第13話「薬草の里」
冬が来る前に、ヴァルデン領は大きな変貌を遂げていた。
薬草園の星露草が初めて収穫を迎えたのだ。
「リーネさん! 見てください、こんなに大きく育ちました!」
農夫たちが誇らしげに掲げた星露草は、リーネの薬理眼が太鼓判を押すほど見事な出来栄えだった。有効成分の含有量は天然ものをも上回っている。
「素晴らしいです。皆さんの丁寧な世話のおかげですね」
「とんでもない、リーネさんの指導があったからだよ! 水やりの量も時間帯も、全部リーネさんが教えてくれた通りにしたらこの通りだ」
初回収穫分は、レクトの商談で王都の薬問屋に卸された。辺境の無名領地から届いた星露草の品質に、問屋の主人は目を疑ったという。
「買値は——金貨八十枚。初回としては破格です」
レクトが報告すると、リーネも、農夫たちも、町の人々も、しばらく数字の大きさに呆然としていた。
「き、金貨八十枚!? ヴァルデンの年間税収の三分の一じゃないか!」
「しかもこれ、最初の一回分ですよ。季節ごとに収穫できるんですから」
「まあまあまあ……!」
宿屋の女将が腰を抜かした。
だが、リーネの恩恵は薬草園だけではなかった。
ブレント領の水源問題を解決して以来、近隣の領地から次々と薬務の相談が舞い込むようになっていた。リーネは直接出向くことは少なかったが、サンプルの分析、処方箋の作成、薬の調合と発送——すべてヴァルデン領の薬房から対応した。
いつしか、周辺の領地ではこう呼ばれるようになっていた。
——薬草の里、ヴァルデン。
「リーネさんのおかげで、この領地は生まれ変わりつつあります」
レクトが薬草園を見渡しながら言った。丘陵の斜面に広がる緑の区画は、半年前は何もない荒れ地だった。
「私一人の力じゃありません。レクト様が開墾を決断して、農夫さんたちが汗を流して、町の皆さんが支えてくれた。私は薬草のことしか知りませんもの」
「そうやって自分の功績を認めないところ、リーネさんの悪い癖ですよ」
「レクト様のネーミングセンスよりはマシです」
「まだ言いますか……!」
二人のやり取りを遠くから見ていた門番のおじさんが、隣の農夫に囁いた。
「なあ、あの二人いつくっつくんだ?」
「さあな。薬師さんが鈍いからなあ」
「領主様も領主様だよ。押しが足りねえ」
「シルフが一番もどかしそうにしてるぜ」
きゅう、とシルフが深く溜息をつくように鳴いたのは、偶然ではなかったかもしれない。
ちょうどその頃、王都からもう一つ、大きな知らせが届いた。
ガルドス元宰相の査問会が結審し、職権乱用と背任の罪で領地没収と蟄居の処分が下された。
オーランド伯爵家は爵位を一代降格され、セレスティアは社交界から完全に姿を消した。最後に目撃されたのは、王都の外れにある小さな薬学塾に入るところだったという。
リーネはその報せを聞いて、少しだけ目を伏せた。
「……セレスティアさん、薬学を学び直しているんですね」
「意外ですか?」
「いいえ。……少し、安心しました」
リーネは恨んでいなかった。セレスティアは確かに嘘をついていたが、あの若さで伯爵家の期待を背負い、実力以上のことを求められていたのだろう。追い詰められていたのは、彼女も同じだったのかもしれない。
「もし本当に薬学を志すなら、いつかちゃんとした薬師になれるかもしれません。……そのときは、どこかの領地で人の役に立ってほしいですね」
その言葉に、レクトは改めて思った。
この人は、本当に強い。強くて、優しくて——だからこそ。
「リーネさん」
「はい?」
「……いえ、何でもないです。ハーブティー、淹れてきますね」
「あ、今日は私が淹れますよ。レクト様の淹れ方、いつも薄いんですもの」
「えっ、そんなこと——」
「言ってませんでしたっけ? すみません、ずっと思ってました」
「ずっと……!?」
結局、告白はまた先延ばしになった。
シルフがじとっとした目でレクトを見ていた。




