TF
「お疲れ様、零斗」
一番活躍していない俺が言うのもなんだがそっとしておいてほしい。
何気に疲れてソファーにへばっている俺に向かって嘲笑うかのように呟く。
というかもはや周囲に聞こえている時点で呟きではないのかもしれないが。
とりあえず、俺の初任務は無事に終わることが出来た。怪我人も出なかった。
ましてやこちらに損害も一切なかった。俺から言わせてもらえば最高の結果だろう。
だがクロノスの評価としては中の上らへんだった。上層部の話によると、
結城がやると、文句のつけようのない完璧な任務遂行になるという事が分かった。
そういえば彼女も何を好んで使うのかを知らない。
まぁ入ったばかりだから知らないのも、ある程度は納得がいくわけだが。
そんなことを思い浮かべながら麓路と雑談バトルを繰り広げていると、
二重認証の厳重なセキュリードアが不意に音もなく開き、ユウが銃を担いで入って来た。
「銃の手入れはしましたか、麓路さん」
「あーうん、やってねぇわ」
「丁寧に一刻も早くやらないと銃に嫌われますよ」
そう麓路に冷たく言い放つと、自分はそそくさと部屋へと戻っていった。
突然意味の分からない事を言われてフリーズしたのか、麓路は心身共に硬直していた。
手始めに軽くパンチを喰らわせると、あっさりとヒットし慌ててその体を支える。
心底思いっきり殴らなくてよかったと思えたのだが。
それにしてもユウのいう事もよくわからない物だ。整備不良でジャムるのはよくある。
だがそれはあくまで整備上の欠陥にあり、感情の問題ではない。
有機物には一種の感情らしきものは見られるが、銃などの無機物には感情はない。
そもそも感情とは人間が持つ、最も変化する値が大きく変動率が高いものだ。
そして、ときによってその感情によって自身の身体能力を底上げしてしまうこともある。
逆に、自身の身体能力や生存本望の低下が起こる可能性も同時に大きくなっていくのだ。
というかそもそも嫌われるって一体どういうことなのだろうか。
そんな事を内心考えていると、聞きなれた効果音と共に放送が掛かる。
「TF部隊、先程のクエストに出動した部隊員は帰還報告のためTF本部へ来て下さい
――繰り返します……」
ある程度は聞きなれている声であることにすぐさま気付いた。
この柔らかいが正体不明の威圧感を与えるこの言動は間違いなく結城のものだ。
音声入力機器による多少のノイズは聞こえるが、それでも分かった。
対する麓路は何やらジト目で虚空を見たままである。相当なショックだったのだろう。
そんな麓路を視界の余所に押し込んで一人休憩所を後にする。
不思議と本部へと向かう足取りが軽く感じた。だがこのタイミングは恐らく……
――では、帰還報告をどうぞ。
やっぱりだった。素直に本部へと足を運んだ俺がアホだった。
帰還報告を済ませていないというか帰還報告の存在自体を知らなかったのだから無理もない。
だがどうやら本部である結城は、初心を労う心などは全く持って眼中にないらしい。
ここは大人しくレポートを提出した方が、まだましだという事で渋々スピーチを始める。
「えー、今回の任務ですが結論から言いますとあれは唯の不審者ではありませんでした。
強化防護服にP90を持っていたのですから間違いなく言えます。
正直、ユウの火力支援なしでは俺でなくとも三人のうち誰かが負傷していた筈でしょう。
それと、今回の弾薬の使用状況ですが、M16の5.56x45mm NATO弾を凡そ120発、
Mk.23の.45ACP弾が1発、M82の12.7x99mm NATO弾が10発です。
銃本体へのダメージはなく、潤滑油を差して手入れを行えば動作不良は無いと思います。
次に、目標についての詳細です。
全身着用型のフルアーマーを着用、その上から市販のコートを羽織っていました。
所持品はP90を二挺隠し持っていたようです。詳しくは別のに聞いてください。
また、今回のクエストによってセンタービルの一部が損傷しました。
以上で、今回の帰還報告を終えます」
締めくくりの一言の後、本部は拍手喝采に包まれることとなった。
いろんなところから野次が飛んできそうな勢いだったが、流石にここではなかった。
代わりに色々なところから握手を求める声が飛び交った。
だがそれも結城によって全て遮られた。我を取り戻した者もいれば、
それで怖気づいた者もいた。唯ひとり、結城だけは拍手を続けていた。
「最初にしては上出来といったところです。今後もよろしくお願いしますよ」
そういって彼女は僅かに俺に向けて微笑んだ。
―――
帰還報告の後、テラスに俺は出て外の夕暮れに染まる木々を眺めていた。
地下といえどもこれほど地上の状態となんら変わりが無いとは正直思ってもいなかった。
それに、今日から暫くはここに住むことになるのだ。
TFに入隊した以上、秘匿義務などが大量に絡んでくるのは百も承知だ。
だからこそ、唯一の肉親から遠ざかるのもまた定めなのだろうと思っている。
「よう零斗」
不意に後ろから声が掛けられる。振り向くと、部隊リーダーの新守が俺の方を向いていた。
テラスの鉄柵に凭れ掛かってこちらを眺めるその姿は不思議と父親を連想させた。
「あぁ、新守さん。何か用ですか?」
「そんなにかしこまらなくてもいいぞ。それよりお前の寮の部屋が決まったんだ。
今から案内するから付いて来い」
思えば、俺はきっと最後の肉親を守りたくて、父が関わった組織の全貌を知りたくて、
このタスクフォースに入隊したのかもしれない。だが、今は違っている。家族を含めた、
タスクフォースの皆を守りたいと思っている自分が、きっと何処かにいるのだと思う。