【6話】魔王候補のバーテンダー
リリスは興奮気味に話していた。
「でねっ!騎士のモーブったらショット飲んだ後に外で吐いちゃって、私が介抱したのよ!」
圭介は軽く頷く。
「そうですか、ありがとうございます」
「それはそうとして、リリスさん、いつもここに居ますけど、お金の方は大丈夫なんですか?」
リリスは少し俯く。
「最初ここに来た時は食べ物を出しなさいって言われましたけど…」
「そ、それは…」
「もしかしてまだ盗みを?」
「うん…」
気まずそうに視線を逸らすリリス。
圭介はグラスを拭きながら考え込む。
「それならここで働きますか?」
リリスは一瞬目を丸くした。
「働くって…この店で?」
「はい。これから客が増えたら人手も必要ですし」
圭介の声は淡々としているが、優しい決意が滲む。
「で、でも私お酒作れないし…」
「最初は作らなくていいですよ。掃除や接客など、基本から覚えればいいです」
リリスはしばらく黙った後、嬉しそうに笑った。
「……私、ここに居てもいいんだ…」
「ええ。働くなら、ですけどね」
「任せて!」
店の隅でギルマスが笑う。
「おうおう、嬢ちゃんもついに店員か」
「ギルマス!」
「だが嬢ちゃん、俺も覚悟を決めた。そろそろこの龍鉱石のこと、その凄まじいオーラのことを話してもらおうか」
そう言ってギルマスはカウンターに、以前見た龍鉱石を置く。
リリスは一瞬顔を伏せる。
(こんな話をする日が来るなんて…)
胸の奥がざわつく。
「分かったわ」
…
「私は…第14代魔王の娘、アークバルド=リリスよ」
圭介の手が止まった。
店内には静かな沈黙が流れる。
「やはりな…時期魔王か」
リリスは小さく息をつく。
「この世界に魔王って…いたんですね」
圭介は穏やかに答える。
「驚かないのかよ」
ギルマスは笑みを浮かべ、落ち着いた声で言った。
「って……この世界?どういうことだ?」
「あぁ、私こことは別の世界から来たんです」
「……そうだったのか、まぁ俺はこの店の酒が飲めればどうでもいいがな」
リリスの顔に、少し笑みが戻る。
「えぇぇ!圭介、別の世界から来たの?!」
「お互い、あまり知らなかったみたいですね」
「知らなかったわよ!だから圭介の作るお酒はこんなに美味しいのね!」
「ははは、ありがとうございます」
ギルマスが話題を切り替えた。
「ところで嬢ちゃん、話は戻るがお前さんはこの人間の国フォンタステで本当に生きていくつもりかい」
リリスは小さくうなずく。
「えぇ、私の居場所はここだって気づいたの」
「そうかい、ひとつだけ忠告しておく」
ギルマスの声は穏やかだが、重みがある。
「その感じ、魔王城から逃げてきたんだろう。魔王の配下は追ってきているだろうな」
「そしてここはギルドのすぐ近くだ」
「魔族からも人間からも逃げなければならない」
「お前さんはいい。すぐ側にいる圭介はどうなる?」
リリスは俯き、言葉を探す。
(圭介を巻き込みたくない…でも…)
「地下室を貸しましょう」
圭介の声は淡々としているが、確かな覚悟が滲む。
「えっ!」
リリスの目が大きく見開かれる。
胸の鼓動が早まる。
「寝るところがないならこのBARで寝ればいい」
「逃げ隠れないといけないなら私も隠し通します」
「だって、リリスさんはうちの従業員ですから」
圭介は微笑む。
その笑顔に、リリスは少しだけ力をもらった気がした。
「忠告はしたからな」
「おらよ」
そう言ってギルマスは龍鉱石をリリスに返す。
「ありがとうギルマス!」
リリスは笑った。
(やっと、少し自分の居場所を手に入れられた気がする…)
「じゃあ私の就職祝いで今日は飲むわよー!!」
「リリスさん。勤務中なのでお酒はダメです」
「えぇー!」
そう言って三人は笑いあった。
ーーそのすぐ後
ガチャ
「大変です!ギルマス!」
ギルド職員が息を切らして駆け込んでくる。
「どうした、そんなに慌てて」
ギルマスが手を止めて問いかける。
「街の北門付近に、魔王の配下と思われる集団が接近しています!数はまだ不明ですが、強烈な魔力のオーラが…」
リリスの顔が一瞬こわばる。
圭介はグラスを拭く手を止め、静かに視線を上げた。
「やっぱり来るか……」
「嬢ちゃん、まずは安全な場所に隠れるんだ。圭介、お前も巻き込まれるぞ」
リリスは決意を固めるようにうなずく。
「私話し合ってくるわ」
「そうか、それが嬢ちゃんのけじめなんだな」
ギルマスは短くそう言ってから、店内の視線を二人に向ける。
「情報が正確かどうか、俺もすぐ確認する。準備は早めにな」
店内には、静かな緊張と決意が漂った。
小さなバーの中に、これから始まる日常と非日常の境界線が確かに引かれた瞬間だった。




