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この世に悪は栄えない

5人が散った直後を狙う、クリスはそう決めていた。

小さな商店をわざわざ5人がかりで襲うことなどありえない。

数件を手分けするか、周囲の警戒にも割り振るだろうと考えた。

そこまでは確かに予想の通りに襲撃3人、警戒2人で散っていった。

しかし、その光景に一番驚いたのはクリスだった。


役割分担で散っていく2人のうち、女がすぐに踵を返して一人の男に躍りかかった。


殺すつもりはなかったのだろう。

ピッケル状の武器の石突で男の首を一閃し、昏倒させた。

ここに来て、仲間割れだろうか?


「首領、面倒なことになりそうです。」


指示を出し終えて合流したエレインはそう言った。

当初、分散して配置した部下に各個撃破させ、被害が出る前に用心棒集団を強襲する手筈だった。

基本的にクリスの方針では命は奪わない。

地の利を活かしての奇襲、相手より優位に立ち捕縛に務めるべし。

罪状の確実な証明、万が一何らかの組織の影が見えればその尋問、何より街を血塗れにしたくない。

違法性の高い集団を率いながらもクリスはそう考えていた。


状況が変わってしまった。

それなりに慣れているのだろう。

商家へ向かっていた3人は動揺した素振りもなく女へ向き直っていた。


このままでは死者が出る。

急に動きを変えた女は見たところそれなりの手練れのようだ。

対して戻ってくる男達は3人。

3対1で男達が負けることはないにせよ、だからこそ女は殺すつもりで挑むのだろう。

男達もそんな女をご丁寧に捕まえて自警団に突き出すことはしないだろう。

クリスは頭を抱えそうになりながらも即座に指示を出す。


「恐らく3人組の一番がたいの良い奴が例のゲンツだろう。エレインと突入班は取り巻きの2人を拘束しろ。」

「のびている男と彼女はどうしますか?」

「警戒に当たっていた班で男を回収、女とゲンツの牽制は俺がやる。」


建物の影に溶けるように、エレインは指示を出しに行く。

もう一刻の猶予もない。

クリスは3対1の間に割って入るようにして飛び込んでいった。


「そこまでだ!」


声を張り上げ、3人組の前に立ち塞がる。



真っ先に反応したのはゲンツだった。

手にしたダガーナイフを握り直すと横薙ぎにしてクリスに投げ放った。

ギンッ、と硬質な音を立ててクリスのクロークに刃が突き刺さっていた。

放物線を描くまでも無く、まっすぐに脇腹への一投。


(鋼糸織りのクロークを貫くのか。頭にもらったら終わりかな。)


クリス自身は無傷だったが、血の代わりに冷や汗が噴き出した。

しかし、それを表に出さなかったことが幸いした。

恐らくはゲンツなりの必殺の一撃だったのだろう。

ゲンツは何事もなかったかのように立つクリスに驚愕し、取り巻きの二人に至っては完全に足が止まっていた。

ひょっとしたら先ほどの一撃は彼らなりに練ったクリスへの対抗策だったのかもしれない。

貴族邸でクリス達の襲撃に気付いた者も居たが、ことごとく近づく前に仕込み針や吹き矢で昏倒させられていたのだ。

ならばこそ、鋼をも貫く投げナイフの技はクリス対策としては最善と思われていた。

結果としてはその最善すら届かなかったのだから、彼らの驚きは仕方がないとも言える。

そしてそれだけの隙を逃すクリスでもなかった。


握ったままの鉄扇子を掲げ、クリスはそのままゲンツを指し示した。

声は無い。

いつもならば口上を述べるところだがそれも無い。


代わりに届いたのは、3人組へ向けての無数の刃だった。


匕首にクロスボウの矢、棒手裏剣に剃刀。

全く統一感の無い刃の数々がゲンツ達に降り注ぐ。

建物の陰から、屋根の上から、バリケードのように並べられた屋台を縫うようにそれらは放たれた。

3人をかすめるようにして。

決して直撃させないように。

相手は急所を狙うどころか大怪我もさせる気はない、ゲンツがそう気付いたのは取り巻き2人が倒れた後だった。

身体に刺さった武器も、大きく切り裂かれた怪我も無い。

あるのは剣山の如く地面に刺さった武器と無数のかすり傷だった。

再び麻痺毒にやられた。

ゲンツは歯噛みし、二人を盾にして尚死者を出さない相手の技量に戦慄した。

視認が難しい位置から投げられた棒手裏剣が地面に突き刺さっている。

射抜くためではなく、切り裂くために刃を替えられたクロスボウの矢が転がっている。

どれもが達人の技であり、その気になればただ一撃で命を奪われたであろう跡が残っていた。

そして今度こそ死を覚悟する。

刃の雨は左右と後方から降り注いだ。だから一歩踏み出し二人を盾にした。

風切り音が前方からしないと感じた瞬間に背を向け二人を突き飛ばした。

では、自分は今誰に背を向けている?


ザッ、という足音はゲンツのすぐ後ろから聞こえた。


「この街ではギルドへの登録の無い者の盗賊行為を禁じている。」


ゲンツの足は地面に縫い止められたかのように動かない。


「この街ではギルドからの指示以外での盗賊行為を禁じている。」


ゲンツは振り向くこともできない。

それは恐怖から?

それとも気付かずに麻痺毒を受けたから?

それすらも分からない。


「そして我々盗賊ギルドでは違反者に一切の例外なく厳罰を科すことにしている。未遂であっても許されない。」


コッ、という音と共にゲンツの首が小突かれた。

その時ゲンツが思い出したのは、黒ずくめの衣装と鉄扇子だった。

麻痺針の仕込まれた黒鉄の扇子、それを思い出してゲンツの膝から力が抜ける。


「殺しはしない。騎士隊に突き出したりもしない。ただし、我々盗賊ギルドの名の下にその罪を償ってもらおう。」


そこまでの言葉を聞いて、ゲンツは意識を失った。




圧倒的に、成す術無く鎮圧された。

ビューネは一連の様子をただ呆然と眺めていた。

それも仕方が無いことだった。

ゲンツと敵対した以上、黒ずくめの相手を襲ったところで何にもならない。

かと言って逃げようにも道は無く、路地も、手近な物陰からも気配があり包囲されていた。

時間にしても、1分もあっただろうか。

黒ずくめが乱入してきた時点で周囲は人の気配で包まれ、実際にそこからゲンツ達へ武器の雨が注いだ。

周囲からの投擲に気取られたゲンツは黒ずくめに背後を取られ、そのまま沈黙させられた。

何もできない。動くことすら許されない。

ビューネは武器を取り落とさなかったことだけ安心した。

馴染んだ武器すらも手放したらこの威圧感だけでも気を失っていたかもしれない。

ゲンツが倒れ、場が収束してもまだビューネは硬直したままだった。


「首領、まだ終わっていません。」


冷たい声と共に、黒ずくめのそばに女性が降り立った。

月明かりではボンヤリとしかわからない暗い色のツナギ。

ツナギのシルエットが描く女性的な曲線とウェーブのかかった長めの髪。

一瞥しただけでも分かる女性らしい女性の容姿とは裏腹に、事務的な冷たい声にビューネの背筋が凍った。

女性の声に応えることもないまま黒ずくめがビューネへと向き直る。

コツコツと堅い靴底を鳴らしながら近づいてくる。

生殺与奪を握られたビューネには後ずさることもできなかった。


今度は黒い恐怖がビューネへと向く。

堅い足音だけが響いた。

その足音と空気にビューネはふと気付いた。

殺気がない。


「貴女は、」


向けられた声からも冷たさが感じられない。


「ゲンツに加担していたわけではないのか?」


どうやら戸惑っているらしい、そんな直感が働いてビューネの肩から少しだけ力が抜けた。

被害こそ出なかったが計画は実行された。

その前に止められなかった自分にも償うべき罪があるのだろう。

もう一度ビューネは覚悟を決める。


「事前まで止められず、一緒に居たことは事実です。私はどうされますか。」


自分はここまで豪胆だっただろうか。

この状況を見てビューネは内心苦笑してしまった。

ただできることをやってきたに過ぎない、それでも冒険者稼業は精神的に強くさせたのだろうか。

敵に命を委ねているのにそれほどの恐怖も湧かなかった。

物語の英雄や勇者ではないのだけれど、そんなことを考えていると、


「…冒険者ビューネ、貴女のことは一先ず保留とする。悪いが、少し待っていてもらう。」


クロークを少しだけ捲くって見せた男の顔は優しげだった。

今度はビューネが状況に追いつかず戸惑っていると、


首を撫でられた。


思わず飛び退きそうになったビューネだが、急に意識が遠くなった。

痛みは感じなかったが、男の手には小さな針が光っていた。


「何かと荒っぽくて、重ね重ね申し訳ございません。」


男はビューネにだけ聞かせるように小声でそう言った。

崩れ落ちる前にビューネは男の困ったような表情を眺めていた。




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