エピローグ「それぞれの、その後」
リーネとレクトの結婚式は、満開の薬草園で行われた。
花嫁のブーケはリーネが自ら薬草園で育てた花で、花婿の胸元にも同じ花が飾られた。リングピローを務めたのはシルフで、ふかふかの背中に乗せた指輪を堂々と運ぶ姿に、参列者から大きな拍手が送られた。
近隣の領主たちも列席し、ブレント領のクレメンス卿は感涙していた。国王からは祝いの親書と、上等な薬草の種子が贈られた。
さて、この物語に関わった人たちのその後を少しだけ記しておこう。
**ガルドス元宰相**は蟄居の身となり、小さな屋敷で余生を過ごしている。かつての権力は跡形もなく、見舞いに来る者もほとんどいない。慢性的な胃痛に悩まされているが、もうリーネの胃薬を処方してもらうことはできない。
**オーランド伯爵家**は爵位を一代降格され、社交界での地位を大きく落とした。伯爵は引退を余儀なくされ、家督は長男が継いだ。
**セレスティア・オーランド**は——意外な道を歩んでいた。王都の薬学塾に通い、一から薬学を学び直しているのだ。華やかな令嬢の面影はなく、地味な学生服で薬草を煎じる毎日。最初は馬鹿にされることもあったが、不思議と投げ出さなかった。ある日の日記にはこう書かれていた。
「あの人——リーネ・ファルトが、十年かけて積み上げたものの重さを、わたくしはようやく理解しはじめた」
まだ薬師と呼べる腕前には程遠いが、その目は前を向いていた。
**王妃エリザベート**はリーネの処方のおかげで完全に回復し、ヴァルデン領の薬草園を訪れるのが楽しみの一つになった。リーネとは個人的に親しくなり、季節ごとに手紙を交わしている。
**侍医長**は新しい宮廷薬師と協力して、宮廷の医療体制を立て直した。リーネが残した教訓——「薬師の仕事は、うまくいっているときほど気づかれない」——を、宮廷の心得として文書に残した。
そして、**ヴァルデン領**。
薬草の里として名を馳せたこの小さな領地は、年を追うごとに発展を続けた。薬草園は王国有数の規模に拡大し、リーネの元には弟子入りを志願する若い薬師の卵たちが集まるようになった。
領主の館には、今日も薬草の香りが漂っている。
「リーネ、シルフがまた薬草を持ってきてるよ。あの子、自分で採ってくるようになったね」
「えらいわね、シルフ。……あら、これは珍しい。滋養強壮に効く薬草じゃない。レクト様、最近お疲れですか?」
「シルフにまで体調管理されてる……」
きゅう。
穏やかな笑い声が、春の空に溶けていく。
これは、追い出された薬師が辺境で見つけた——本当の居場所と、本当の幸せの物語。




