覚えていて、ほしかった
身内が、倒れた。
叔母さんだった。今まで、普通に仕事してたと思うし、ついこの間、会った時も、不健康そうだとは思わなかった。
それなのに。
妹と父が幼稚園に行って(授業参観日だった)、私が午前授業から帰ってきた日に。
母が切羽詰まった様子で電話していたから、私は自分が何かをやらかしたのだと思った。
学校でスマホを触ったのがバレたのか、はたまた授業用ノートの落書きがバレたのか。あるいは、それ以外か。成績か。
それにしては様子がおかしかったので、電話中の母をじろじろと眺めた。
母は、一言、
「倒れた」
と。
(は?倒れた?誰が?)
国語の記述だったら主語を抜かしたとかで減点されそうな回答(私はバリバリの文系である)。
今冷静になって思えば、ショックが大きかったのだろう。
当たり前である。
倒れたといえば、父だろうか。
授業参観日は子供を持ち上げたり、触れ合ったりするはず。
となれば、四十肩の父はどうなった。
体が硬く、あちこち痛い痛い言っている父が妹を持ち上げるなんて不可能なのである。
可能であっても、健康のためにやめてほしい。
あとは、祖父だろうか。
祖父もあちこちを痛い痛いという。
この前なんて、骨粗鬆症になったのだぞ。
祖母も骨折しやすくなってきているし、ああ心配……。
「誰?」
倒れる可能性なんて誰にでもあるので、ついに予想をつけることを放棄して母に訊く。
そうしたら叔母だというではないか。
そのまま母はすっ飛んで行き、とうとう二十二時まで帰ってこなかった。
何時に母が帰ってくるなんて未来視の能力でもない限りわかるはずもないのだから、途方に暮れた。
母がいない間に何をすべきか考えようとした。
が、私には家事能力と思考力の一部が欠損しているのである。
ホットケーキすら焼けるか怪しい。おそらくまるこげか生になるだろう。洗濯機の回し方なんて知るはずもないし、服は洗濯バサミで吊るして外に干せばなんとかなると思っている。
服は畳もうと思っても布のボールと化す。
とにかく、私はそういう人間なのである。
まして、その時は中間テスト期間中だったし、勉強もしなければ………まあ、どうせしないのだが。
妹と仲良くやれる自信もない。
すぐ喧嘩になるのだ。
お菓子の奪い合いとか、ゲームの奪い合いで。
やってられっか。
かくして、私は母がいかに凄いかを知る羽目になる。
妹と父は外食してきたらしいが、私は何も食べていない。
じゃあ作ればいいか、なんていうのは料理の才能と食材がある人のセリフ。
無理だ。
断念してソファに転がる。
妹に脇腹を突かれる。
痛い、やめろこの野郎。
せっかくだから、妹に洗濯物を畳ませよう。
「今日お母さん多分なかなか戻ってこないから、お手伝いしような」
「はぁい」
「よし、じゃああっちの洗濯物畳んで」
「はぁい」
なんということだ、妹は私よりも綺麗に洗濯物を畳み出したではないか!
これから家事は全て妹に任せようという結論に至った。
もっとも、包丁を握らせるわけにはいかないし、火を与えるつもりもない。
ただ、ちょいと洗濯物を畳んでもらったり雑巾掛けをしてもらったり。
絶対私より上手くできるから。
ただ、そんなことを素直にやるほど、妹という生き物はおとなしくない。
暴れて、抵抗して、泣いて叫んで、母に言いつけるのが妹だ。
この場合は、母がいないので多分大丈夫だ。
父に言いつけられては元も子もないが。
元々、言いつけられるようなことをしでかす気にはなれなかったから問題ない。
やっぱり何か考える気にもなれずに、ベッドに転がる。
手持ち無沙汰にスマホをいじる。
LI○Eの制限時間も、You○ubeの制限時間も全て使い切った。
溶けたというのが正確な表現かもしれない。
無理。まじ無理。身内倒れてどこの誰が冷静でいられる?悪魔か?
私は何もやりたくない時の最適解を知っている。
即ち、ショート動画を眺めるのだ。
ショートだと一本一本が短い上に、スワイプすればすぐに簡単に次の動画が再生される。
ショートだけで八時間は余裕で潰せる。
だが、制限時間は三十分。無理だ。八時間なんて、ええと、何日分だ……?
サボりにサボって、とうとう受験まで使われることのなかった過去問の解答用紙のコピーの裏側に、メモ書きをして計算をする。計算能力が低いという言葉は、甘んじて受け入れよう。
計算結果、十六日分だ。
はぁ。
短い。
もっと見たい。
疲れた。
あいらぶスマホ。
結果、欲望に負けた私は特に頭を使うことなくショート動画を見る。
妹も、「もっともっと」と言ってたし、共犯だ。そう、共犯だ。
それを数日続けてしまったから、もうだめだ。
現在のYou○ubeの制限時間は二分である。
自業自得だ、しょうがない。
音楽を爆音で流し、数日前から母に口うるさく言われ続けてきたので、仕方なしに片付けを始める。
始めたはいいが、どこが散らかっているのかわからない。
でも、散らかっているのだ。
なんでだ。
もうだめだ。
私は何もやりたくない時の最適解を知っている。
即ち、ショート動画を眺めるのだ。
ショートだと一本一本が短い上に、スワイプすればすぐに簡単に次の動画が再生される。
ショートだけで八時間は余裕で潰せる。
やっぱり制限時間短いよなぁ。
もっと見たい。
疲れた。
あいらぶスマホ。
結果、欲望に負けた私はまた、特に頭を使うことなくショート動画を見る。
妹も、「もっともっと」と言ってたし、共犯だ。そう、共犯だ。
ずっと、気分が晴れない。
はぁ……。
***
「やっっっっっべええええ!!片付け!」
私が制限時間を無視してからおよそ三時間が経っていた。妹も私に寄りかかって死んだ目をしている。
何を見ていたかさっぱりだ。どんな音楽が流れていたのかも。その三時間だけ、記憶がスポーンと抜けてしまったかのように。
妹に一回の片付けを押し付け、自分は机の上にあったプリントやら菓子の包み紙やらをゴミ箱に、その他よくわからないものは全て引き出しに押し込む。
私理論では、これは片付けのうちに入る。
何故、今更必死こいて片付けをしていたかというと、祖父母がこちらに泊まるというからだ。
すると、私の脳がやるべきことをリストアップしていく。なんてありがたい機能なんだ。
しかし、何故、普段はこんなに働いてくれないんだ、私の脳みそ?
どうやらピンチになると動く仕組みらしい。
常にピンチでいたほうが良さそうな脳みそである。
妹は、祖父母が来ると知って喜んでいた。
長いこと会えてなかったもんね。
でも、当然のことながら祖父母はショックを受けているはずである。あまり、はしゃいだりはしないほうがいい。
私は珍しく真っ当な意見を妹に伝える。
妹は納得してる顔をしていたが、きっとだめだ。幼児が自分の感情をコントロールできるとは思えない。
部屋に、
「ままと、じぃじと、ばぁば、まだ〜〜〜?」
という妹の大声が虚しく響く。
***
やっぱりその日、夜遅くに疲れきった顔をして母、祖父、祖母の三人組が帰ってきた。
原因不明だそうだ。
妹は、大欠伸をしつつも頑張って起きていた。
寝ろと言ったのに。
***
あれから二週間経ったが、状況はいいと言えないと思う。
私はまだ面会できていないし、母の話をチラチラと聞くだけだったから。
叔母は、私のことを忘れているかもしれない。
私の母が見舞いに行くと、
「あれ、妹、他にいない?」
と、叔母さんが言ったそうだ。
ありえない。だって、母は末っ子だから。
「子供ならいるけど」
と返事をしたら、
「そっちか〜」
と答えた。これは、祖父母と母の会話を聞いたから知っている。
この前会った時、犬カフェに行ったという話をしてくれたのに、犬種名すら思い出せない、どんな犬かも最初は思い出せなかったようだ。
笑うようになってきたけれど、こちらが笑顔で話しかければニコニコと応じ、その笑顔は無邪気なものであったという。
「子供の無邪気さ」
という単語が耳に入った時、やっぱり忘れているんだな、と思った。
だめだ、号泣。無理だ、これ。
早く片付けをしろと言われていたので、自室を片付けている時だった(なんと二週間でまた元通りに散らかるのである)。もう部屋は片付いて掃除機を取りに行けば終わりだが、赤い目をしたまま一階へは降りられない。
「ねぇ、早く片付けしてよ!どれだけ経ったと思ってるの!」
母の怒った声が子供部屋まで届いた。




