第14話「国王の訪問」
冬の始まり、ヴァルデン領に予想もしなかった来客があった。
国王その人が、少数の護衛だけを連れて訪れたのだ。
「ア、アッシェンバル卿。領地に直接赴いて申し訳ないが、どうしても伝えたいことがあってな」
領主館の応接間で、国王は冠も外し、驚くほど気さくな態度でレクトとリーネに向き合った。
「まず、王妃のことを伝えに来た。リーネ殿の処方のおかげで、すっかり回復した。今は元気に庭を散歩しておるよ」
「それは何よりです」
リーネが淡々と答えると、国王は少しばつが悪そうに咳払いした。
「……余は、お前に直接謝りたかった」
「陛下——」
「親書には書いた。だが、紙の上の言葉ではどうにも足りん気がしてな。お前が十年間この国のために尽くしてくれたこと、余はまったく見ていなかった。宰相に任せきりにして、薬師という仕事がどれほど大切か考えもしなかった」
国王の声には、飾り気のない悔恨があった。
「ガルドスの独断とはいえ、余がもっと宮廷の実態を把握していれば防げた。責任は余にある」
「……陛下。私は、もう怒ってはおりません」
リーネの声は穏やかだった。
「正直に申し上げると、追放された直後は悔しかったです。十年分の仕事を否定されるのは、やはり堪えました。でも今は——ここに来て良かったと心から思っています」
「そうか」
「ここには私を必要としてくれる人たちがいて、私の仕事をちゃんと見てくれる方がいます」
リーネがちらりとレクトを見た。本人に自覚はなかったが、その視線はとても柔らかかった。
レクトは耳まで赤くなって、必死に平静を装っていた。国王の前である。
「ふむ」
国王が二人を交互に見て、不意にくっと笑った。
「なるほど。アッシェンバル卿、良い薬師を得たな」
「は、はい。ヴァルデン領の宝です」
「領地の宝か。ほう。それだけか?」
「そ、それだけとは——」
「まあよい」
国王は愉快そうに髭を撫でた後、表情を改めた。
「リーネ殿。余からの申し出を聞いてほしい。命令ではない、お願いだ」
「何でしょうか」
「王宮に戻れとは言わぬ。だが、王室御用達薬師の称号をお前に贈りたい。ヴァルデン領に居ながら、王室の薬務に助言を与えるという立場だ。もちろん、お前の本分はここにある。無理な要請はしない」
リーネは少し考えてから、レクトに目を向けた。
「レクト様、いかがでしょう?」
「リーネさんが望むなら、僕は賛成です。ヴァルデン領を離れないのであれば」
「では——お受けいたします。ただし、条件が一つ」
「申してみよ」
「今後、宮廷に薬師を雇う際は、地位や家柄ではなく実力で選んでください。そして、薬師の仕事を『あって当たり前のもの』として扱わないでください。私の後任が、私と同じ思いをしないように」
国王は目を細め、深く頷いた。
「約束しよう。——お前のような薬師を、二度と失わぬためにもな」
その日の夕方、国王一行を見送った後、リーネは薬房の窓辺でぼんやりとしていた。
シルフが膝の上で丸くなり、温かい。
「……王室御用達薬師、かあ」
半年前には考えもしなかった肩書きだ。追い出された場所から称号をもらうというのは、何とも不思議な巡り合わせだった。
「似合ってますよ」
いつの間にかレクトが薬房の入口に立っていた。
「レクト様。ノックしてくださいと何度も——」
「ドア、開いてましたよ」
「……あ」
「リーネさん」
レクトが一歩踏み入って、いつもより真剣な目をしていた。
「今日、国王陛下の前であなたが仰ったこと。『私の仕事をちゃんと見てくれる方がいる』って」
「ええ、言いましたが」
「あれは——僕のこと、ですか?」
リーネはきょとんとした。
「当たり前じゃないですか。レクト様以外に誰がいるんです」
天然だった。完全に無自覚の直球だった。
レクトは言葉を失った。嬉しいのか苦しいのか分からない。たぶん両方だ。
「……リーネさん、あなたって人は」
「何ですか?」
「いえ——ありがとうございます。明日も、ハーブティーを飲みに来ていいですか」
「もちろん。今度はちゃんと私が淹れますね」
レクトが去った後、シルフがリーネの膝の上からじーっと顔を見上げた。
「何? シルフ、すごい顔してるわよ」
きゅう、と子狐が鳴いた声は、明らかに呆れていた。




