表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷薬師を追放したら王国が病に沈んだので今更戻ってこいと言われても遅いです  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/17

第7話「宮廷、さらに沈む」


使者が手ぶらで帰還したという報告を受けたガルドス宰相は、執務机を拳で叩いた。


「断った、だと……! たかが薬師風情が!」


 しかし怒りをぶつける相手はいなかった。


 この一ヶ月で、宮廷の状況は悪化の一途を辿っていた。


 まず、騎士団の戦力低下が深刻になった。リーネが常備していた傷薬と回復薬のストックがついに底を突き、訓練中の軽傷すらまともに手当てできない状態だ。


 騎士団長カイゼルは何度もセレスティアに薬の調合を求めたが、返ってくるのは決まって同じ言葉だった。


「わたくしは聖薬術の使い手ですの。泥臭い軟膏作りなんて、専門外ですわ」


 軟膏一つ作れない薬師に、何ができるのか——騎士団の間でそんな不満が公然と語られるようになっていた。


 そして、ついに無視できない事態が起きた。


「陛下。王妃殿下のご体調が優れません」


 侍医長が青い顔で国王に報告したのは、ある朝のことだった。


 王妃エリザベートは数日前から微熱と倦怠感を訴えていた。セレスティアが聖薬術を施したものの改善せず、むしろ悪化している。


「どういうことだ。セレスティアの薬は効かぬのか」


「……恐れながら、申し上げにくいことですが」


 侍医長は言葉を選びながら続けた。


「オーランド嬢の聖薬術を、私どもの医学知識で検証いたしました。その結果——治癒効果は確認できませんでした。芳香による一時的な気分の高揚は見られますが、薬理学的な作用は皆無かと」


 国王の顔が、ゆっくりと凍りついた。


「つまり……あれは薬ではないと?」


「はい。端的に申しますと——ただの、いい香りがする水です」


 沈黙が落ちた。


 国王は深く息を吸い、低い声で命じた。


「ガルドスを呼べ」


 一時間後、宰相ガルドスは王の執務室で膝をついていた。


「説明せよ、ガルドス。余が聞いていた話と随分と違うようだが」


「へ、陛下。これには深い事情が——」


「セレスティア・オーランドの聖薬術とやらが、ただの香り水だという報告を受けた。そして前任の薬師ファルトを追放したのは、お前の独断だったとも聞いている」


「そ、それは——」


「さらに、オーランド伯爵家からの資金提供を受けていたという噂もある。これは事実か?」


 ガルドスの顔から血の気が引いた。


 実際のところ、ガルドスはオーランド伯爵から多額の献金を受け取っていた。セレスティアを宮廷に送り込む見返りとして。薬師の入れ替えなど些末な人事だと軽く考えていたのだ。


「陛下、お慈悲を——」


「ファルトを呼び戻せと言ったはずだが」


「そ、それが……先日使者を送りましたが、断られまして。辺境のヴァルデン領に雇われており、領主が引き渡しを拒否して——」


「それはそうだろう」


 国王は冷たく言い放った。


「追放した相手に戻れと言って、はいと答える馬鹿がどこにいる。——ガルドス、お前にはこの件の全責任がある。処分は追って沙汰する」


 ガルドスが退室した後、国王は侍医長に向き直った。


「王妃の症状を改善できる薬師は他にいるか」


「……正直に申しますと、王妃殿下の症状は、ファルト薬師の定期処方に依存していた部分がございます。体質に合わせた繊細な調合は、他の薬師では……」


「ファルトでなければならぬ、と」


「はい」


 国王は窓の外に目をやった。遥か遠く、辺境の方角——当然、何も見えはしないが。


「……余は、あの薬師の顔も名前も知らなかったな」


 その一言は、誰に向けたものでもなかった。


 一方、セレスティア・オーランドは自室で震えていた。侍医長の検証結果が広まれば、自分の立場は終わる。


(どうすれば——いいえ、まだ大丈夫。お父様が何とかしてくれる。ガルドス宰相だって、わたくしを見捨てられないはず)


 しかし、その「お父様」であるオーランド伯爵は、すでに形勢不利を察知して距離を置き始めていた。貴族の世界では、沈む船から逃げるのは当然の処世術だ。


 セレスティアは——まだ、それに気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ