悪代官とミス借金のカタ
「きゃああああ!」
月明かりの下、広い屋敷に若い女性の悲鳴が響いた。
声の主は市井で平凡に暮らす、本来であればその屋敷に近づくことすらためらわれるようなごくごく普通の少女だった。
少女は何度もどうして、と思った。
少女の暮らす家は裕福ではない。
それでも身を売らなければならないほどではなかった筈だ。
しかし、現実には少女は貴族の家に連れ去られ、こうして恐怖に身を震わせている。
思考がまとまらない少女に対し、その恐怖の原因が話しかけた。
「何もそんなに怖がることはない。ハハハ、お前は今日から私に尽くす。それだけなのだよ。」
話しかけたのは身なりの良い中年の男性だった。
辺境子爵、ゲオルギウス。
それが彼の名前であり、末席とはいえ貴族に列せられる爵位だった。
ゲオルギウスはこの街の目付けとして封じられた官吏である。
領主でこそないが、街に暮らす貴族として中央政府ともやり取りをする街の大物代議士。
それがこの中年男性の立場だった。
「ひぅ…どうして…」
子爵に拾われた、という事実の割りには少女の顔には恐怖だけが浮かんでいた。
「おいおい、まだ泣いているのかい?それも私には筋違いだろう?
お前の親は私に返すべき借金を返せなかった。だから代わりにお前に働いて返してもらおう、それだけだよ。」
笑いをこらえながらゲオルギウスは少女に語りかける。
自分に非はない、この状況は当然の見返りなのだ、と。
「ではそろそろ奉仕してもらおうか。くく、そのいじらしい仕草もよいではないか。」
いよいよゲオルギウスは少女に手をかける。
少女は目を瞑り、身を強張らせる。
一方は卑しい笑みを浮かべ、一方はただ恐怖し涙を流す。
暖炉と数本のロウソクが照らす薄暗い部屋で、これから少女は蹂躙される。
道徳には反する。
しかし、この街の法に照らせば罰則を与えられるほどではない。
契約がなされた以上、誰もこの凶行を止められない。
筈だった。
「それくらいにしておけ、子爵殿。」
突然響く少年の声に、少女とゲオルギウスは耳を疑う。
ドアが開け放たれる音と同時に声が響き、黒ずくめの人物が乱入していった。