【3話】圭介とリリス
――翌日。
静かな店内。
カウンターの奥で、圭介は棚に並ぶ酒瓶を眺めていた。
(通貨も分からない世界で店を開くわけにもいかないな……)
その時だった。
ガチャ
「よお!」
昨日のギルドマスターが、当然のように店に入ってきた。
「店は開けないのか?」
「はい。まず通貨が違うので、色々調べてからでないと営業出来ません」
圭介がそう答えると、ギルドマスターは腕を組んだ。
「なんだ、そこからか。待ってろ」
そう言うと、懐から数枚の硬貨を取り出してカウンターに並べた。
カチャン、カチャン。
「まずこれが銅貨。10枚で小銀貨、小銀貨10枚で銀貨。銀貨100枚で金貨だ」
圭介はその硬貨を手に取り、しばらく眺めた。
「ちなみに、この街の酒場だと……普通のエールはいくらくらいなんです?」
ギルドマスターは少し考えた。
「そうだな、安い店なら銅貨5枚ってところだな」
圭介は心の中で計算する。
(銅貨5枚で一杯か……)
(ひとまず銅貨1枚100円くらいで考えるなら、エールは500円くらいか)
気付くと、ギルドマスターの前にはいくつかのグラスが並んでいた。
「もうそんなに飲んだんですか?さっきまとめて数種類出したばっかりですよ」
「あぁ、俺はこの街じゃ有名な酒好きなんでな」
ギルドマスターは上機嫌で笑った。
「とにかく早く開店して欲しいもんだ。部下を連れてきてやりてぇんだ」
「しかし、まだメニューも日本語ですし……」
ドン!
その時、勢いよく扉が開いた。
「それなら私が書いてあげる!」
そこに立っていたのは、昨日の少女だった。
「君は昨日の……」
「リリスよ!」
少女は胸を張って名乗る。
「リリスさん、今日はどうされたんですか」
「昨日、代金払えなかったでしょ?困ってるなら私に任せて!」
圭介は少しだけ考えてから言った。
「それなら……少し手伝ってもらえますか?」
(この気配……)
ギルドマスターはリリスを見ながら目を細める。
(この嬢ちゃん……まさか魔族か?)
(……なるほどな)
ギルドマスターは立ち上がった。
「……邪魔しちゃ悪いな」
そう言って最後の酒を飲み干す。
「店が開いたら呼べよ。部下連れて来てやる」
ギルドマスターはニヤリと笑い、店を出ていった。
その後も、二人は閉店した店の中で作業を続けた。
メニューを書き直し、値段を決め、棚を整理する。
気付けば外は暗くなっていた。
――翌日。
店内には、リリスの楽しそうな声が響いていた。
「ねぇねぇ、この球たちなーに?」
「ビリヤードですよ」
「このグラス綺麗ね!」
「酒の種類ごとに使い分けるんです」
「この……」
ガシャン!
グラスが床に落ちて砕けた。
「うそ!私……ごめんなさい!」
リリスは慌てて謝る。
しかし圭介は気にした様子もなく、カウンターに硬貨を並べた。
「はい、お給金です」
「え?でも私、グラス割って……」
「それでもお釣りが来るくらい働いてくれたじゃないですか」
硬貨の横には、新しく書かれたメニューが置かれている。
この世界の文字で、丁寧に酒の名前が並んでいた。
「メニューもこんなに綺麗になりましたし」
「でも……」
「あのギルマスって人、たくさん飲んでいかれたんでお金はあるんです」
圭介はわずかに口元を緩めた。
「受け取ってください。働いてもらいましたから」
リリスはしばらく袋を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「……ありがとう!」
「圭介です」
「リリスよ」
出来上がったこの世界の言語のメニューを横に、二人は朝から盃を交わした。
リリスは一口飲んで、満足そうに笑った。
「やっぱり美味しいわ」
圭介はグラスを置き、ふと思い出したように言った。
「……そういえば」
「?」
「年齢確認、してませんでしたね」
リリスは一瞬きょとんとしたあと、少しムッとした顔になる。
「失礼ね」
腕を組んで胸を張った。
「これでも18よ」
圭介は少し考え、苦笑した。
「日本ならアウトですね」
リリスはきょとんとする。
「ニホン?」
「……いえ、こっちの話です」
リリスは肩をすくめた。
「この国は15から飲めるはずよ?」
圭介は一瞬言葉に詰まり、グラスを見た。
「……それなら問題ありませんね」
リリスは得意げに笑った。
「でしょ?」
二人はもう一度グラスを合わせた。
リリスは店の中をぐるりと見渡した。
「ねぇケイスケ」
「はい」
「早く店、開けましょうよ」
圭介は静かに頷いた。
「ええ。準備はもう出来ていますから」




