■ 第一話・後編「魔王、オネェに保護される」
酒場《黒猫の尻尾》の扉が軋んだ。
視線が一斉に集まる。
賭博、喧嘩、酔漢、裏稼業者。
空気は重い。
その中心、カウンターの奥に“それ”はいた。
丸太のような腕。
磨き上げられたスキンヘッド。
胸筋は鎧のように盛り上がり、サスペンダーが食い込んでいる。
「いらっしゃぁい♡」
野太いのに妙に艶のある声。
魔王リシェルの思考が一瞬停止した。
「……未知の生物を確認」
「聞こえてるわよ♡」
ポルナレフはグラスを磨きながら笑う。
「お嬢ちゃん、旅人?それともワケあり?」
リシェは即座に“人間モード”の人格を構築。
「……行く場所がない」
「はい保護決定〜」
早い。
魔王の予測を超える速度で話が進む。
「ポルナレフ様、あの席の奴ツケで──」
「あとで払う!人生長いんだから誤差よ誤差!」
適当だった。
だが店内の空気は不思議と荒れない。
リシェは解析する。
この個体、群れの“調停者”ポジション。支配ではなく均衡で場を制御している。
「ごはん食べた?」
首を振るリシェ。
ポルナレフは鍋をよそい、目の前に置く。
「細い体してんだから食べなさい。若い子は資本よ」
魔王は固まった。
「対価を提示していない」
「いらないわよそんなの。アンタ今“困ってる側”でしょ?」
理解不能な理屈。
魔族社会は完全能力主義。
だがここでは、“弱さ”が理由で守られている。
「……人族、非合理的」
「そうよ〜♡ でもそれがいいの」
ポルナレフは笑う。
その瞬間、酔った男がリシェの腕を掴んだ。
「へぇ、新入りか?」
空気が変わる。
リシェの中で魔力が0.0001%ほど覚醒する。
腕一本消すだけなら誤差。
しかし。
ガシッ。
ポルナレフの手が男の頭を掴み、カウンターに叩きつけた。
ドゴン。
「うちの子に触んないでくれる?」
声は優しいまま。
目だけが笑っていない。
店内は即静寂。
男は震えながら退散した。
リシェはポルナレフを見る。
戦闘力は魔王基準で言えば“虫”。
だが。
「……なぜ守る」
「理由いる?」
魔王は答えられなかった。
ポルナレフはスープを差し出す。
「アンタ、今日からここで働きな。寝床も貸す」
「私は──」
魔王だ、と言いかけて止まる。
「……リシェ」
「よろしくね、リシェちゃん♡」
魔王は椀を持つ。
湯気が顔に当たる。
胸の奥に、未知の熱。
研究対象:人族の“無条件の庇護”
観測は、新たな段階へ進んだ。




