黒金の血統
「おい、零斗起きろ。おい、さっさと起きないかコノヤロウ!」
俺は腹部に鋭い痛みを感じて目を覚ます。麓路の必殺ブローを喰らったらしい。
そしてなぜか俺は医務室のベッドに寝かされていた。
なぜか後頭部と、今殴られた腹部がやけに痛い。
しかし驚いたのはそこではない。記憶が大分飛んでいる。
非経済的な奴とスコアアタックをやって勝ったところまでは覚えている。
だが驚いたことにそれから後の記憶が一切ないのだ。
そして俺にはその事に戸惑っている時間すら与えてもらえないらしい。
俺が起きなかったことに恐らく怒りを覚えた麓路が、
再び俺の腹部めがけて全体重ブローを喰らわせようと構えていた。
「ちょっと待て麓路!起きた!俺はこの通り起きたぞ!」
第三者から見れば恐らく滑稽な姿だろう。俺は麓路のブローによって若干吐血していた。
普通こうやって寝ている人間は敬うべきだろ。全く。
俺の必死の叫びが幸運にもその耳へと入っていった麓路が平然と右腕を下げる。
その仕草、いかにも俺は何もしてないぜ?背伸びをしてたんだ。
と誤魔化しているように見える。いや誤魔化している。
「起きたのならいい。お前に客だ」
そういうと俺の耳元に顔を近づけて小声で付け足しをした。
『誰だよあの子!お前作るの早すぎやしないか!』
『何の勘違いをしているんだよお前は!知らん、俺は何も知らんぞ!』
そう麓路と二人でぼそぼそと言い争いをしているうちに、
俺の寝ていたベッドの横にあったベッド同士を仕切るためのカーテンが開けられる。
カーテンを開けたのはクロノスの制服を着た薄緑の髪の少女。どこか見覚えがある。
「あ、あぁこれはそのちょっとした争いの結末で……」
パニックになった麓路の言動がおかしくなる。確かにこの絡み合った状況は
見る人によっては同性愛と受け取る可能性も無いとは言えない。
だがその少女はその不可解な言動に反応することなく視線を麓路に向けている。
「Убирайся отсюда, и побыстрее」
麓路にたった一言その少女は告げた。少なくとも俺には理解できない。
だが麓路には分かったようだ。
「ХОРОШО」
麓路もまた一言だけ少女に向けると部屋を出て行った。一体二人の間で何を話したのか。
まぁ今の俺には知る術なんて無いわけだが。
そんな風に考えていると少女がこちらに歩み寄ってくる。そして今度は日本語で俺に挨拶した。
「私はユウです」
おい、どういうことだ。タスクフォースといい、クロノスといい、なんでこう突然来るのだろうか。
だがその後の若干こちらを見つめる瞳で彼女が誰であるかを思い出した。
「あぁ、あの時俺を見てた子?」
ユウと名乗った少女は答える代わりに軽く頷いた。頷くだけで彼女の長髪が揺れる。
そしてふとその背中に担がれている物に、つい目が行ってしまう。
スナイパーライフルであることは恐らく確かだがあの時のように詳しい情報は出てこない。
するとそんな俺の心を読んでか、銃がVSSと呼ばれるライフルであることだけを教えてくれた。
もっと教えてくれとせがんだ俺には、銃は自分本心。自分を他人に明確に明かすなど言語道断。
と軽く流された。どうやらユウの考え方は曲げられそうにないのでそこでやめておくことにした。
「あなたに結城さんから言伝があります。
先程のスコアアタックは初心の割にはなかなかだった。
やはり君は私の睨んだとおりの人間だったようだ。君の話はユウから聞いてくれ。
私は君の事を上部に報告するのでしばらく留守にする。
あと君はA待遇という事になっている。その点自覚してほしい。
最後だが、麓路とユウと君でクエストを一つやってもらう。
詳細についてはユウに聞いてほしい。幸運を祈っているよ」
長い文章をよく覚えたなユウよ。俺なら即挫折するのに。
なんて事を内心考えながら、結城からの言伝の意味を考えてみる。
君の話はユウから聞いてくれ……?なんでユウが知っているんだろうか。
少なくとも俺はユウと今日初めて会った。だから俺が知らないことをユウが知ってる訳無いのに。
だがユウから伝えられた真実は俺の甘い予測をはるかに覆す内容だった。
「あなたは黒金貴翔の孫です。」
なんだって?俺がクロノス創始者の黒金貴翔の……孫!?
いや、そんな筈はない。俺の祖父は心優しい孤児施設の院長をやっていた。
オマケに結城が見せた写真と全く違う。しかも俺はまだ幼かったが祖父に会ったことがある。
断言できる。あの祖父と黒金貴翔は別人だ。ハッキリと言える。
だがユウが加えた真実は俺の前の人生をゆっくりと溶かし始めていた。
「あなたが祖父と思っているのは里親です。本当の父は黒金貴翔その人です」
そんな……。いや、まて。ありえない話ではない。俺は小さい頃父が零した一言を覚えている。
父がまだ生きていたころ俺に一回だけ、君の祖父は別にいると言った。
それがまさか本当の話だとは思ってもいなかった。その時の父は冗談が好きだったからだ。
どうせいつもの冗談だろと本気にしていなかった。
父も母も死んでいない今、俺の姓名は元に戻るべきだったのか。
「あ~そろそろいいかな?」
空気を読むことを知らないように思えてしまう能天気麓路がドアの横から顔を出す。
話を終えたので麓路に一応OKサインを出した。本当にこれでいいのだろうか。
そう考えていた俺の目線が、ふとユウの瞳に合わさったとき、あることに俺は気付いた。
目が変わっている。正確に言うと、目の色が変わっているのだ。まるで鷹のように……。
「鷹の目。これはクロノスで私とあなただけが持つ能力です。他言しないように」
そう俺の耳元で呟いたユウは目の前のテーブルにクエスト用紙を載せて医務室を出て行った。
ユウの言葉の意味が少しずつ分かってきたところで用紙に目をやる。
とりあえずはこの任務をやらなければいけないのだろう。
「不審者の確保」を。