少女と子爵、それぞれの朝
「ふ、あ…」
馴染み深い寝床の感触、見慣れた天井。
いつもの目覚めの風景の中で少女は目を覚ました。
「…えええ?」
いつも通りの風景だからこそ、少女は自分の状況に困惑した。
昨日は突然貴族に連れ去られ、その夜連れ去った貴族に襲われた、と思う。
しかし、少女は自宅で、自室で、いつも眠るベッドから起き上がった。
身体に変調はない。
寝込んでいたわけでも、乱暴されたわけでもなさそうだ。
理解が追いつかないまま少女は身支度を整え、台所へ向かう。
いつものように両親と顔を合わせ、いつものように挨拶をする。
「おはよう、って、えうわっ?!」
両親二人がかりで抱きつかれ、思わずよくわからない声を上げてしまった。
今日はわからないことだらけだな、そんなことを漠然と考えながら、少女はまず泣きっぱなしの両親に話しかけることから始めることにした。
辺境子爵ゲオルギウスもまた、自らの状況に困惑していた。
昨晩は深夜まで『お仕置き』されていた。
今でもその恐怖と身体の痛みは残っているし、夢ではないという認識もある。
暖炉でしっかり暖められた部屋にまとめて縛られていた守衛や執事の縄をほどき終えた時、来客があった。
従者が動けない以上、自分が出るしかない。
陰気なまま玄関を出ると、街の商店組合からの使者が伏して待っていた。
「このような時間に申し訳ございません、ゲオルギウス卿。
我ら商店組合は日頃の卿への感謝を示し、感状といくらかの贈り物を届けにまいりました。」
形式も何もあったものではない。
用件だけ伝えると、使者は足早に引き上げていった。
残されたのは呆然とした子爵と以前興味を持った舶来の嗜好品、それと商店の連名が入った街の振興に対する感状だった。
少女を襲ったのは、自分の苦労の割りに、あまりに見返りが乏しいストレスが爆発した結果だった。
そう冷静になることができたのは数日経った後のことだった。