【2話】ギルマスと圭介
数時間後。
客のいない店内で、店主の男は昨日使ったグラスを磨いていた。
店の中は昨日と何も変わっていない。
昨日出したはずのビールが棚に揃っていた。
「……戻ってるな」
男はスマホを取り出した。
電源ボタンを押すが、画面は黒いままだ。
「……充電、切れたか」
小さく呟いてポケットに戻す。
日本じゃない。
理由は分からないが、そうとしか思えなかった。
外の景色も、通りの造りも、見たことのないものばかりだ。
それでも店はある。
酒もある。
「……営業はできるな」
男はグラスを棚に戻し、軽く息を吐いた。
その時だった。
ドン!
乱暴に扉が開いた。
入ってきたのは、見慣れない制服を着た男が二人。
軍服のような固い服装で、腰には剣を下げている。
「動くな!」
鋭い声だった。
二人は店の中を警戒するように見回す。
棚を見る。
酒を見る。
カウンターを見る。
そして、同時に動きが止まった。
視線の先には、カウンターの上に置かれた石があった。
昨夜、少女が置いていったものだ。
一人が低く呟く。
「……龍鉱石……」
もう一人の顔色が変わる。
「なぜこんな物がここにある」
二人は同時に男を見る。
「お前、何者だ」
男は少しだけ手を上げた。
「動くな!」
剣が抜かれる。
空気が一気に張りつめた。
「昨夜、この路地に突然建物が現れたと報告があった」
「内部を調査したところ、未知の物品と龍鉱石を確認」
「危険と判断する。同行してもらう」
「ちょっと待ってください」
言いかけたが、聞く様子はない。
そのまま腕を取られる。
外へ連れ出された。
昨夜は暗くてよく見えなかったが、
路地の先には石造りの建物が並んでいた。
見たことのない街だった。
そして大きな建物の前で止まった。
――商業ギルド本部
重い扉が開く。
中に入る。
長い廊下を歩き、階段を下りる。
小さな部屋に入れられた。
暗くて狭い。
鉄の扉が閉まる。
男は壁にもたれて座った。
(牢屋か)
不思議と落ち着いていた。
怖くないわけではない。
だが騒いでも仕方がない。
しばらくして扉が開いた。
「出ろ」
腕を引かれる。
階段を上がる。
廊下を歩く。
一番奥の扉の前で止まった。
「ギルドマスターの部屋だ」
兵士が小声で言う。
「妙な真似はするな」
ノックする。
「失礼します。例の男を連れてきました」
中から低い声が返る。
「入れ」
扉が開いた。
部屋の奥に大きな机。
その向こうに白髪の男が座っていた。
顔に深い傷がある。
鋭い目でこちらを見ている。
重い空気だった。
兵士が一歩前に出る。
「昨夜、路地裏に突然現れた建物の店主です。店内から龍鉱石を確認したため拘束しました」
白髪の男はゆっくり頷いた。
そして男を見る。
「何者だ」
少し間が空く。
「圭介です」
「どこから来た」
「日本です」
部屋が静かになる。
兵士が顔を見合わせる。
白髪の男は眉をひそめた。
「聞いたことがないな」
机の上に瓶が置かれた。
店から持ってこられた酒だった。
「これは何だ」
「酒です」
「酒?」
疑うような目を向ける。
しばらく瓶を見てから言った。
「毒の可能性もある」
「飲め」
短い命令だった。
圭介はすぐには動かなかった。
瓶を見る。
周りを見る。
小さく息を吐いた。
「……分かりました」
グラスに注ぐ。
一口だけ飲む。
何も起きない。
その瞬間。
「貸せ」
ギルドマスターが手を伸ばした。
そのまま飲む。
一気に。
止まる。
しばらく動かない。
やがてゆっくり息を吐いた。
「……なんだこれは」
「強い……だが荒くない」
「こんな酒は知らん」
顔が変わる。
疑いが消え、興味に変わる。
「圭介」
名前を呼ぶ。
「どこでこれを手に入れた」
少し考えてから答える。
「言えません」
沈黙。
数秒後、ギルドマスターが笑った。
「はは……いい」
椅子にもたれる。
「気に入った」
机を軽く叩く。
「営業を許可する」
兵士が驚く。
「ギルドマスター!?」
「酒が美味い店に悪いやつはいない」
ニカッと笑う。
「だが龍鉱石は預かる。危険だからな」
圭介は小さく頷いた。
店に戻る。
扉を開ける。
いつもの店だった。
同じ棚。
同じカウンター。
グラスを手に取る。
カラン、と氷を入れる。
カウンターの上を見る。
そこにあるはずの石は、もう無かった。
「……龍鉱石、か」
圭介は静かにグラスを回した。




