【16話】乱入者
「おいケイスケ!ラガーを持ってきたぞ!」
ボルグンがいつものようにそう言って来店してくる。
「いらっしゃいませボルグンさん」
「ボルグン久しぶりね!」
「あぁ、今回は力作なんだ」
「飲んでくれるな?」
ボルグンがそう言って椅子に腰掛ける。
「はい」
圭介はいつにも増して真剣に答える。
「これは…」
圭介はグラスを見つめたまま少しだけ考える。
「……まだラガーとは言えませんね」
ボルグンが眉を上げる。
「ほう?」
「苦味はいいですが、後味が少し軽いです」
「やっぱりか」
ボルグンは腕を組んで唸った。
「もう一歩なんだがな…」
グンターが横からグラスを取る。
「どれ」
一口飲んで、黙る。
「……悪くねぇ」
「だが完成じゃねぇな」
「分かってる」
ボルグンがため息をつく。
リリスが笑う。
「でも前より美味しいわよ」
「前はひどかったからな」
「うるせぇ」
店の中に小さな笑いが広がる
だが、その平穏は「ガチャッ」という乱暴な音と共に破られた。
入ってきたのは、豪奢な鎧に身を包んだ男と、その取り巻きたち。
「……勇者候補アレス。こんな薄汚い路地の店で、小娘に酒を注いでもらって満足か」
「実に貴様らしい『平和』だな」
男は勇者候補の一人、騎士団長エドガルドの部下であり、自身も候補に名を連ねる騎士だった。
「人間と魔族の間に立つ? 笑わせるな」
「勇者とは敵を穿つ力を持つ者のことだ」
「……例えば、こうな!」
男は、腰から、黒鋼の投げ矢を取り出した。
街で流行しているダーツ。
だが騎士たちは魔力を込め、的を貫く力を競っていた。
「やめて! その的は……!」
リリスが叫ぶが、遅い。
シュッ――!!
空気を切り裂くような音が響き、魔力を帯びた矢が真っ直ぐに飛ぶ。
バキッ!!という、悲鳴のような破砕音。
リリスがグンターに頼み込み、何度も打ち合わせて作ってもらった的が、中央から無残に弾け飛んだ。
「……あ」
リリスの顔から血の気が引く。バラバラと床に散らばる木片。
その瞬間だった。
ゴゴゴ……と、店全体が震えた。
「なんだ!? 地震か!?」
「おい、灯りが……!」
客たちが騒ぎ出す。キッチンの冷蔵庫が異常な唸り声を上げ、店内の電球がショート寸前のような激しい明滅を繰り返す。
圭介はカウンターを掴み、目を見開いた。
(電圧が異常に上がっている……!? )
圭介は、激しく震えるリリスの背中を見た。
彼女の肩が激しく震えるたびに、店内の電球がパリンと音を立てて割れ、蛇口から水が爆発したように噴き出した。
(…まさか、彼女が?)
この店で当然のように動いていた電気や水。
圭介はそれを転移の副作用だと思っていた。
だが今の異常は違う。
「……よくも」
リリスの低い声が響く。店全体が、彼女の怒りを増幅させる装置のように不気味に鳴動する。
「な、なんだこの店は! 気味が悪いぞ!」
騎士たちは、ただの怪奇現象に怯え、腰を抜かさんばかりにたじろぐ。
アレスが静かに、だが鋼のような決意を持って男の前に立った。
そして、彼女の暴走を止めるべく、その怒りを自分が引き受けるように男を睨みつけた。
「……その矢、拾えよ。俺は、あんたたちみたいな奴らが勇者になるのを止める」
「そのためなら……俺は何度でも、嫌われ役になってやる」
一触即発の空気。
そこへ、奥の席で黙って破片を見つめていたグンターが、ゆっくりと立ち上がった。
足元に転がった木片を、大きな手で丁寧に拾い上げる。
「店主、嬢ちゃん。……そんな顔するな」
グンターは、散らばった破片を布に包み、懐にしまった。
「壊されたなら、もっと強ぇのを打つだけだ。……今の街の連中がどれだけ魔力を込めても、ビクともしねぇ最高傑作をな」
グンターの目は、職人としての凄まじい執念に燃えていた。
「職人を舐めるんじゃねぇぞ。これくらい……任せておけ」
グンターの気迫に、リリスの昂りが少しずつ収まっていく。
明滅していた灯りが、弱々しく、しかし元の穏やかな光に戻っていった。
騎士たちは捨て台詞を残し、逃げるように店を後にした。
静まり返った店内で、圭介はリリスを見た。彼女は自分の手を見つめ、何が起きたのか分からず震えている。
圭介は割れた電球を掃除しながら、確信に近い予感に震えていた。
この店『HOME』は、彼女なしでは成立しない。
自分は、とんでもないものを背負ってしまったのかもしれない――。
「……リリスさん。新しい的ができたら、また特訓ですね」
リリスは、涙を溜めた目で小さく頷いた。




