第三話 入部
八畳ほどの狭い部室の中、先輩たちの怒号が響く。
「アミのトーンどこやった?!」
「そこの棚に入ってるよ」
「〆切近いのに全然終わらない!」
「やば、インク切れた」
「それなら二段目の引き出しん中入ってるから…」
端的に言うと、先輩たちは今マンガを描いている。
(…此処本当に文芸部なのか?)
疑問に思わずにはいられない。やってることだけ見れば、どこかの漫画家の作業場にしか見えない(実際マンガを描いてるわけだけど)
しかも描いているのは同人誌。俗に言う『薄い本』だ。
(どうしたものかなあ、この状況)
部活に入ってみたら先輩たちはみんな女子で、同人作家でしたとか。小説でもあり得ないと思う。
ポカーンとした表情を浮かべ隣に座っている彼女を見ながら、僕はそうおもった。
さかのぼること数時間前、昼休みのこと。
「やあ、初めまして後輩君たち」
「は、はあ…」
「どうも…」
不思議な人。先輩をみて最初に抱いた印象がそれだった。身長は150あるかないかぐらいで、しかし中身はとても大人びている。
「隣、いいかな?」
「あ、はい」
そう言って先輩は僕たちの隣に腰を下ろした。
「そういえば君たち、入る部活決めたの?」
「部活、ですか?」
「ん、さっきまでそんな話してたみたいだったからさ」
どうやら聞かれていたらしい。
「まだ、決めてないですね」
「そっか。…ならさ、うちの部活入ってくれないかな?」
「え?」
「…はい?」
ちょっと話が早くないか? 確かにまだ決めてはいないけど、前置きなしにそんなことを言われてもどうすることもできない。
「…あの、何の部活動なんですか?」
「あ、まだ言ってなかったね」
…天然なのか? この人。
「文芸部なんだけどさ、入部希望者がまだ一人もいなくてね」
「文芸部、ですか…」
文化部だし、活動もさほど活発ではなさそうだし、いいかもしれない。
「僕は別にいいですけど、瑞穂さんはどうしますか?」
「うん、私も興味あるかな」
「じゃあ決まりだね。詳しいことは放課後話すから、部室に来てね。」
「わかりました」
「場所は部室棟の一番奥だから」
此処まで来てふと気がついた。先輩の名前も聞いていなければ僕たちの自己紹介もしていない。
「あの、そういえばまだ名前…」
「自己紹介とかは放課後にね。それじゃあね、少年」
「はい?」
みると、先輩の弁当箱はすでに空になっていた。
(は、はやい…)
「じゃ、バイバーイ」
僕が唖然としている間に、先輩はさっさと帰ってしまった。
「……」
「…なんていうか、変わった先輩だったね」
「そうですね」
なんだか厄介なことに巻き込まれそうだなあと思いつつ、僕は彼女にそう返した。
で、放課後になったわけだが、
「…ここでいいんだよね?」
「そのはずですけど」
やってきたのは、部室棟の一番奥にある部屋の前。
ついでなので説明しておくけど、この学校には部活動専用の部室棟のほか、小中高それぞれの教室棟、教務室などが入っている教員棟と、あと体育館に講堂がある。ちなみに部室棟については、運動部はともかく文化部がすくないこともあって結構空き部屋がある。そこで授業をさぼっている人もいるらしい。
「薫君、どうかしたの?」
「いえ、何でもないですよ」
「? そっか」
さて、それでは入ろうかと思うんだけど、扉の向こうから何かの音楽が聞こえてくる。
(…気にしたら負けなのかな、これ)
聞いた感じ、アニソンの類だと思う。と、いうことはそっち系の文芸部ということか。
(そうはいっても、今更後には引けないよなあ)
仕方ない、開けてみるか。
意を決して、扉を開けた。
「おや、遅かったね。少年」
そこには、部長と8人の女子の先輩がいた。
自分自身でも終わりが見えない…
というか読んでくれている人がいるのだろうか。