【10話】アレス
アレスは酷く憔悴していた。
「聞いてくださいよ、アーサーギルドマスター」
「なんです、私は忙しいのですが」
「俺、S級になった訳じゃないですか」
「はい」
「でも全然ダメですよね……?」
アーサーの手が止まる。
「何がです」
「勇者ですよ、勇者!」
「もうすぐ勇者選定の儀がありますね」
「ありますね」
「俺、このままじゃ絶対選ばれないですよ!」
アーサーはため息をつく。
「またその話ですか」
「だって実績が足りないし!」
「魔物討伐も少ないし!」
「大きい依頼も受けてないし!」
「この前のドラゴン討伐だって……運が良かっただけだし!」
「このままじゃ候補にも入れませんよ!」
アーサーは静かに言う。
「アレス」
「はい」
「勇者は推薦制ではありません」
「知ってますよ!」
「だから怖いんじゃないですか」
「努力しても届く保証なんてないし……!」
アレスは机に手をつく。肩が震えている。
「でも俺は勇者になりたいんですよ」
少しだけ真剣な顔。
「そのために冒険者やってるんですから」
アーサーは少し目を細めた。
「……なら、やることは一つでしょう」
「え?」
「依頼を受けてきなさい」
「大きいやつを」
アレスの顔が明るくなる。
「ですよね!?」
「そうですよね!?」
「よし!」
立ち上がる。扉へ向かう。
止まる。振り返る。
「……で、どこへ行けばいいですか」
アーサーは呆れた顔をする。
「はぁ……」
――
「よし、初の魔物じゃない魔族退治だ」
「ここで成果をあげないと勇者にはなれない」
門を抜け、森を歩くアレス。
S級だが、冒険者の間では有名なポンコツである。
S級になりたての頃はパーティ申請が山ほど来たが、今ではソロで活動している。
「依頼書には、畑を荒らす魔族がいると……」
紙を見ながら歩く。
「数も少ないし、強くないって書いてある……」
「これなら余裕……だろ」
森の奥へ進む。
気配を感じる。
「……いた」
剣を抜く。ゆっくり近づく。
木の陰から覗くと、小さな影。
「……子供?」
細い魔族の子供が袋を抱えている。
子供は周囲を警戒しながら、洞穴へ入っていく。
アレスも静かに近づく。中から声が聞こえる。
「取ってきたよ」
「今日もこれだけしかなかった……」
別の声。
「ありがとう……」
「お前がいなきゃ、みんな飢えてた」
アレスは手が止まる。
(……なんだよこれ)
袋の中には野菜が入っていた。
洞穴の奥では、痩せた魔族たちが身を寄せ合っている。
アレスは依頼書を思い返す。
――畑を荒らす魔族。
剣を握る。だが、どうしても足が前に出なかった。
小さな魔族が口を開く。
「明日も行ってくる」
「もっと取ってくるから」
アレスは目を閉じ、深く息をつく。
「……はぁ」
剣を下ろす。背を向ける。
そのまま森を出た。
――
夕方。城下町の門前。
「はぁ……依頼失敗……」
「どうすんだよこれ……」
空を見上げ、ため息をつく。
「ギルド行きたくねぇ……」
門兵が横を通る。ふと思い出す。
「……そういえば」
「なんか言ってたな」
商業ギルド横の店。酒がうまい。
ため息。
「……ちょっとだけ寄るか」
――
扉を開ける。ガチャ
「こんばんは」
アレスは足を止めた。店内を見回す。
「……なんだここ」
木のカウンター、見たことのない瓶、甘い香り。奥では客が笑っている。
「酒場……だよな?」
圭介が声をかける。
「初めてですか?」
アレスは席に座る。
「……あぁ」
「門兵に勧められて」
圭介はグラスを差し出す。
「お疲れみたいですね」
「強いのにしますか?」
アレスは少し考える。
「強い?酒に強さなんてあるのか?」
圭介は微笑む。
「飲んでみれば分かります」
琥珀色の酒を口元に運ぶ。
アレスは匂いを嗅ぎ、一口。
次の瞬間。
「っ……!?」
むせる。
「強っ!!」
店の客が笑う。
「これは初めてだな」
「俺も最初はそうなったもんさ」
アレスは顔を赤くし、グラスを見つめる。
「……依頼失敗した」
圭介は何も言わない。
「魔族退治だったんだけどさ……子供だった」
その瞬間、奥で皿を持っていたリリスの手が止まる。
小さな音、カラン。
アレスは気づかない。
「倒せなかった……」
少し間。
リリスはゆっくり近づき、静かに言う。
「……それでいいと思うわ」
アレスが振り向く。
「誰だお前」
「従業員よ」
リリスはぎこちなく微笑む。
「全部倒せばいいってわけじゃないでしょ」
アレスはグラスを見つめ、ぼそりとつぶやく。
「……俺、勇者になりたいんだよ」
リリスの目が揺れる。
「あなたみたいな人が勇者だったら……私、嬉しいな」
アレスは固まる。
圭介は何も言わず酒を注ぐ。
店内では、客の笑い声が静かに響く。
アレスはしばらく黙ったまま、グラスを見つめていた。
「……もう一杯」




