活動しています。」


「・・・」


「極めて独善的に、彼らが必要だと判断した物事を勝手に処理しているんです。これは、恐ろしいことなんですよ。」


「それは、はい。」


「住民には知られてはいけません。悪さをしたら消される、なんて思われたくない。本来この街は自由な街なんです。」


存在を知っているのは所属員の他には接触せざるをえなかった一部商家の店主のみ。

その家族にも、そもそも街を管轄する貴族や騎士隊にすら知られていない。


「ちなみに、ごろつきをまとめた時に商店から仕事を割り振っているんで、本来的な意味での盗賊はこの街には存在しないんですけどね。」


「盗賊の技術を使って活動する治安維持部隊...」


「しかも活動は秘密裏に、です。もうひとつの用件というのは、事情の説明をする代わりに黙っていてほしいということなんですよ。」


犯罪者集団のまとまり、その集団と商店組合とが共生しているのが他の街の盗賊ギルドだと思う。

けれどこの街では違う。

この街の盗賊ギルドは存在をひた隠し、街の害となることを許さない。

元々裏稼業を営んでいた者達をまとめ、街に害為す要素を徹底的に排除する組織。

自警団で取り締まれず、騎士隊で裁けない者に制裁を下す集団。

この街の盗賊ギルドはそういった組織として存在している。

自らを危険と判断するその集団は他者に知られることを恐れているのだった。


「お話はわかりました。でも...大手商店でも知らない街の闇を、どうしてあなたが...」


「まあ、単純なお話でして。」


戸惑うビューネさんを尻目に席を立つ。

執務机の脇にあるクローゼットを開き、スカルキャップを深く被る。

クロークを羽織り、呆然としているビューネさんに向き直る。


「この街の盗賊ギルドを取り仕切っているクリスだ。ヴェスパーシティ( 明星に喩えられる街)へようこそ、冒険者のお嬢さん。」

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