【14話】HOME
「ねぇケイスケ」
リリスがカウンター越しに声をかけた。
「この店、名前ついてないよね」
圭介は少し考えた。
「そうですね」
「開店してからずっと『あの店』とか『例の店』とか、そんな呼ばれ方ですね」
「だからさ、名前つけようよ」
リリスは身を乗り出す。
「いいの思いついたの」
圭介は微笑んだ。
「どんな名前ですか」
「HOME」
「HOME?」
「そう。家って意味」
リリスは少しだけ照れたように笑った。
「ここさ、私の居場所になったでしょ」
「だから…みんなにとっても、帰って来れる場所になればいいなって」
「HOME。帰る家」
圭介は少し黙った。
それから、ゆっくり頷いた。
「いいですね」
「HOME…」
「そんな店に出来たら、嬉しいです」
リリスも嬉しそうに笑った。
その時。
「いいじゃねぇか」
ルヴァンがカウンターから声を出した。
「HOMEか。覚えやすいな」
ボルグンも頷く。
「悪くない」
ルヴァンが続ける。
「商売的にもいい名前だ」
「この店には合ってる気がするな」
アレスが奥の席から言う。
「いいじゃんそれ」
「HOMEっての、なんか好きだわ」
圭介が言った。
「では、看板を作りましょうか」
リリスがすぐに反応する。
「それならグンターに頼もうよ!」
ルヴァンが笑う。
「ああ、あいつだな」
「街で看板作らせるなら一番だ」
――
開店して一ヶ月ほど経った頃。
グンターが初めて店に来た日のこと。
年配の職人だった。
目つきは鋭いが、どこか静かな男だ。
ドアを開けた瞬間から、様子が違った。
「いらっしゃいませ」
圭介が声をかける。
グンターは返事をせず、店の中をゆっくり見回した。
グラス。
テーブル。
棚。
椅子。
壁。
一つ一つを確かめるように見ていく。
「……これは」
グラスを手に取る。
光にかざす。
「透明だな」
指で重さを確かめる。
「軽い」
別のグラスを取る。
グンターは目を閉じた。
「いい出来だ」
圭介を見る。
その目は、職人の目だった。
「どこで作った」
「私の故郷のものです」
グンターはグラスを置いた。
今度はテーブルに触れる。
脚を見る。
角度を確かめる。
「……角が出てねぇ」
表面を撫でる。
「塗りもいい」
椅子を持ち上げる。
「軽いな」
少し揺らす。
「……強い」
店の隅に立つ。
全体を見る。
長い沈黙。
「……なんだこれは」
「全部…出来がいい」
少し間。
「どこの工房だ」
圭介を見る。
「こんなの、見たことねぇ…」
そのまま、グンターは二時間店にいた。
誰とも話さず、
グラスを見て、
テーブルを触り、
椅子に座り直し、
壁を眺めた。
やがて立ち上がる。
圭介を見る。
目の奥に火があった。
「俺は……グンター」
「職人だ」
「木工もやる。鍛治もやる。何でも作る」
少し間。
「だが……」
店を見回す。
「これを見て分かった」
「俺は……まだ何も知らねぇ」
圭介は黙って聞いている。
「もう一回やり直す」
「学び直す」
銀貨を少し多めに置く。
「また来ていいか」
圭介は頷いた。
「ええ。いつでも」
ガチャ
グンターが出ていった。
リリスが小さく言う。
「すごい人だったね…」
圭介が答える。
「ええ」
「職人の目でした」
――
「その男、新しいもんを見ると止まらねぇんだ」
ルヴァンが言う。
「一回気に入ると、何度も来るぞ」
圭介が頷く。
「では、グンターさんに頼んでみましょうか」
ルヴァンが立ち上がる。
「呼んでくる」
――
一時間後。
グンターが店に来た。
ルヴァンと一緒だ。
「おい店主」
「看板を作るって聞いた」
「ええ」
圭介が答える。
「HOMEという名前です」
「HOME……」
グンターが繰り返す。
リリスが笑う。
「家って意味」
「みんなが帰って来れる場所になればいいなって」
グンターは店を見回す。
少しだけ頷く。
「……なら」
圭介を見る。
「ちゃんと作る」
「この店に合うやつを」
圭介も頷いた。
「お願いします」
グンターが言う。
「木でいいか」
「ええ」
「木がいいです」
グンターは腕を組む。
「一枚板じゃつまらねぇな」
少し考える。
「木を混ぜる」
「色の違うやつをな」
リリスが首を傾げる。
「混ぜる?」
「ああ」
グンターが指で文字を書く仕草をする。
「HOMEの字を作る」
「違う木でな」
「一つにする」
少し間。
「……悪くねぇだろ」
圭介の目が少しだけ輝いた。
「いいですね」
ルヴァンが笑う。
「燃えてるな」
アレスも笑う。
「いいじゃんそれ」
「意味ある看板って感じする」
ボルグンが頷く。
「職人の仕事だな」
グンターは立ち上がった。
「材料集める」
「三日くれ」
「出来たら持ってくる」
リリスが嬉しそうに言う。
「ありがとう!」
グンターは振り返る。
少しだけ笑った。
「ああ」
「いい仕事になりそうだ」
ガチャ
グンターが出ていった。
少し静かになる。
ボルグンが呟く。
「HOMEか」
ルヴァンも頷く。
「この店に合ってる」
アレスが言う。
「早く見たいな」
圭介はカウンターに立ったまま言った。
「楽しみですね」
リリスが横に立つ。
「ケイスケ」
「はい」
「なんかさ」
少し照れたように笑う。
「やっと店って感じするね」
圭介も小さく笑った。
「ええ」
窓の外では、城下町の夜が静かに続いている。
――
三日後。
グンターが看板を持ってきた。
複数の木を組み合わせた看板。
HOMEの文字。
色の違う木が繋がっている。
ばらばらなのに、まとまっている。
温かい色だった。
店の外に取り付ける。
ルヴァン。
ボルグン。
アレス。
みんな見ている。
リリスが小さく言った。
「……綺麗」
圭介も頷いた。
「いい看板ですね」
グンターは腕を組んだ。
「悪くねぇ」
少しだけ誇らしそうだ。
その夜。
名前を持った店。
HOME。
小さなバーは、
この街の中で、少しだけ本当の居場所になった。




